ピースおおさか戦跡ツアー「大阪城周辺」

Category: 大阪砲兵工廠  

大阪城周辺の戦跡ツアーを実施している大阪国際平和センター「ピースおおさか」
毎月第2週目日曜日に無料で参加出来る戦跡ツアーに参加してきました。

▼鉄筋コンクリート造りの天守閣は大阪のシンボルですね。
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大阪城公園内には明治時代に建てられたレンガ造りの古い建物が現在も少し残っています。ここは旧大阪砲兵工廠
(おおさかほうへいこうしょう)昭和に入ってからは「大阪陸軍造兵廠」と呼ばれた巨大兵器工場が大阪城内・周
辺に存在していました。兵器以外にも金属製品を製造する東洋一の工業都市大阪の誕生は、大阪砲兵工廠の存在な
くしてその発展はなかったとも言われています。終戦年の9月29日、大坂城全域は米軍に接収され、米軍管理下に
一部の接収が解除、空襲で焼失を逃れた、あるいは焼失したものの骨格が残った造兵廠の建物は民間企業に払い下
げられます。空襲の焼失を逃れた周辺の旋工場、鍛工場は一括して日鉄鋼機に払い下げられれます。しかし昭和56
(1981)年2月17日、日鉄鋼機の移転に伴い大阪市が土地・建物を一括買収します。
戦後再利用された建物もありましたが、昭和56(1981)年3月大阪市が大阪砲兵工廠旧本館の破壊を発表したため、
歴史的にも建築学的にも貴重な遺構として28日「旧砲兵工廠本館を保存する会(小山仁示関大教授)」が結成され、
保存運動が行われます。しかし昭和56(1981)年5月2日、老朽化、安全確保を理由に大阪市は保存する会の運動
を黙殺し、人目に着かぬよう早朝から破壊作業を開始し、更地になった場所には昭和58(1983)年大阪城ホールが
建てられました。戦跡ツアーでは主に大阪砲兵工廠時代の遺構や現存する建物やかつての建物跡に建つ碑をガイドし
て頂いた訳ですが、1回のツアーが約1時間程度で全て周れないので、ツアー終了後に購入したガイド地図(50円)
を見ながら1日かけて散策してきました。

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▲第四師團司令部庁舎は戦後大阪市立博物館として使用された後、平成13(2001)年に閉鎖されました。
 現在も建物は健在ですが中には入れません、本丸天守閣横にあります。

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▲昭和7年に撮影された上空写真です。大阪城の敷地いっぱいに陸軍造兵廠の施設が建っています

▼昭和24年に撮影された上空写真です。大阪大空襲後でかなりの建物が破壊されています。
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昭和20年8月14日の空襲で大阪砲兵工廠は集中攻撃を受けました。
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▲大阪大空襲は私の祖父が当時生駒(奈良県)側より見ています。「夜生駒山反対側の大阪の空が真っ赤に明るく、
寝れなかった事を覚えている。生駒山上より高射砲を撃つ音が響いていたがB29まで届いている様には見えなかった」
と語ってます、当時生駒山上には陸軍の砲台があったそうです。
▼1947年(昭和22年)大阪造兵廠の焼け跡
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▼昭和55年~56年にかけての上空写真です。まだ大阪砲兵工廠の建物が確認出来ます。
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▼まずは現在残っている明治時代に建てられた大阪砲兵工廠表門と守護詰所(便所)です。
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▼当時(明治中期)の表門。向こうに見えるのは伏見櫓で門共に空襲で焼失し、現存しません。
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▼表門から城内に入って直ぐ左側に城内唯一現存する砲兵工廠の建築物[化学分析場]があります
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ここでは造兵廠で扱う鋼材の質、及び定性・定量分析等、化学に関する一切の調査・試験を実施していました。
戦後は自衛隊大阪地方連絡部(自衛隊大阪地方協力本部)が平成6年(1994)1月まで使用していましたが、現
在は閉鎖されています。閉鎖後浮浪者が入り込んだため、現在は全ての窓に黒色の板がはめ込まれています。
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▲自衛隊大阪地方協力本部使用時の写真。
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▲表門の北側には半円形石造りの通用門が現在も残されています。
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▲現在の高層ビルと化学分析場とのショット。このまま保存してくれる事を願います・・。

現在大阪城ホールのある一帯には昭和56年に取り壊しが実施されるまで「大阪砲兵工廠旧本館」と呼ばれた煉瓦造
りの建物が残っていました。保存運動に耳を貸さなかった当時の大阪市は新聞等で批判されました。現在残っていれ
ば大阪砲兵工廠を伝える貴重な歴史建造物となったはずです。
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▲大阪砲兵工廠旧本館(表)と▼裏側の写真。
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▲側面の写真と立派な玄関の写真
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この旧本館の建物が今残っていればどんなに良かった事か・・・。昭和56年まで現存していただけに残念です。
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▲大阪砲兵工廠旧本館取り壊しを伝える昭和56年当時の新聞記事。
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▲昭和18年本部前の分列行進の写真です。右奥の高い建物が旧本館です。
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▲当時の大阪砲兵工廠本館の写真▼
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大阪城内には明治時代から残る数々の碑や門柱が現存しています。見逃しそうな場所ばかりですので紹介しておきます。
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▲大阪陸軍城南射撃場跡碑(1932年)本格的射撃訓練場跡    ▲教育塔(1936年建設)室戸台風犠牲者の碑

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▲陸軍兵器支廠門柱(兵器・兵器材料の保管修理場所)       ▲現大手門でのガイドさんの説明
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▲当時の大手門前の写真。右奥に見える宿舎の様な建物は大阪陸軍被服支廠(軍服など製造)でその手前(石垣脇)
には大阪陸軍城南射撃場が写っています。大阪陸軍被服支廠敷地は現在中央大通り開設により分断され、
▼17年程前まで郵政省の倉庫として唯一残されていたコンクリート造の被服倉庫も、老朽化で取り壊されました。
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▼当時の大阪砲兵工廠 工場内の写真です。
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▼砲身製造風景写真
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▼砲架製造風景写真
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大阪城外の遺構も少し紹介したいと思います。歩いても直ぐなので是非見学してみて下さい。
▼大阪偕行社 正門門柱(現大手門学院大手前中学・高校の通用門)
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偕行社は師團衛戍地に設置され、陸軍将校・准士官らの会員同士が公務の余暇に集会し知識を交換軍事の研究を行い、
また親睦を深め、且つ英霊奉賛、戦争・事変・事件の戦没病傷者の救済を主な目的にした団体の事です。「偕行」とは
『詩経』秦風の「無衣」にある「修我甲兵 興子偕行」から「共に征こう」の意味です。
▼当時の大阪偕行社 正門門柱
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▼当時の大阪偕行社の着色写真
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▼当時の大阪偕行社(奥)と明治記念標
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▼昭和20(1945)年、米軍の空襲により暖炉の煙突のみを残して焼失(戦後の撮影)
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▼昭和20年 終戦後の京橋駅付近
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▼昭和20年 終戦後の大阪駅付近
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▼昭和20年 焼け野原の大阪・・・。
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▼大阪城公園を中央大通りを挟んで反対側(国立大阪病院駐車場内)に歩兵第37聯隊跡碑があります。
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▼当時の歩兵第三十七聯隊兵舎の空撮。(昭和15年3月)右側には8聯隊兵舎が少し写っています。
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▼現在の国立大阪病院がある場所にあった歩兵第三十七聯隊兵舎。
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▼現在の難波宮跡には明治30年、歩兵第8聯隊があり、8連隊37聯隊共に中国・南方戦線を転戦した。
 第8聯隊は野間宏の小説「真空地帯」の舞台となった事でも知られています。現在は碑のみ。
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▼当時の歩兵第八聯隊編成当時の営門。
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▼当時の大正年間の営門。(現難波宮跡公園入り口)
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▼当時の歩兵第八聯隊の兵営(昭和10年4月の軍旗祭時撮影)
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▼見学当日難波宮跡では「中秋明月祭 大阪2014」が開催されていました。
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▲中国戦線や南方戦線を転戦した歩兵第八聯隊の兵営跡で現在は上海市・大阪市友好都市提携40周年記念の
 イベントが行われる様になった今の平和な日本で生活出来る事を感謝しました・・・・。

▼国立大阪病院から直ぐの角地に兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑があります。
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日本陸軍の創設者であり暗殺された大村益次郎。
昭和15(1940)年11月、大村卿遺徳顕彰會により、卿の識見と功績を後世に伝えるため建立されたそうです。
戦火も見ていた碑なんですね。何度も前を車で通っていますが全く気がつきませんでした




拙い駄文を最後までお目通し下さり有難うございます。
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 2014_10_12

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今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
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