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名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠


岐阜県関ヶ原町に今も現存する[名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原分廠]へ行ってきました。
大正3年に開設され、地元住民の大半が建設に従事。指揮には岐阜六八連隊で、後に敦賀19連隊に交代し、
完成後は第九師団第十九連隊の管理下となり、昭和20年までの約30年間使用されていました。
終戦後の解体を免れた火薬庫は、開設から80年以上経った現在も全容を現代に伝えています。
「通称、関ヶ原・玉の火薬庫」見学無料です。ナビで関ヶ原鍾乳洞を目指して行くと直ぐ解ります。
岐阜県不破群関ヶ原町玉1328-3

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▲まずはお決まりの入り口正門跡です。道路拡張工事の際に左側門柱も右側に寄せられてしまった様です・・。
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▲後ろ側から撮影      ▲何故か本来左側門柱のある場所に説明看板が・・。門柱どけて何がしたいのか・・。
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▲少し直進して敷地内へ入ると道路右手に立哨台が見えてきます。(私は初めて見たので感激しました)
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▼立哨台が監視している方向に歩いていくと、火薬倉庫用土塁をくぐるトンネルが見えます。
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▼トンネルを抜けると「ヤマトタケル」の腰掛台という物があります。当時からあった物だと思います。
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▲火薬倉庫用土塁のトンネルは2箇所確認出来ました。

▼立哨台まで戻って道を挟んで反対側を見ると、半洞窟式火薬庫が見えます。
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▼戦後火薬庫の上に関ヶ原メナードランドが出来、再利用されていた時期がある様です。現在は遊戯施設は撤去され
火薬庫のみが残り、当時の姿にやや戻った感じです。
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▼ここは15棟もあったそうで現在もそのまま15棟残っています。貯水池なども残っていました。
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▲色はオリジナルかどうかは定かではないが、湿気対策の2重構造の火薬庫は当時のまま。
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▲ひょとすると扉は当時のままかもしれない・・。
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明治時代の要塞に比べると少し見劣りするが、かなりの労力をかけて建設された物である事は間違いない。
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▲全ての火薬庫入り口には番号が1~掘り込まれ、当時の建物の細かい凝った作りに感激する。
▼半洞窟式火薬庫を後にしてもう少し車を走らせ右折するとまた立哨台が見えてきます。
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▼ここからは洞窟式火薬庫が5つ(当時から5つ)現存する場所です。まずは第1洞窟式火薬庫
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▼すぐ隣に第2洞窟式火薬庫
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▼写真は第2洞窟式火薬庫、火薬庫を作った後に土が盛られているのがよく解ります。
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▼次は第3洞窟式火薬庫
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▼第4洞窟式火薬庫
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▼第4洞窟式火薬庫の内部
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▼正式に見学可能となっている第5洞窟式火薬庫
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▲湿気対策として2重構造になっており、魔法瓶の様な構造になっている。奥行は12.75mで広い!
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▲火薬庫内部より入り口を見る。
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▼▲第5洞窟式火薬庫横には立哨台が残っています。立哨台は計3つ確認出来ました。
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▼▲第5洞窟式火薬庫の先は、関ヶ原鍾乳洞になっています。(見学料700円JAF会員証で100円引)
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拙い駄文を最後までお目通し下さり有難うございます。
「沖縄戦跡ツアー」承ります。名護~糸満までの沖縄戦の激戦地戦跡をご案内します。
名護~糸満までの戦跡を、ガイドブックに載らない戦跡も含め、3日~4日程度で巡るSP戦跡ツアーとなっております。
「百聞は一見にしかず」 現場で実際に自分の目で見る戦跡は、沖縄戦を肌で感じる事が出来ます。
事前に当ブログ「沖縄戦」をご覧頂くと、沖縄戦の大筋が、現存する戦跡を含めてご理解頂けると思います。
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 2015_09_23

Comments

Re: タイトルなし 

こちらこそ、メッセージ有難うございます。
本当そうですね、ほんの70年前の終戦ですからね・・・。
日本人はあまりにも過去に対する考え方が甘いですね。
他国では過去を教訓に。と教育が徹底されています。
日本は敗戦国ですからアメリカの属国になるしか仕方なかったの
でしょうけど、近代史はもっと小・中・高・大学でしっかり教える
べきだと思っています。


> こんばんはです。
> 私のブログに訪問&コメントありがとうございました。
>
> 親が戦前生まれなので、
> 遠い過去の話ではないんですよね。
> そしてこういう場所に行くと、
> 目に焼き付きますから、言葉だけではないものが
> 心に残りますね。
EV奈良  URL   2015-10-01 10:01  

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WhitePigeon

Author:WhitePigeon
今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
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