[ 小禄(那覇)海軍飛行場/那覇国際空港 ]
那覇国際空港は旧日本海軍小禄(おろく)飛行場だった、米軍の沖縄本島上陸が差し迫った昭和20年3月24日、25日
「小祿彗星隊」が海軍小祿基地から艦上爆撃機「彗星」で出撃している。(沖縄周辺米機動部隊索敵攻撃)
※「索敵攻撃」とは、先の大戦中、制空権を米軍に握られた沖縄では、航空特攻出撃は早朝に発進した索敵機の報告に
 頼らざるを得ず、特攻隊が敵艦船上空に到着した頃には既に報告された位置に敵艦隊がいない事のほうが多かった。
 その為、特攻機を数機ずつに分け、敵のいそうな海面を中心に扇状の飛行コースで飛ばせ、その中で敵艦隊と遭遇し
 た隊だけが突入する「索敵攻撃」という手段を用いた。敵がいなければ帰還するので隊員の中には3度、4度、5度と
 覚悟を決め直して特攻出撃を繰り返す特攻隊員も多かったという。
※太平洋戦争(大東亜戦争)当時、沖縄には以下の飛行場があった。
「沖縄本島」陸軍北飛行場(読谷)/陸軍中飛行場(嘉手納)/陸軍東飛行場(西原・小那覇)
     陸軍首里秘密飛行場/陸軍南飛行場(仲西・城間)/海軍小禄飛行場(小禄)/海軍糸満秘密飛行場(糸満)
「伊江島」陸軍伊江島飛行場
「宮古島」海軍宮古島飛行場/海軍宮古島中飛行場/陸軍宮古島西飛行場
「八重山(石垣島)」海軍石垣島北飛行場/陸軍白保飛行場/海軍石垣島南飛行場(元石垣空港)
「その他」海軍喜界島飛行場/陸軍徳之島北飛行場/陸軍徳之島南飛行場/海軍南大東島(喜界島)飛行場
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※ここで紹介する当時の写真は全て米軍が戦時中に撮影したものである。
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▲▼沖縄県の玄関口、那覇国際空港はかつての旧日本海軍小禄飛行場だ。
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現在の滑走路の位置は帝国海軍小禄飛行場時代に近いレイアウトとなっているが面影は無い。
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▼昭和19年10月10日(十十空襲)米軍の爆撃を受け炎上する日本海軍小禄飛行場
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▼昭和20年6月4日ついに日本海軍小禄飛行場まで進軍してきた米兵。奥に格納庫・滑走路が見える。
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▼破壊された日本海軍機の残骸。米軍占領前に空爆で大破していたのであろう、一式陸上攻撃機か?(6/4撮影)
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▼昭和20年6月5日米軍が小禄飛行場占領直後。奥に格納庫・滑走路が見える。
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▼▲既に廃墟となっていた日本海軍小禄飛行場の格納庫
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▼破壊された日本海軍小禄飛行場格納庫内の海軍機。尾翼に「オキ」が見える。
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▼格納庫の中より滑走路を見た写真。ドラム缶で主翼を支えている所を見ると、度重なる空襲で既に米軍が上陸する前
 に破壊されていたのであろう・・・昭和20年3月25日神風特別攻撃隊「小祿彗星隊」出撃後の記録は無い。
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▼占領後、格納庫内で地雷や偽装地雷などを探す米軍第6海兵師団工兵爆弾処理B中隊(6/7撮影)
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▼米軍占領間もない小禄飛行場概観。上空には監視用米飛行機が写っている(6/6撮影)
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▼▲昭和20年6月16日占領した日本海軍小禄(おろく)飛行場を横切って前線へ向う第2海兵師団第8連隊の海兵隊員
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▼小禄飛行場の掩体壕。中に日本海軍機の残骸が・・・。
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▼▲海軍小禄飛行場の日本海軍機の残骸。
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▼▲小禄飛行場で休憩をとる米海兵隊員。ゼロ戦と思われる残骸が2機写っている(6/8撮影)
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▼この日本海軍機はなんだろう・・・海軍96式陸上攻撃機か?
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▼海軍96式陸上攻撃機(kan様ご教授有難うございます)
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▼海軍小禄飛行場に配備?されていたダミー戦闘機。残念ながらおとりの役目は果たせなかった・・・。
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▲米軍に占領されてからの小禄飛行場。元は3本の滑走路を有する日本海軍の飛行場だった(昭和20年6月撮影)
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▲米軍が整備し直した小禄飛行場。ルソン島から移動してきた米輸送機と米爆撃機が駐機している(7/9撮影)
※一部基地施設は昭和47年に返還されたが那覇(小禄飛行場)基地が日本に全面返還されたのは昭和57年4月だった
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▲終戦後の昭和23年10月26日に撮影された那覇(小禄)飛行場。米軍が滑走路など完全に作り変えている。
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▲▼終戦後昭和23年10月20日上空6000フィートから撮影された那覇(小禄)飛行場(現在の那覇国際空港の原型となる)
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▼戦後昭和29年4月10日に撮影された那覇(小禄)飛行場
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▼小禄飛行場南側全景。奥に見えるのは瀬長島、滑走路、格納庫が写っている。
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▼小禄飛行場南側、倉庫建設を始める第933連隊航空工兵隊(7/20撮影)
 大きな格納庫は米軍が活用する予定なのでまだ残っているが、小さい格納庫は無くなっている。
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▼小禄飛行場で撮影された掩体壕。爆撃を受けたのか前半分が崩れ落ちている。
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▲小禄半島に設置されていた日本海軍レーダー施設
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▲▼海軍小禄飛行場の丘に設置されていた日本海軍のレーダー施設
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▼レーダー背面
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▼▲小禄飛行場の砲弾跡で水浴びを楽しむ第6海兵師団第4大隊の兵士。大破した海軍機が見える(6/7撮影)
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▼海軍小禄飛行場にはまともな航空機は残っていなかった様だ・・・。
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▼海軍小禄飛行場に放棄されていた日本海軍の軍用トラック
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▼恐らく小禄飛行場近くの弾薬庫で撮影された写真、日本軍の弾薬。(6月撮影)
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▼小禄飛行場隣の海岸に面した日本軍塹壕。後方に見える小禄飛行場と塹壕自体の構造に注目。
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▼那覇港の奥武山島にあったバラック小屋。おそらく港湾部隊所属の海軍兵舎だろう(6月撮影)
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▼小禄飛行場の発電所を調べる米兵、度重なる空襲で屋根は焼け落ちている(6月撮影)
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▼小禄飛行場付近で南部の日本軍陣地を攻撃すべく、設営する105ミリ榴弾砲部隊。左奥に発電所が写っている(6/6)
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▼6月、小禄飛行場攻略後、前線へ移動する米兵。後方に海軍機の残骸。
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▼小禄飛行場端に設置された第6海兵師団第22連隊B医療中隊の前線病院。移動手術室として使用される。
 (那覇で鹵獲され、米軍に使用される日本の路線バスが写っている6/12撮影)
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▼沖縄の県都那覇の焼け跡に横たわる日本軍機のエンジン(6/17撮影)
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▼6/7小禄飛行場の格納庫前を通過し、前線へ移動する米軍戦車
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▼6/12戦車の点検中、兵士達は休憩し、格納庫近くで待機する第6海兵師団B中隊の大型戦車。
 状態がまだ良好な日本海軍の大型格納庫は近いうちに米空軍が使用する事になる。
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▼小禄飛行場のゼロ戦?の残骸をメインに瀬長島を写した写真(6/12撮影)
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沖縄戦のみならず、日本の戦争を象徴する様な写真だ・・・。
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▼現在は平和な那覇国際空港、滑走路は航空自衛隊と共用だ。ここが日本海軍小禄基地だった事をどの位の人が知って
いるだろう。右奥に見える島は瀬長島。米軍の沖縄本島上陸が差し迫った昭和20年3月24日,25日この飛行場から神風
特別攻撃隊「小祿彗星隊」が出撃し、沖縄の海で命を散らした若者がいた事を観光で訪れた際は、まず想って欲しい。
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▼昭和20年6月大破した零戦と米兵。遠近感は違うが上記写真とだいたい同じ感じ。奥に瀬長島が写る。
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ガダルカナル島の戦い以降、飛行場を作っては米軍に占領され、「米軍の為に飛行場を作っているのではないか?」と
囁く工兵も居たと言う。南洋諸島~沖縄まで、米軍に占領されて利用された日本軍飛行場は実に10ヵ所を超える。



拙い駄文を最後までお目通し下さり有難うございます。
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 2016_10_17




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WhitePigeon

Author:WhitePigeon
今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
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