香川県善通寺市にある陸上自衛隊善通寺駐屯地は明治から続く陸軍の基地だ
ったそうで、明治時代に建てられた赤レンガ倉庫や司令部が当時のまま残って
おり、現在も倉庫として使用されているそうです。
太平洋戦争時は旧陸軍第11師団がおかれ、先の大戦では陸軍第11師団とし
てグアム島に送られた方々の多くが戦死されています。グアムでの慰霊がここ
に寄らせて頂いた事で、少しは英霊の方々に喜んで頂けたと思っています。
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▼旧陸軍第11師団司令部
(現在は2階が資料館になっており、無料で入館出来ます)
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資料館敷地内は現役を引退した戦車などが展示されています
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資料館内には日露戦争・日中戦争の資料が多く、太平洋戦争の資
料はあまり見当たりませんでした。帰り際に守衛の若い自衛隊員
に「先の大戦(グアム)の資料がないですね」と問いかけると「私は
見た事が無いので解りません」とお答えになりました。
先の大戦でこの地から戦いに行かれた英霊の事はしっかり勉強し
て覚えておいて欲しいと思いました。

▼善通寺  当時多くの兵隊さんが必勝を祈願した事でしょう。
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▼五重塔  グアム戦英霊の方々も来た事と思います。
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東院入り口から南へ10分程歩けば陸上自衛隊善通寺駐屯地です。




拙い駄文を最後までお目通し下さり有難うございます。
「沖縄戦跡ツアー」承ります。名護~糸満までの沖縄戦の激戦地戦跡をご案内します。
名護~糸満までの戦跡を、ガイドブックに載らない戦跡も含め、3日~4日程度で巡るSP戦跡ツアーとなっております。
「百聞は一見にしかず」 現場で実際に自分の目で見る戦跡は、沖縄戦を肌で感じる事が出来ます。
事前に当ブログ「沖縄戦」をご覧頂くと、沖縄戦の大筋が、現存する戦跡を含めてご理解頂けると思います。
お客様の希望日時・希望戦跡地などをメールでお伝え下さい。折り返しコーディネートさせて頂いたスケジュール等を
お返事差し上げます。 pochetteevnara@gmail.com までお気軽にお問い合わせ下さい。
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 2014_05_11


芸予要塞は愛媛県今治市来島海峡のここ「小島」や広島県「大久野島」など複
数の島に明治30年代頃築かれました。
この小島には日清戦争当時、日露戦争を予感した大日本帝国がロシア海軍の侵
攻を防ぐために築いた海岸要塞があります。明治32年から2年間の突貫工事で、
巨額の国費を投じ、砲台や赤煉瓦の兵舎、火薬庫などが作られました。しかし実
際に使われる事は無く砲台は太平洋戦争の兵器にリサイクルされたそうです。砲
台以外の施設が当時のまま残っている貴重な遺跡です。
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」ドラマロケで使用した大砲があります。
小島へは今治市波止浜港から来島~小島~馬島航路の船に乗り、(各島停船)
小島で降ります。10分程の距離です。(港で無人の自動販売機で船のチケットを
買います。駐車場はありますが、台数が少ないので早い者勝ちです)
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▼四国と本州を結ぶ[しまなみ街道]が見えます
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▼来島停船の後、小島に着きます。船着場に大きな大砲が見えてきます
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小さな船着場です。船は次の島「馬島」に出発していきます。
帰りの船の時間を確認しておきましょう
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▼[坂の上の雲]のロケで使用された砲台(レプリカ)が圧巻です
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▼案内人は誰も居ないので、案内地図を確認して島の散策を開始しました
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▼人口が30人程度のこの島はお年寄りが多く、静かな島です。
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最初は「探照灯跡」です。探照灯は夜間この海峡に進入してくる船を発見するた
め海上を照らしていた現在でいえば「サーチライト」です。今は台座の施設しか
残っておらず探照灯がいつの時代にどのような方法で撤去されたかは資料が
無く、さだかではない。
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▼次は非常に保存状態の良い「発電所跡」(多少リメイクされたと思われる)
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▼「南部砲台跡」着工1899年3月(明治32年)→1900年6月(明治33年)竣工
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▼「弾薬庫跡」
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弾薬庫は万一に備え屋根が手薄な作りが多い。
経年劣化で屋根は現存しない。
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▼湿気を防ぐための上げ床の煉瓦のアーチが美しい。
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▼中部砲台跡へ向かう道中。しまなみ街道が綺麗でした。
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▼最も高い位置にある「中部砲台跡」着工1899年5月(明治32年)→1901年3月(明治34年)竣工
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▼砲座跡と立派な兵舎跡が残っており、圧巻でした。
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▼少々急な階段を上り、「司令塔跡」へ。来島海峡が綺麗に見えます。
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最後の見学地点、「北部砲台跡」。ここは爆撃テストに使われた砲台らしく、破壊され
たままの状態です。着工1899年11月(明治32年)→1902年2月(明治35年)竣工
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更に進んで行くと2箇所目の発電所跡がある。左右に石段が続き、本当にひとつ
の街の様です。今作ればどのくらいの費用がかかるのか想像がつかない。
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▼ここにも兵舎跡があった。
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当時この場所にあった砲台の写真が残されている。
[大阪砲兵工廠(現在の大阪城周辺)製作]
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▼上記の当時写真と同じ場所。
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▼実験とはいえ、爆撃の跡が生々しい。
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▼ここで突き当たり。奥の急な階段は中部砲台跡へ続いている
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▼当時の北砲台(24㎝砲)写真。戦艦大和の46㎝砲が凄い大砲であったかが解る
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▼小島の航空写真。お金の心配が無ければ住んでみたい。
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島は国立公園の様です、自動販売機も土産物屋も食堂もコンビニも無く、車も走
っていない。明治時代にタイプスリップ出来る島「小島」来て良かったです。
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 2014_05_11


愛媛県南愛南町にある紫電改保存館へ行ってきました。松山空港は戦時中、源田実大佐の構想で編成された343航空隊
「剣部隊」松山基地だったそうです。 343航空隊① は太平洋戦争末期に各地の優秀なパイロットをかき集めて本土
防衛の為に編成された海軍航空隊です。(701維新隊・407天誅隊・301新撰組・偵察4奇兵隊)343航空隊が使用した
紫電改」は、ゼロ戦の2倍(2000馬力)のエンジンを搭載した局地戦闘機です。
展示されている機体は、昭和20年7月24日九州(長崎県)大村基地を飛び立って、米軍(グラマンF6F/P51ムスタング)
300機以上の大編隊をたった21機の紫電改で迎え撃ち、6機の紫電改が未帰還になりました。
未帰還6機のうち1機が戦後ダイバーに発見され、昭和54年7月愛媛県南宇和郡城辺町の久良湾から引き揚げられました。
その後、紫電改の製造故郷である川西航空機(兵庫県)現、新明和工業でセミレストア塗装され、現在展示されている日
本に唯一現存する紫電改です。
紫電改の六機未だ還らず」(パイロットの方は海没直後に脱出し、そのまま亡くなられたそうです)DSCN6179.jpg

▼ゼロ戦と比べてかなり大きい印象を受けました。
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▼400機生産で敗戦を迎え、実戦に使われた最後の戦闘機となった。
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▼当時の343航空隊 松山基地の様子がジオラマで再現されていました。
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▼紫電改のバッテリー(実物)と紫電改保存館外観。
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▼南レク宇和海展望タワーより紫電改が引き揚げられた久良湾が見えます。
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▼南レク宇和海展望タワーから紫電改保存館を望む(展望タワーは回りながら上がって行きますので360度見渡せます)
 右下にある白い箱が保存館です。山の上ですね。
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紫電改保存館は愛媛県が管理・運営しているそうで、駐車場、入場料は無料でした。管理費や人件費も負担になる中で、
こうして無料で開放して頂けているのを嬉しく思いました。私はTシャツとトレーナーを購入しましたが、戦ってくれた
英霊の方達に感謝を伝える意味でも館内グッズをご購入されて帰られる事が供養に繋がると思いました。
※終戦後、米軍に捕獲された1機の紫電改が米スミソニアン航空宇宙博物館別館に展示されている様です。

太平洋戦争映像記録史(前編)
太平洋戦争映像記録史(後編)

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国内に現存しない「人間魚雷回天」(1型改1)が8基、愛媛県南宇和郡西海町の南側の海中に今も残っているそうだ。
昭和20年8月4日、第21突撃隊第11回天隊の回天8基が、大神基地(大分県)から宿毛湾の麦ヶ浦基地に配備された。
間もなく終戦となり、9月頃米軍の命令によってその立会いの元で、佐伯海軍防傭隊所属の第4曳船及び西海町の漁民
により麦ヶ浦基地国天壕前面の宿毛湾海中に8基全てが沈められた。
その地点は当時宿毛に在った第21突撃隊主計長および作業従事者の証言から概ね判明しており、水深約100メートル。
▼「回天一型改一」の実物は、米国から貸与中の1基が靖国神社の遊就館に展示されているのみである。
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▼▲しかし、この回天は胴体及び訓練用頭部が実物であるだけで、完備品ではない。
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日本に実物の回天が残っていない以上、存在の可能性が極めて高い宿毛湾で調査・捜索・引き揚げを検討して欲しい。
愛媛県は「麦ガ浦に回天が存在することを確認できたら、県が引き揚げる」意向であるという。
「紫電改」が城辺町久良沖海底発見された時、愛媛県は6000万円の費用をかけて引き揚げ、復元した上で同町馬瀬山
頂に保存館を作り展示した。現在も無料で見学出来る。本当に素晴らしい県だ。
紫電改の引き揚げ現場とかなり近い場所に眠る回天を、募金などを募り、是非、愛媛県が引き揚げて欲しいものだ。





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 2014_05_10




プロフィール

WhitePigeon

Author:WhitePigeon
今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
[沖縄戦を深く知るツアー]をご希望の方はメールにてお願いします。
pochetteevnara@gmail.com

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