鹿屋航空基地史料館 


鹿屋航空基地は現在でも自衛隊が当時の滑走路や建物を使用している部分があり、その場所
に行くと不思議な気持ちになります。史料館は無料で2階が陸軍特別攻撃隊(知覧・万世)以外の
九州基地より出撃された海軍特攻隊「神風特別攻撃隊」(桜花隊含む)に関する史料や遺書等の
展示場所になっています。海軍が始めた特攻作戦はその後陸軍にも波及していく事になります。
昭和20年3月21日は第1回神雷桜花特別攻撃隊が鹿屋より出撃し、全滅した日でもあります。
(桜花15機、一式陸攻18機、戦闘機35機)戦死160名(桜花15名、陸攻135名、戦闘機10名)
▼南九州の陸海軍航空基地
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海上自衛隊鹿屋航空基地史料館 (唯一現存の二式大艇はここで見学出来ます)
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平成15年まで船の科学館(東京都)にあった二式大艇がここに移されています
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[二式大型飛行艇12型H8K2]はとにかく大きい事が上下の写真でも解ります。
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▲唯一の現存機は香川県詫間町幸田にあった詫間海軍航空隊に残されていた残存機の1機(詫間31号機)である。
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※二式大型飛行艇の初実戦は「K作戦」 K作戦とは、太平洋戦争中の海軍の作戦の1つで、二式大艇によるハワイ真珠
 湾攻撃を企図・実行したもので、第1次計画/第2次計画があったが、結果第1次計画のみ実行された。
 日本海軍は真珠湾攻撃後の1941年12月17日/1942年1月5日に伊潜水艦から発進させた偵察機でハワイ偵察を行い、
 アメリカ軍が灯火管制もせずに急ピッチで日本海軍最初の真珠湾攻撃による損害の復旧をしていることを知った。
 これを妨害する為に1942年3月4日二式大艇2機で奇襲攻撃後2回目となる真珠湾攻撃を実行したが、上空の視界の
 悪さや急遽の灯火管制の為もあり、4発の250キロ爆弾は目標を外れて周辺の道路などに落下し、アメリカ側の被害
 は軽微であった。攻撃に参加した二式大艇2機は1942年2月12日に横須賀を出発14日にマーシャル諸島ヤルート島
 に到着。3月2日マーシャル諸島ウオッゼ島に移動、3月4日ウオッゼ島を出発、途中フレンチフリゲート環礁で潜水
 艦から燃料補給を受け、ハワイ真珠湾攻撃に出撃するという長旅であった。

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▲戦時中の海軍鹿屋航空基地空撮(米軍撮影)
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▲当時の航空隊本部(現在も現存しています)
最も多くの海軍特攻機が出撃した鹿屋飛行場、今も海上自衛隊鹿屋航空基地として現役です。2階にはゼロ戦の実機が
展示してあり、鹿屋飛行場から出撃された多くの特攻隊員の遺影と遺書が展示してあります。零戦(ゼロ戦)主任設計
者の堀越二郎さんは近年の映画「風立ちぬ」でも有名ですが、零戦は開発要求が厳しく、とても苦しんでようやく完成
させた戦闘機だった様で、試験飛行では操縦士が2人死亡。先の大戦では特攻も含め、多くの方々が戦死しておられま
すので、主任設計者堀越二郎さんは、零戦は好きだとストレートには言えなかった事を語っておられます。42歳で敗戦
を迎え、アメリカから航空機開発を禁止された堀越二郎さんの無念と、戦争に突入していく日本に疑問を持っていた方
だった。 という事も忘れてはいけません。
▼2階に復元展示している零戦(ゼロ戦)52型
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▲この零戦は平成4年、錦江湾と吹上浜から引き揚げられた零戦の残骸を元に、三菱重工業名古屋航空宇宙システム製
作所の協力で、鹿屋基地所属隊員達が復元した機体。

 昭和19年8月30日「大本営海軍部特殊班(暗号解読担当)」から、敵の総合通信状況判断が打電され、敵機動部隊
 の攻撃が近いとの判断が伝えられ、昭和19年9月9・10日ダバオで空襲を受けた後「ダバオ誤報事件」が起こる。
 見張所から「敵水陸両用戦車に百隻陸岸に向かう」という報告に根拠地隊司令部が「ダバオに敵上陸」と報じ一
 航艦司令部は混乱し、玉砕戦に備えて設備を破壊し重要書類を焼却したが誤報であった。
 その中で基地航空隊はセブ島に部隊を集中させるというミスを犯し、敵航空隊に奇襲された「セブ事件」で9/1
 時点で250機あった零戦が9/12の「セブ空襲」後には99機まで減少し迎撃能力を失う。
 この責を問われた寺岡謹平中将は更迭され、昭和19年10月20日 大西瀧治郎中将が第一航空艦隊司令長官に親
 補され、航空戦力の無い中、昭和19年10月20日初の神風特別攻撃隊を編成。「特攻作戦」に突き進んでいく。
 ▼第一航空艦隊幹部(写真1列目中央が大西瀧治郎中将)
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▼大西瀧治郎中将(右端)特攻は海軍上層部で考案されたもので、戦後自決した大西中将に全ての責任をなすり付けてい
 る感がある。航空機による神風特別攻撃隊の前から、人間魚雷「回天」などの特攻兵器を既に開発していた。
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[ 神風特別攻撃隊 ](しんぷうとくべつこうげきたい)
「敷島隊」出撃前の様子です。実際の映像は有名ですが絵を見たのは初めてでした。
(本来写っているはずの「敷島隊」の前に初特攻出撃した「大和隊」宮川正一飛曹が省かれている)
左から関行男大尉(愛媛県出身)/中野磐雄1飛曹(福島県出身)/永峰肇飛長(宮崎県出身)/谷暢夫1飛曹(京都府出身)
大黒繁男上飛(愛媛県出身)の5名の方です。
神風特別攻撃隊 記録映像① 記録映像② 記録映像③
(記録映像②参照4:07辺り)
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後姿の上官は玉井中佐、大西中将。 (左から4番目の方は、舞鶴市明教寺がご実家の谷暢夫1飛曹です)
▼谷暢夫1飛曹の故郷は京府舞鶴市にある明教寺(小生もお参りに行きました)
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▲「明教寺」 京都府舞鶴市字余部上315 [ TEL ] 0773-62-4890
谷暢夫1飛曹の母、一枝さんは谷暢夫1飛曹が南方戦線に進出する前、四国の松山基地を3回訪ねている。
最初訪ねた時は面会謝絶だった。途方にくれていた一枝さんに衛兵が声を掛け、何とかすると言って谷1飛曹を
短時間母に会わせた。谷1飛曹は持ってきたトランクを母に渡し、もうすぐ外出日だから旅館で待つ様に言った。
母はトランクを開けて、大金の入った預金通帳を見た。それで息子の戦地への出立が近いことを悟った。
外出日に合わせて舞鶴から父親も呼び寄せて昼間だけの短い時間、親子3人で会った。
翌日、夫婦で隊への御礼に出向くと、1人の青年大尉が自分の事の様に喜んで「遠い所をよく訪ねて下さいました。
本人もどれだけ励みになるか知りません」と深々と頭を下げた。飛行隊長の重松康弘大尉である。
もの静かで貴公子然としたスマートな士官だった。25歳で真珠湾攻撃の分隊長、ミッドウェー海戦では空母「飛龍」
に在り、小林道雄大尉による空母「ヨークタウン」への壮烈な艦爆隊突入の直掩を務めた。
「飛龍」沈没退艦時には山口多聞司令官に乞われて、自らの拳銃を自決用に差し出した経歴を持つ。
この大尉は決して自分の武勇譚を語ることはなかった。
母の一枝さんは「誠実な、温情味溢れた言葉だった」と言い、この28歳の青年士官は忘れ難い存在となった。
谷1飛曹は出撃が間近になった時、一晩だけ舞鶴の自宅に帰った。「近く内地を出発することになりました」と両親に
挨拶した。間もなく、松山の衛門前で知り合った別の隊員の母親から「豹部隊が征途に着く」という緊急の連絡が入る。
一枝さんは息子に頼まれていた「豹戦 谷暢夫」と書き入れた白羽二重のマフラー・他を持って松山基地に駆けつけた。
衛門前で「昨日、大編隊が飛び立って征った」と衛兵に告げられ、間に合わなかったと落胆したが、谷と森本が衛門に
駆けつけてきた。「残っている搭乗員も僅かだから、自分達も間もなく出発になるだろう」と言った。
持参のマフラーを渡すと、谷1飛曹は嬉しそうに受け取り、何を思ったのか、一枝と森本の母を飛行場に連れて行った。
そして、3機編隊で離陸して自分達の華麗な特殊飛行を母親達に披露した。
母の一枝は、目前で繰り広げる息子の高等飛行に驚き、僅か2年足らずでこれだけの技術を得る為にどれだけの苦労が
あったのかに想いを馳せ、涙を止めどなく流した。
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▲谷暢夫1飛曹の母、一枝さん
着陸して機から降りた息子の腕にすがりつき「死ぬ事だけがご奉公じゃないのよ ! ね、ノンちゃん。生き抜いて、生き抜
いて戦うこともご奉公なんだからね」と必死に訴えた。
谷1飛曹はうなずき、母親をあやすように笑って見せた。これが最後の別れとなった。
母と面会した3日後の2月29日、谷はグアム島に向けて松山基地を飛び立った。その前日、次の句を残した。 
「子を思う 御国の母は有難し 千里万里もわれを訪ねつ」
この言葉通り、昭和50年10月25日、「敷島隊」が散華した31年後、一枝さんは生き残りの隊員とご遺族などと共に慰霊巡
拝でマバラカット及びタクロバンを訪ねられた。ご高齢の為、家族の反対を押し切っての慰霊行だった。
当時74歳の老いた母は、覚束ない足取りでタクロバンの海に向かって駆けて行かれ、腕に抱えた花束を海辺に投げた。
その時、大きな波が押し寄せて、老いた母の膝のあたりに波のしぶきがかかった。
 「ああ、暢夫が来た ! 」とその老いた母は思わず叫んだという。
『「お母さん、来てよかったな」と息子が出迎えてくれたと思い、言うにいわれん気持ちで胸一杯で御座いました。そして
花束が波に乗って寄せては返し、だんだん遠ざかって消えていくのをじっと眺めておりました・・・』と母は語った。
白い波ですら、死んだ息子の霊魂と信じる母の姿がそこにあった。何十年経とうとも、母の心の中で暢夫は生き続けていた。
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▲谷暢夫1飛曹 昭和19年10月25日神風特別攻撃隊「敷島隊」3番機として出撃、突入戦死。享年20歳
谷暢夫1飛曹の家郷へ最後の書簡と遺書
「親を惟ひ 国を憂ふる心あらば 身を桜花となりて 散りゆかん」
はじめありて 終りあるもの 鮮し
永らくのご厚思を謝す。何一ツ親孝行らしきことなき小生も、最初の最後の親孝行を致します。
忠孝一致、とは古人、実によく云ったものと感心します。ご両親の長命を切に祈ります。
日の本の空征くものの心なれ 散るを惜しまぬ桜花こそ

鹿屋航空基地史料館は敷島隊の前に特攻出撃されて未帰還となった、久納好孚中尉(ゼロ号の男)の事、終戦直後に
「彗星」で特攻出撃した「宇垣特攻」も知る事が出来、知覧特攻平和会館(陸軍特別攻撃隊)や万世特攻平和祈念館
(陸軍特別攻撃隊)とは違う歴史の事実を知る事が出来ます。特攻隊員の気持ちは出撃した本人しか解りません。
現代に生きる我々は今、想像で当時の状況を心で理解するしかないと思います。
戦死された特攻隊員に感謝する気持ちと「特攻を賛美する」とは全然違う事です。

▼[敷島隊]5人の特攻隊員、皆さん20歳前後の優秀な若者ばかりです。
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※大黒繁男上飛は10/25出撃(5回目)の際に横山大尉(生還)の指名で急遽「敷島隊」に加わった。
▼大西中将と敷島・大和隊員との訣別の水盃。左から関、中野磐雄、永峰肇、谷暢夫、大黒繁男、宮川正(大和隊)
 後姿は左が玉井中佐、中央が大西中将。(日映・稲垣浩邦カメラマンが10月20日に撮影)
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▼フィリピンマニラ郊外のマバラカット海軍航空基地より特攻出撃する敷島隊「関行男大尉機」
 02-888の機番は使い古しの練習用機だったとの事です。
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関行男大尉が率いる敷島隊 (爆装零戦5機) は、昭和19年10月25日に米軍護衛空母に突入したこ
とが『米軍』と『直掩零戦の指揮官である西沢広義飛行兵曹長』の双方により確認されています。

第1神風特別攻撃隊「敷島隊」昭和19年10月25日 マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(タクロバン沖機動部隊攻撃)
関 行男大尉(愛媛県出身 享年23歳)/中野 磐雄1飛曹(福島県出身 享年20歳)/谷 暢夫1飛曹(京都府出身 享年19歳)
永峰 肇飛長(宮崎県出身 享年19歳)/大黒 繁男飛長(愛媛県出身 享年19歳)
他、爆装1機エンジン不調でレガスピー不時着(直接攻撃不参加5/26「葉桜隊」に編入)
※10/25「敷島隊」の編成は、爆装ゼロ戦6機と直掩4機の合計10機であった。
直掩1機(管川 操飛長)が上記5名とは別に特攻死扱いとなっている。

 以下米軍の戦闘記録より(タクロバン85度35浬)
 護衛空母キトカン・ベイは5機の特攻機の編隊を発見した。
 特攻機は、護衛空母の周囲の輪形陣を突破した辺りで急上昇し、二つのグループに分かれた。
 「零戦の指揮官機 (リーディング・ゼロ)」は、護衛空母カリニン・ベイに錐もみ状態となりながら60度の角度で
 右舷艦首上空から突入し、飛行甲板前部に体当たりした。この飛行機の爆弾は甲板を滑って海に転落したが、零戦
 の突入により飛行甲板に大穴が開き、流出した燃料により火災が発生した。( 敷島隊1機目、関大尉機と思われる)

 二番機は同じくカリニン・ベイに急降下を開始したが、既に対空砲火により火を噴いていた。
 辛うじて左舷舷側に体当たりしたが、爆弾は水中で爆発した。(敷島隊2機目)

 カリニン・ベイには3機目の飛行機がゆるい角度で突入したが、対空砲火により海中に墜落した。
 爆弾は炸裂しなかった。(直掩隊零戦4機のうち1機が未帰還となったが、この飛行機と思われる)
 ※(直掩隊)西澤廣義飛曹長/本多慎吾上飛曹/管川操飛長(福岡県出身)/馬場良治飛長の4名4機

 1機の特攻機は、護衛空母セント・ローに着艦するかのように突っ込んで来て、左舷後方の飛行甲板に
 突入した。爆弾は飛行甲板を貫通して格納庫内で炸裂し、格納庫内で出撃準備中だった飛行機・爆弾・
 魚雷などに次々に引火、セント・ローは約30分間で8回の誘爆を起こして沈没した。(敷島隊3機目)
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▲特攻機突入により大爆発する米護衛空母セント・ロー
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▲炎上する米護衛空母セント・ロー (USS St. Lo)

 1機の特攻機は、護衛空母ホワイト・プレーンズに突入したが、左舷艦尾から数フィートの所で海面に
 突入した。爆弾は海面で炸裂し、至近弾として損傷を与えた。(敷島隊4機目)
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▲護衛空母ホワイト・プレーンズに突入寸前の特攻機

 1機の特攻機は、護衛空母キトカン・ベイの艦橋を目指して突入したが、狙いが外れて舷側に衝突した。
 その際に爆弾は炸裂して被害を与えたが、飛行機は25ヤードほど外側の海面に落下した。(敷島隊5機目)

 直掩隊西沢飛行兵曹長は、敷島隊が全機突入したのを見届けた後に無事に戦場を離脱し、日本海軍飛行隊
 のセブ基地に着陸。同基地指揮官の中島正少佐に直接報告しています。
 [報告内容]
 敷島隊は指揮官機の合図で全機突撃し、指揮官機は敵空母に命中。この命中で炎々と火を発し、転蛇
 して逃げ回る空母に列機がさらに命中し、その黒煙は、1,000メートルも吹き上がったかと思われた。
 また他の1機は別の空母に命中して大火災・さらに1機は軽巡洋艦に命中して瞬時にこれを沈没させた
 (中島正 手記=『二〇一空戦記』)

 西沢飛行兵曹長他の3機の零戦はいずれもセブ基地に着陸し、上記のように戦果を詳細に報告したが、
 翌日10月26日に[零式輸送機]でクラーク飛行場に引き返す途中で米軍戦闘機に撃墜されて全員戦死。
 ※「敷島隊」の直掩隊指揮官の西沢飛行兵曹長はラバウルで海軍の撃墜王と勇名を馳せたパイロット。
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▲日本海軍 [零式輸送機]
▼台南空、251空などで活躍した海軍屈指のエースパイロット西沢広義飛曹長。
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関大尉率いる神風特別攻撃隊敷島隊を直掩し戦果を報告したが、搭乗していた零戦を特攻用として接収される。
やむなく輸送機に便乗して移動中、敵戦闘機に撃墜され無念の戦死。戦死後、全軍布告二階級特進海軍中尉。
写真は「ピンさん」の愛称で親しまれた吉田一報道班員がラバウルで撮影したもの。

▼マバラカットやクラーク基地、セブ基地などの地名はフィリピンの地図でご確認下さい。
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 関大尉率いる敷島隊は、10月25日の突入成功までに4回特攻出撃し、目標を発見できずに帰還しています。
 後の他の特攻隊でも「飛行機の故障により、基地に引き返す/最寄の基地に不時着」は珍しいことではなく、
 第2次大戦当時の飛行機が頻繁にエンジントラブルなどの不具合を起こすことは「常識」であり、戦況の悪化
 と共に飛行機の品質が劣化し、消耗した飛行機が前線で使い続けられ、交換パーツが不足することで、不具
 合の頻度は上がっていた。「出撃後に機体にトラブルが生じた場合はその場で自爆せよ、帰還は許さない」
 などと言った命令は特攻作戦が始まった当初はありませんでした。
 特攻機に装備した爆弾は海に投下することができました
 「出撃したら、決して生還できない特攻」は、日本海軍では練習機特攻・桜花特攻、回天特攻などがあります。
 (震洋特攻ボートも・・)練習機を使用しての無謀な作戦では120機以上が沖縄目指して特攻したそうです。
 日本陸軍の特攻作戦でも「出撃したら、決して生還できない特攻」は航空機特攻・ボート特攻があった。

 敷島隊が特攻した当時の新聞は朝刊1面で「身を捨てて国を救わんとする皇軍の精粋である」と報じた。
 関大尉は命令を受けた際「ぜひ、私にやらせてください」と承諾したとされるが、 報道班員だった小野田政特
 派員は、出撃を控えた関大尉とのやり取りを回想録「神風特攻隊出撃の日」の中でこう記す。
 関は腹立たしげにこういった。『日本もおしまいだよ。ぼくのような優秀なパイロットを殺すなんて』
 『ぼくは最愛のKAのために行くんだ。 命令とあらば止むをえない。ぼくは彼女を護るために死ぬんだ。
 最愛の者のために死ぬ。どうだすばらしいだろう!』と。
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 ▲関行男大尉
 関大尉は当時、新婚5カ月。KAは海軍用語で妻を指し、その言葉からは苦渋に満ちた決断が伝わる。
 特攻隊員が愛する者を守り、国の行く末を案じる気持ちが行動の芯であったのはまぎれもない事実だが、
 美辞麗句で片付ける前に、生への執着を断ち切るまでの想像を絶する努力と決断があったことは想像に難くない。
 ところが、軍神とあがめられた特攻隊員に対する賛美は敗戦とともに影を潜め、遺族を取り巻く環境も一変した。

 関大尉の母サカエさんも敗戦後「軍神の母」からいつしか「戦争協力者の母」という批判を浴びせられる。
 関大尉の奥様は再婚され、訪れる人もなく、衣類を闇米に代え、草餅を作って売り歩いた。晩年は西条市の小学
 校に住み込みで働き、昭和28年11月還暦を前に亡くなる。
 意識が混濁する床で、「行男の墓を建ててください」 とつぶやいて息を引きとったという。
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 ▲関行男大尉の母サカエさん
 サカエさんが亡くなった際、戦時中「軍神の母」につきまとっていた新聞記者が、「そんなもの記事になります
 か、軍神がなんですか。!」と吐き捨てるように言ったという。
 戦後ガラっと変わってしまった日本。負けたのだからある意味仕方無い部分はある。
 しかし国の為に戦った人、国の為に命を落とした人を粗末に扱って繁栄するはずが絶対無い。
 自国の歴史を深く理解せず、愛国心の無い民族はいずれ滅びると思う。

 ※サカエさんの没後、伊予三島市(現・四国中央市)の村松大師に関の墓が建立され、1975年には関の慰霊と
 平和祈願のため、関親子を昔からよく知る西条市楢本神社神主石川梅蔵の発願により、元海軍大佐で国会議員だ
 った源田実の協力も得て、楢本神社に「関行男慰霊之碑」が建立された。
 毎年10月25日には、関が敵空母に突入した午前10時に海上自衛隊徳島航空基地か、小松島航空基地の航空機5
 機編隊が、慰霊のための編隊飛行を楢本神社上空で行っている。靖国神社には関大尉の遺影が祀られている。
 (戦後生きて国会議員にまでなった源田実に関しては色々言いたい事もあるがここでは書かない事にしておく)

 海軍の特攻作戦の最初の目的は日本海軍の「栗田艦隊」レイテ湾突入を成功させる事だった。その為に敵空母の
 甲板を一週間位使用不能にするという時限的、緊急的な処置だった。しかし、驚くことに肝心な「栗田艦隊」は、
 特攻の嵐が一段落した時、「レイテ突入を止め、敵機動部隊を求め決戦」と打電し、既に存在しない敵機動部隊
 を求めて反転し、北上を開始して事実上逃げたのである!
 この時点で、命を引き替えにした「神風特攻」の体当たり攻撃は一瞬にして水泡に帰した。
 本来ならこの日の特攻々撃をもって「統率の外道」である特攻を止めるべきだったと思う。

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 ▲昭和19年7月米重巡洋艦ボルチモア(USS Baltimore)艦上で笑顔で語らうダグラス・マッカーサー(Douglas
  MacArthur)陸軍元帥(左)と、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt)第32代大統領。
 そしてチェスター・ウィリアム・ニミッツ(Chester William Nimitz)海軍元帥。
 余裕すら見えるアメリカ軍に対し、後が無い日本軍は捨て身の特攻作戦へ突き進んでいく・・・。
 アメリカの様に日本のトップ(大元帥 昭和天皇・陸軍参謀総長 杉山元元帥・海軍軍令部総長 永野修身元帥)
 が太平洋で作戦を練ったり現場の声に耳を傾けたり、悲惨な日本軍の実情を感じようとはしなかった。

 「敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂う 山桜花」
 神風特別攻撃隊の大和隊・敷島隊・朝日隊・山桜隊と隊名に付けられた歌です。
 実は関行男中佐率いる「敷島隊」が最初の神風特別攻撃隊の戦死者ではなかった。
 以下10/25「敷島隊」が戦果を上げるまでの記録です。
10/20大西瀧治郎中将が第一航空艦隊司令長官に親補され神風特別攻撃隊編成を決定。
昭和19年10月20日 セブ基地よりゼロ戦5機で出撃(スルアン島東方機動部隊攻撃)
 06:00浜田 農少尉以下ゼロ戦5機セブ基地を出撃。(浜田少尉機脚故障の為、他1機と引返す)
 08:00引返した浜田少尉機以下2機が修理を終え再出撃。スルアン島東方の特空母群を攻撃
 ※浜田 農少尉は米艦隊の対空砲火により被墜。捕虜となり戦後生還している。

昭和19年10月21日 マバラカット東基地よりゼロ戦4機、直掩ゼロ戦4機で出撃(第1神風特別攻撃隊・敷島隊)
 09:00マバラカット東基地を出撃、フィリピン東方海上に向かうが、悪天候の為米機動部隊を発見出来ず。
     爆装隊4機、直掩隊2機はレガスピー基地に不時着、直掩隊2機はマバラカット東基地に帰還。
 [爆装隊] 関 行男大尉/中野磐雄1飛曹/谷 暢夫1飛曹/山下憲行1飛曹
 [直掩隊] 谷口正夫飛曹長以下3機

昭和19年10月21日 マバラカット西基地よりゼロ戦3機で出撃(第1神風特別攻撃隊・朝日隊)  
 09:00マバラカット東基地を出撃、フィリピン東方海上に向かうが、悪天候の為米機動部隊を発見出来ず。
     上野敬一1飛曹はレガスピー基地に不時着、他はマバラカット西基地に帰還。
 [爆装隊] 上野敬一1飛曹/崎田 清1飛曹/磯川質男1飛曹

昭和19年10月21日 マバラカット西基地よりゼロ戦3機で出撃(第1神風特別攻撃隊・山桜隊) 
 09:00マバラカット西基地を出撃、フィリピン東方海上に向かうが、悪天候の為米機動部隊を発見出来ず。
 [爆装隊] 宮原田賢1飛曹/滝沢光男1飛曹/藤本 寿1飛曹 全機マバラカット西基地に帰還。

昭和19年10月21日 セブ基地よりゼロ戦2機、直掩ゼロ戦1機で出撃(第1神風特別攻撃隊・大和隊) 
 10/20神風特別攻撃隊「敷島隊」が初出撃するも敵艦を発見出来ず帰還する。
 「敷島隊」の出撃を見送る久納中尉は「なんで俺を最初に出してくれないんだ!」と不平を言っていたと言う。
 10/21神風特別攻撃隊「大和隊」隊長・久納中尉以下隊員3名と直掩隊員2名がセブ基地で出撃待機に入っていた。
 敵情が入らないまま、出撃待機が永く続いた。徹夜で特攻機の整備に当たっていた中村少尉は午前中に指揮所を
 を訪ね、特攻の死を目前にして普段と変わりがなかった久納中尉を目撃し「胸を打たれた」という。
 午後3時になって漸く「スルワン島東方洋上に敵機動部隊発見」の知らせが入った。
 直ちに木の下に隠されていた零戦5機が引き出され、ガソリン補給と爆装の準備に入った。
 中島中佐は「搭乗員整列」の号令を掛け、簡単な水杯を交わし攻撃の打ち合わせに入った。
 発進準備は15分で完了し、整備員達は爆装機の傍で今や遅しと搭乗員達を待っていた。搭乗員整列の直前、
 久納中尉が自分の飛行帽を脱ぎ「もし届けられたらこれを家族の者に」と従兵の波田野二整曹に渡した。
 10分以上経過しても搭乗員達が来ない。「ノンビリしているな、こんな時に奇襲を喰らえば9/12のセブ基地大
 空襲の二の舞を踏む。燃料を満載して爆弾を抱いた戦闘機はひとたまりもない。「早く発進しないと危ない」
 と中村少尉は苛立っていた。その苛立ちは指揮所前にいた波田野義高二整曹も同じだった。
 水杯の後、中島飛行長は延々と搭乗員に精神訓話を垂れていた。既に死を覚悟している隊員に、今更口先だけの
 訓話に何の意味があったのだろうか?中島中佐の単なる顕示欲と自己陶酔に過ぎなかった。
 精神訓話は更に続いていた。その時、「敵らしき爆音が聞こえる」と見張員が絶叫した。直ちに搭乗員達は整列
 を解き、列機まで走ったが、既にグラマン戦闘機群は基地上空に侵入して機銃掃射を始めた。
 列線に行儀よく並んだ零戦5機は極めて都合が良い標的だった。零戦のガソリンが火を噴き爆弾が誘爆して一瞬
 にして貴重な零戦5機が破壊された。徹夜をして完璧に整備した機体である。
 中島中佐は9月12日のセブ空襲に続き二回目の過ちを犯した。
 波田野二整曹は「中島飛行長は敵のスパイか ! 」と同僚の整備兵が吐き捨てるように言った言葉を耳にした。
 いたずらに訓示を長引かせた中島飛行長に対するやり場のない整備員の憤りだった。
 整備長の桶泉大尉が「予備機を出せ」と叫んだ。昨夕マバラカットから進出してきた8機の内の残り3機である。
 ヤシやマンゴーの木の下から3機が引き出され、直ぐに発進準備が整った。
 神風特別攻撃隊の初出撃「大和隊」爆戦隊 久納好孚中尉/中瀬清久一飛曹(直掩隊 大坪一男一飛曹)の3機だ。
 指揮所から走り出した久納中尉は「(エンジンを)回せ ! 回せ ! 」と叫んで列機の先頭に飛び乗った。
 敵の戦闘機を追って行けば必ず敵の空母に辿り着ける。一刻を争っていた。残りの2機もバラバラに発進した。
 報道員もいない、帽ふれの儀式もない実に呆気ない慌ただしい出撃だった。
 これが久納好孚中尉の最後の姿だった。途中エンジン不調と悪天候に阻まれて、中瀬機と大坪機は久納中尉機を
 見失ったまま基地に引き返した。戦果の確認は出来なかった。久納中尉機は言葉通りに還ってこなかった。
 戦果が確認されなかった為、敷島隊の様に大々的に新聞等にも掲載されなかった様だが、敷島隊特攻出撃の前に
 既に「大和隊」隊長 久納好孚中尉が戦死されていたのである。
 同盟通信の報道班員・小野田政によれば、201空司令・玉井浅一中佐から久納が新聞に書かれない事が可愛そう
 だから書いてくれと頼まれたという。玉井浅一中佐は人情家で、戦果がはっきりしないからという理由で久納中
 尉が報道されない事を気にしていたと言う。
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 ▲ 久納好孚中尉(愛知県出身)昭和19年10月21日セブ90度185浬(推定)突入戦死。
 15:10爆装隊4機、直掩隊2機でセブ基地にて出撃準備中、F6F戦闘機の攻撃を受け全機炎上。
 16:25準備した予備機(爆装ゼロ戦2機、直掩ゼロ戦1機)でセブ基地を出撃。
 [爆装隊] 久納好孚中尉(特攻戦死1号)/中瀬清久1飛曹 [直掩隊] 大坪一男1飛曹
 セブ90度185浬付近へ向かう。悪天候であったが久納中尉機は列機と分離し、単機レイテ湾に向い未帰還。
 他2機はレイテ湾付近を索敵するが、上空F6F10数機を認めたが、敵艦隊を見ず攻撃を断念、セブ基地に帰還。

昭和19年10月22日 マバラカット西基地よりゼロ戦2機、直掩ゼロ戦2機で出撃(第1神風特別攻撃隊・第2次山桜隊)
 [爆装隊] 宮原田賢1飛曹/滝沢光雄1飛曹 [直掩隊] 柴田正司飛曹長/原田一夫2飛曹
 タクロバン東方海上の米機動部隊攻撃に向かうが、天候不良で発見出来ず、マバラカット西基地に全機帰還。
※同日「敷島隊」ゼロ戦4機、直掩隊ゼロ戦2機「朝日隊」ゼロ戦1機がレガスピー基地よりマバラカット西基地に帰還

昭和19年10月23日 セブ基地よりゼロ戦2機で出撃(第1神風特別攻撃隊・第2次大和隊)
 [爆装隊] 佐藤 馨上飛曹(特攻戦死2号)/石岡義人1飛曹
 05:00爆装隊2機セブ基地を出撃、スルアン沖へ向かうが、石岡一飛曹機が発動機不調の為引き返す。
 佐藤上飛曹が未帰還。
※同日「朝日隊」はダバオ第2基地、「山桜隊」はダバオ第1基地へ進出。
 
昭和19年10月23日 マバラカット西基地よりゼロ戦2機で出撃(第1神風特別攻撃隊・第2次敷島隊)
 [爆装隊] 関 行男大尉/中野磐雄1飛曹/谷 暢夫1飛曹/山下憲行1飛曹 敵を見ず全機マバラカット西基地に帰還
 [戦爆隊] 高崎文雄1飛曹(特攻戦死3号) [直掩隊] 吉岡 康1飛曹 マバラカット基地よりゼロ戦2機で出撃
 高崎文雄1飛曹が未帰還。
10/23は、「敷島隊」5機がマバラカット西基地より。「大和隊」2機と直掩隊4機はセブ基地から出撃したが、
フィリピン東岸に進むと雨雲に覆われて視界は10キロになった。その為、二航艦攻撃隊の総指揮官・江間少佐は索敵
攻撃は不可能と判断し、全機反転して引き返した。「敷島隊」も同様に反転帰投したが[戦爆隊]高崎文雄1飛曹が未帰
還、共に出撃していた「大和隊」佐藤馨上飛曹(高知県出身)が未帰還となり、久納中尉に続くまたも戦果確認出来ない
2人目と3人目の特攻戦死者が出た。
 
※同日戦闘第311飛行隊長横山岳夫大尉直率で「朝日隊」はダバオ第2基地、「山桜隊」はダバオ第1基地へ進出。
※同日「敷島隊」に永峰肇飛長、大黒繁男上飛が追加編入された。

昭和19年10月24日 セブ基地よりゼロ戦2機で出撃(第1神風特別攻撃隊・第3次大和隊)
 [爆装隊] 塩田 寛1飛曹 敵を見ずセブ基地に帰還した。

昭和19年10月24日 マバラカット東/マルコット基地より彗星で出撃(第1、2次機動部隊索敵攻撃)
(第1次)続木幸四郎1飛曹/久道常助1飛曹 (第2次)黒部信行1飛曹/尾形好之1飛曹/山下洸勇1飛曹/
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▲第1、2次機動部隊索敵に向かった彗星1機が米空母プリンストンを発見し250キロ爆弾を投下。同機は爆弾投下直後
 に撃墜されたものの、爆弾は船体中央に命中し飛行甲板と格納庫を貫通し後部エンジンルームの上の乗員区画で爆発。
 爆弾そのものによる船体の損傷は軽微であったが、格納庫には魚雷を装備し燃料を満載した6機の雷撃機が待機中で
 あり、それらが次々と誘爆し飛行甲板と前後のエレベーターを吹き飛ばした。艦橋から船尾に向かって火炎と黒煙が
 吹き抜け、救援艦艇が乗員の救助と消火作業及び更なる攻撃を防ぐ為の対空支援を行った。
 火災は消えつつあったが、後部にある魚雷調整室の魚雷が誘爆した物と思われる大きな爆発が起きた。
 プリンストンに併走して消火作業を行っていた軽巡洋艦バーミングハム (USS Birmingham,) も爆発に巻き込まれ大
 きな損害を受け、多くの死傷者が発生した。プリンストンの船尾は爆発で切断された。
 プリンストンを救援する努力は継続されたが、プリンストンが発する火災が夜間攻撃の目標となることを懸念したミ
 ッチャー中将の進言により16:04に艦の放棄が決定された。残った乗員がボートで救援されると17:06駆逐艦アー
 ウィン(USS Irwin)による雷撃と軽巡洋艦リノ(USS Reno)の2本の魚雷で17:50沈没。10名の士官と98名の兵員が
 攻撃及びその後の消火活動で死亡した。
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 ▲懸命の消火作業も甲斐無く沈没処理された。
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 ▲米航空母艦プリンストン(USS Princetonの最期(1944,10/24)

昭和19年10月25日 ダバオ第2基地よりゼロ戦3機、直掩隊ゼロ戦1機で出撃(第1神風特別攻撃隊・菊水隊)
 [爆装隊] 加藤豊文1飛曹(徳島県出身)戦死/宮川 正1飛曹(高知県出身)戦死/高橋保男1飛曹
 [直掩隊] 塩森 実上飛曹
 06:30爆装隊4機、直掩隊1機ダバオ第2基地を出撃。レイテ東方の米機動部隊攻撃に向かう。
 高橋一飛曹機は、脚故障の為に引返し、「山桜隊」と再出撃。
 07:40爆装隊2機が「朝日隊」と護衛空母4/駆逐艦8に突入。直掩機は突入を確認後、レガスピー基地に帰投。

昭和19年10月25日 ダバオ第2基地よりゼロ戦2機、直掩隊ゼロ戦1機で出撃(第1神風特別攻撃隊・朝日隊)
 06:30爆装隊2機、直掩隊1機ダバオ第2基地を出撃。レイテ東方の米機動部隊攻撃に向かう。
 磯川一飛曹機と箕浦飛長機は、途中悪天候の為に僚機を見失い、それぞれ単機となり帰投。
 雲中より奇襲を受けた磯川一飛曹機は、爆弾を投棄し空戦を行った為、場所不明の飛行場に燃料不足で不時着、
 その際、滑走路の爆撃穴の為、脚を折り負傷、1ヶ月を要し徒歩で生還、箕浦飛長も不時着の後、生還した。
 07:40爆装隊上野一飛曹機は、28度263浬のレイテ沖の敵艦に突入。
 [爆装隊] 上野敬一1飛曹(山口県出身)戦死/磯川質男1飛曹(空戦後、燃料不足で不時着)
 [直掩隊] 箕浦信光飛長(不時着)
 
昭和19年10月25日 ダバオ第1基地よりゼロ戦2機、直掩隊ゼロ戦3機で出撃(第1神風特別攻撃隊・山桜隊)
 06:30爆装隊2機、直掩隊3機ダバオ第1基地を出撃。ミンダナオ島東方の米機動部隊攻撃に向かう。
 途中、直掩隊3機は爆装隊2機を見失う。爆装隊2機は敵艦に突入?
 10:20直掩隊3機はレガスピー基地に帰投。
 [爆装隊] 宮原田賢1飛曹(広島県出身)未帰還・行方不明/滝沢光雄1飛曹(長野県出身)未帰還・行方不明
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 [直掩隊] 柴田正司飛曹長/原田一夫2飛曹/高橋保男1飛曹
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▲10/25「菊水隊」「朝日隊」「山桜隊」「大和隊」の内1機が米護衛空母サンティー(USS Santee)に突入、小破させた

昭和19年10月25日 マバラカット西基地よりゼロ戦5機、直掩隊ゼロ戦4機で出撃(第1神風特別攻撃隊・第3次敷島隊)
 07:25爆装隊5機、直掩隊4機が、マバラカット西基地を出撃。
 10:45タクロバン東85度30浬に空母4隻、巡洋艦1隻、駆逐艦1隻の敵機動部隊を発見。
 10:49爆装隊5機は、低空で接近しつつ輪型陣を突破し、急上昇し高度2500メートルより突入。
 10:52関大尉機は、対空砲火により被弾し、煙りを吐きつつ護衛空母カリニン・ベイの飛行甲板前部に命中。
 谷一飛曹機は、同艦左舷に命中。続いて1機が、護衛空母セント・ローの飛行甲板に命中、大火災を起こす。
 また別の1機が護衛空母ホワイト・プレーンズ左舷の至近海面に突入。
 [直掩隊]管川飛長は対空砲火により被撃墜。この間、直掩隊はF6Fと交戦、2機を撃墜。直掩隊3機セブ基地に帰還。
[爆装隊] 関 行男大尉(戦死)/中野磐雄1飛曹(戦死)/谷 暢夫1飛曹(戦死)/永峰 肇飛長(戦死)/大黒繁男上飛兵(戦死)
[直掩隊]西沢広義飛曹長/本田慎吾上飛曹/馬場良治飛長/管川 操飛長(戦死)

昭和19年10月25日 セブ基地よりゼロ戦2機、直掩隊彗星1機で出撃(第1神風特別攻撃隊・第4次大和隊)
 09:00爆装隊2機、直掩隊1機がセブ基地を出撃。バタブ130度70浬付近の海域に突入。
 [爆装隊] 大坪一男1飛曹(香川県出身)未帰還・行方不明/荒木外義飛長(富山県出身)未帰還・行方不明
 [直掩隊(戦果確認)] 彗星1機
 [操縦]国原千里少尉(山口県出身)未帰還・行方不明/[偵察]大西春雄飛曹長(香川県出身)未帰還・行方不明

昭和19年10月25日 マバラカット基地より彗星1機が出撃(レイテ沖機動部隊索敵攻撃)
 10:30彗星艦爆1機が、マバラカット基地を出撃、ルソン島東沿岸、及びレイテ湾方面の索敵攻撃を実施。
 彗星[操縦]須内則男2飛曹(高知県出身)未帰還・行方不明[偵察]浅尾 弘上飛曹(広島県出身)未帰還・行方不明
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昭和19年10月25日 マバラカット基地よりゼロ戦4機、直掩隊ゼロ戦2機で出撃(第1神風特別攻撃隊・若桜隊)
 11:40爆装隊4機、直掩隊2機がマバラカット基地を出撃。バタブ東方90浬機動部隊に向かうが敵を見ず、セブ基地帰投
 [爆装隊]中瀬清久1飛曹(宮城県出身)未帰還・行方不明/木村繁1飛曹/勝又富作1飛曹/崎田清1飛曹
 [直掩隊]新井耕平上飛曹/日村助一2飛曹

その後のフィリピンの各航空基地からは神風特別攻撃隊が続々と編成され、フィリピンの海に向かって出撃していった。
(フィリピン特攻での神風特別攻撃隊の出撃機数は424機)

神風特別攻撃隊「大和隊」昭和19年(1944)10月26日(フィリピン)セブ基地より出撃、スリガオ海峡東方80浬突入戦死。
(スリガオ沖機動部隊攻撃)
植村眞久少尉(東京都出身)/勝又富作1飛曹(静岡県出身) /塩田 寛1飛曹(栃木県出身)/五十嵐春雄2飛曹(北海道出身)
勝浦茂夫飛長(香川県出身)
(直掩隊)移川晋一1飛曹(宮城県出身)/日村助一2飛曹(広島県出身)
松村 茂1飛曹(熊本県出身)10/27スリガオ87度20浬突入戦死。
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▲植村眞久少尉(東京都出身 享年25歳)
植村少尉は、立教大学在学中、サッカー部の主将だった。昭和18年学徒出陣で、9月に大学を繰上げ卒業。
海軍に入隊、第13期飛行予備学生となり卒業、三重航空隊に所属。翌年高雄航空隊(練習教程)を経て、大村航
空隊、5/31海軍少尉任官、練習航空隊特修科学生となり、7/25佐世保航空隊に配属。
8/1フィリピンセブ基地へ進出。9月に休暇を許され、帰郷し生後3ヶ月の1人娘「素子」さんと面会、手紙を残し
戦場に戻った。
『愛児への便り』
素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入つたこともありました。
素子が大きくなつて私のことが知りたい時は、お前のお母さん、住代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。
私の写真帳も、お前の為に家に残してあります。
素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人になるやうにと思つて、お父様が
考へたのです。 私はお前が大きくなつて、立派な花嫁さんになつて、仕合せになつたのをみとどけたいのですが
若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまつても決して悲しんではなりません。
お前が大きくなつて、父に会いたい時は九段へいらつしやい。そして心に深く念ずれぱ、 必ずお父様のお顔がお
前の心の中に浮びますよ。父はお前は幸福ものと思びます。 生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々
も素子ちやんを見ると真久さんに会つてゐる様な気がするとよく申されてゐた。
またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がつて下さるし、お母さんも亦、 御自分の
全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。
必ず私に万一のことがあつても親なし児などと思つてはなりません。父は常に素子の身辺を護つて居ります。
優しくて人に可愛がられる人になつて下さい。
お前が大きくなつて私の事を考へ始めた時に、この便りを讃んで貰びなさい。
昭和十九年○月吉日父 植村素子ヘ
追伸、
素子が生まれた時おもちやにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。
だから素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教へて上げます。

※植村少尉の1人娘「素子」さんは、父の母校である立教大学を昭和42年に卒業され、同年4/12父の手紙にあった
 「お前が大きくなって、父に会いたいときは九段にいらっしゃい」という約束を果たす為、そして靖国神社で鎮ま
 る父の御霊に自分の成長を報告する為に、母親や家族、友人、父の戦友達が見守る中、文金高島田に振袖姿で6歳
 の頃から習った日本舞踊で「桜変奏曲」を舞い、奉納された。
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 素子さんはこの時「お父様との約束を果たせたような気持ちで嬉しい」と言葉少なに語られたと言う。

植村隊はレイテ島東方で60機の米軍戦闘隊と遭遇し、激闘となる。植村少尉は撃墜されたと見られているが、その空
戦の隙に後続隊の3機が、米護衛空母ペトロフ・ベイ突入に成功。ペトロフ・ベイは小破した。突入した3機の内の1
機は塩田 寛1飛曹。塩田 寛1飛曹は米護衛空母ペトロフ・ベイ (USS Petrof Bay)の艦橋至近へ突入散華。享年18歳
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▲護衛空母ペトロフ・ベイ (USS Petrof Bay)

神風特別攻撃隊「大和隊」昭和19年(1944)10月27日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(スリガオ沖機動部隊攻撃) 松村 茂1飛曹(熊本県出身)

神風特別攻撃隊「第2忠勇隊」昭和19年(1944)10月27日(フィリピン)ニコルス第1基地より「彗星」で出撃
[操縦]茂木利夫飛曹長(群馬県出身)/[偵察]山田恭司大尉(神奈川県出身)
[操縦]玉森武次2飛曹(福井県出身)/[偵察]竹尾 要1飛曹(大分県出身)
[操縦]岩下栄太郎2飛曹(北海道出身)/[偵察]山野 登1飛曹(石川県出身)

神風特別攻撃隊「第2義烈隊」昭和19年(1944)10月27日(フィリピン)ニコルス第1基地より「彗星」で出撃
[操縦]近藤寿男中尉(京都府出身)/[偵察]作田一実上飛曹(和歌山県出身)
[操縦]松尾 勲1飛曹(長崎県出身)/[偵察]戸村三郎1飛曹(千葉県出身)

神風特別攻撃隊「第2純忠隊」昭和19年(1944)10月27日(フィリピン)ニコルス第1基地より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦]横田政幸飛長(高知県出身)/[偵察]上妻英樹上飛曹(福岡県出身)
[操縦]松本 賢飛曹長/[偵察]深堀直治大尉(セブ基地不時着)10/29(再出撃)
[操縦]宮本 孝1飛曹/[偵察]米森義治上飛曹(レイテ湾不時着水)

神風特別攻撃隊「誠忠隊」昭和19年(1944)10月27日(フィリピン)ニコルス第1基地より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦]五島智勇喜中尉(熊本県出身)/[偵察]浦田末次郎1飛曹(岩手県出身)
[操縦]辻 幸三飛長(北海道出身)/[偵察]佐藤早生1飛曹(熊本県出身)
[操縦]三上良作飛長(青森県出身)/[偵察]安永晃三2飛曹(愛知県出身)

神風特別攻撃隊「第2純忠隊」昭和19年(1944)10月28日(フィリピン)セブ基地より99式艦上爆撃機で再出撃
[操縦]松本 賢飛曹長(長崎県出身)/[偵察]深堀直治大尉(長崎県出身)
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▲米軽巡洋艦デンバー(USS Denver)は10/28「第2純忠隊」99式艦爆の爆弾が至近距離で爆発、小破した。

神風特別攻撃隊「初桜隊」昭和19年(1944)10月29日(フィリピン)ニコルス第1基地よりゼロ戦で出撃
(機動部隊索敵攻撃)
野並 哲1飛曹(高知県出身)/藤本寿1飛曹(東京都出身)/吉盛政利飛長(宮崎県出身)マニラ74度180浬突入戦死。
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▲10/27「初桜隊」命名式、左から野並 哲1飛曹、藤本寿1飛曹

神風特別攻撃隊「第2至誠隊」昭和19年(1944)10月29日(フィリピン)ニコルス第1基地より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦]前田文夫飛長(熊本県出身)/[偵察]松本 巌上飛曹(愛知県出身)
[操縦]佐々安則飛長(熊本県出身)/[偵察]團野功雄中尉(神奈川県出身)
(直掩隊ゼロ戦)鈴木正一上飛曹(東京都出身)(653空)/大田吉五郎飛長(岩手県出身)(653空)

神風特別攻撃隊「第2神武隊」昭和19年(1944)10月29日(フィリピン)ニコルス海岸より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦]吉元武盛1飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]坂田 馨飛曹長(北海道出身)
(直掩隊ゼロ戦)板倉正一1飛曹(大分県出身)神武隊直掩(221空)

神風特別攻撃隊「第2神兵隊」昭和19年(1944)10月29日(フィリピン)ニコルス海岸より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦]伊藤立政上飛曹(熊本県出身)/[偵察]藤本 勇中尉(兵庫県出身)

神風特別攻撃隊「第2義烈隊」昭和19年(1944)10月30日(フィリピン)ニコルス第1基地より「彗星」で出撃
[操縦]大塚克巳上飛曹(長崎県出身)/[偵察]山崎幸栄1飛曹(新潟県出身)
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▲海軍艦上爆撃機「彗星」
▼10/30「第2忠勇隊」「第2義烈隊」の特攻々攻撃を受け特攻機が銃座に突入、12名死亡6名が負傷したが、乗員による
 熟練したダメージコントロールでまもなく発艦作業を再開した米空母イントレピッド(USS Intrepid)
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神風特別攻撃隊「第2忠勇隊」昭和19年(1944)10月30日(フィリピン)ニコルス第1基地より「彗星」で出撃
[操縦]野々山尚1飛曹(長野県出身)/[偵察]小林勇吉1飛曹(栃木県出身)
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▲10/30イントレピッド甲板に横たわる破砕した特攻隊員の遺体。
神風特別攻撃隊「葉桜隊」昭和19年(1944)10月30日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(機動部隊索敵攻撃)スルアン島150度40浬突入戦死。
崎田清1飛曹(熊本県出身)/広田幸宣1飛曹(新潟県出身)/山下憲行1飛曹(福岡県出身)
山沢貞勝1飛曹(山口県出身)/鈴木鐘1飛長(岐阜県出身)/桜森文雄飛長(宮崎県出身) 6名
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▲「葉桜隊」の2機が米空母フランクリン(USS Franklin)に突入、炎上する空母フランクリン。
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▲負傷したフランクリン乗組員を気づかう。特攻機の突入を許した空母乗組員の死傷者の数は甚大であった。
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▲「葉桜隊」の1機が米空母ベロー・ウッド(USS Belleau)に突入、乗組員92名死亡・行方不明となったが、決死の消火
活動と爆発物投棄を行った結果、最悪の状態から脱する事が出来た。ベロー・ウッドの艦載機12機焼失、14機が使い物
にならなくなった。ベロー・ウッドはフランクリンと共にウルシー環礁に後退、応急修理を受けその後戦線に復帰した。
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▲黒煙を上げるベロー・ウッド(左)とフランクリン(右)
(直掩隊) 畑井輝久中尉/角田和男少尉/新井康平上飛曹(石川県出身)/大川善雄1飛曹(東京都出身)/藤岡三千彦飛長
※直掩任務の角田和男少尉は終戦まで生き残り、(台湾)台中で終戦を迎えた。平成25年(2013)2月14日死去。
 (フィリピン)ニコルス基地で神風特攻隊に編入され、角田少尉(201空)の特攻配置は終戦まで続いたが、熟練搭乗員だ
 った角田少尉は爆装(特攻仕様)する事はなく、直援任務であった。
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 ▲角田和男少尉(終戦直後台湾(台中)で撮影された写真)
 多くの神風特攻隊を直掩した角田少尉は特攻隊員の最後を見届けた。
 NHK証言記録など多数の番組で当時の事を語っておられます。[証言記録 兵士たちの戦争]

神風特別攻撃隊「梅花隊」昭和19年(1944)11月1日(フィリピン)ニコルス第1基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃) 大下春男飛長(広島県出身)

神風特別攻撃隊「桜花隊」昭和19年(1944)11月1日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃) 黒谷康夫飛長(香川県出身)

神風特別攻撃隊「第2至誠隊」昭和19年(1944)11月1日(フィリピン)ニコルス第1基地より99式艦上爆撃機で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃)
[操縦]中島 直上飛曹(熊本県出身/[偵察]津久井武男上飛曹(栃木県出身)

神風特別攻撃隊「第2神兵隊」昭和19年(1944)11月1日(フィリピン)ニコルス第1基地より99式艦上爆撃機で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃)
[操縦]塚本貞雄飛長(茨城県出身)/[偵察]加藤 壮一1飛曹(岐阜県出身)
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▲11/1米駆逐艦アンダーソン(USS Anderson)に「神兵隊」と見られる特攻機が命中。乗組員14名死亡、負傷者22名。
 負傷者の内2人は後に死亡した、沈没はまぬがれたが11/3レイテ湾を離れ、修理の為サンフランシスコに後退した。

神風特別攻撃隊「第2天兵隊」昭和19年(1944)11月1日(フィリピン)ニコルス第1基地より99式艦上爆撃機で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃)
[操縦]江口源七上飛曹(長崎県出身)/[偵察]土屋和夫中尉(静岡県出身)
[操縦]児玉雄光上飛曹(熊本県出身)/[偵察]遠藤博文上飛曹(神奈川県出身)
[操縦]有馬 敬2飛曹(福岡県出身)/[偵察]伊達喬上飛曹(兵庫県出身)
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▲天兵隊の出撃前、土屋和夫中尉他隊員の打ち合わせ。3機共レイテ湾の米艦へ突入した。
(直掩隊ゼロ戦) 小林 浩1飛曹(静岡県出身221空)
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▲米駆逐艦アブナー・リード(USS Abner Read)は11/1、13:41神風特攻「天兵隊」「至誠隊」「神兵隊」いずれかに属
 する2機の99式艦上爆撃機が雲中から躍り出て、うち1機がアブナー・リードめがけて突入してきた。被弾しながらも、
 その99式艦爆は突入直前に爆弾を投下し、機体は後部煙突横の40ミリ機関砲基台に命中。
 爆弾は後部煙突を突き破りボイラー室で爆発。機体に起因する火災が中央部を中心に発生し、艦の前後を行き来する事は
 不可能となった。やがて水圧が下がって消防活動も出来なくなり、13:52にいたっては艦全体が震えるほどの大爆発が
 右舷側で発生し、艦尾を沈めて10度傾斜した。魚雷発射管に搭載済みの魚雷も火災により加熱で発射管が誤作動を起こ
 して自然に飛び出し、内4本は戦艦に向かっていった為、「目標」の戦艦は大慌てで回避運動を行う羽目となった。
 乗組員は最後まで消火に務めたが、度重なる爆発についに耐え兼ねて14:05分に総員退艦が令せられ、アブナー・リード
 は10分後の14:15分に右に転覆したのち艦尾から沈没していった。アブナー・リードの沈没位置は、北緯10度47分
 東経125度22分と記録されている。乗組員23名が死亡。23名の中には、自らの救命胴衣を負傷した水兵に与えて溺死し
 た者や、負傷しながらも対空砲火を撃ち続け、乗組員の救助にあたったのち忽然と姿を消した者もいた。救助されたアブ
 ナー・リードのパーディ艦長は神風攻撃が効果的であることを認めた上で、十分離れた距離で神風を撃破しうる兵器の開
 発をするべきだと報告した。

神風特別攻撃隊「第2桜花隊」昭和19年(1944)11月2日(フィリピン)アンヘレス基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃)
一戸忠郎上飛曹(青森県出身)/西牟礼晃上飛曹(鹿児島県出身)/松岡良典上飛曹(熊本県出身)
福田武雄1飛曹(北海道出身)

神風特別攻撃隊「左近隊」昭和19年(1944)11月5日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(エンカント沖機動部隊攻撃)
大谷寅雄上飛曹(島根県出身)/三浦清三九2飛曹(宮城県出身)

神風特別攻撃隊「白虎隊」昭和19年(1944)11月5日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(エンカント沖機動部隊攻撃)
道坂 孝男2飛曹(福井県出身)/住本種一郎2飛曹(兵庫県出身)

神風特別攻撃隊「第4鹿島隊」昭和19年(1944)11月6日(フィリピン)マバラカット基地より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦]蒲谷良平上飛曹(神奈川県出身)/[偵察]告田正毅飛曹長(香川県出身)
[操縦]下平鶴三2飛曹(広島県出身)/[偵察]石橋光上飛曹(福岡県出身)
(零戦)志賀敏美2飛曹(福島県出身)鹿島隊直掩(653空)

神風特別攻撃隊「第4鹿島隊」昭和19年(1944)11月11日(フィリピン)マバラカット基地より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦] (生還)/[偵察]肝付 良志上飛曹(石川県出身) 

神風特別攻撃隊「第4神崎隊」昭和19年(1944)11月11日(フィリピン)マバラカット基地より99式艦上爆撃機で出撃
[操縦]栗山 登2飛曹(大分県出身)/[偵察]和久田道雄上飛曹(熊本県出身)

神風特別攻撃隊「第2白虎隊」昭和19年(1944)11月12日(フィリピン)レガスピー基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾艦船攻撃)
鬼頭清一郎中尉(神奈川県出身)/木村忠雄1飛曹(新潟県出身)/中田久義1飛曹(石川県出身)
鯉沼網夫1飛曹(茨城県出身)/木内正光1飛曹(山梨県出身)/杉田久治2飛曹(茨城県出身)/朝倉秋雄2飛曹(新潟県出身) 

神風特別攻撃隊「梅花隊」昭和19年(1944)11月12日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(タクロバン付近艦船攻撃)
尾辻是清中尉(鹿児島県出身)/和田八男三上飛曹(栃木県出身)/石本奥2飛長(福井県出身)
(直掩隊)岡村恒三郎1飛曹(群馬県出身)

神風特別攻撃隊「時宗隊」昭和19年(1944)11月12日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃)
安田 昇少尉(広島県出身)/船岡睦雄2飛曹(広島県出身)/原武貞己飛長(福岡県出身)
(直掩隊)達川猪和夫中尉(愛媛県出身)

神風特別攻撃隊「第5聖武隊」昭和19年(1944)11月12日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃)
馬場俊夫上飛曹(埼玉県出身)/石岡義人上飛曹(広島県出身)/関根利三郎2飛曹(茨城県出身)
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▲セブ基地より出撃していく「聖武隊」

神風特別攻撃隊「正行隊」昭和19年(1944)11月13日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(マニラ沖機動部隊攻撃)
牧 太郎中尉(愛知県出身)/竹山茂太郎1飛曹(東京都出身)/安斎文治1飛曹(新潟県出身)/早田 勝2飛曹(北海道出身)

神風特別攻撃隊「山本隊」昭和19年(1944)11月14日(フィリピン)アンヘレン基地よりゼロ戦で出撃
(ラモン湾沖機動部隊攻撃)
神森義文1飛曹(三重県出身)/(直掩)中島浩三中尉(佐賀県出身)

神風特別攻撃隊「第8聖武隊」昭和19年(1944)11月18日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(タクロバン沖艦船攻撃)
二木 弘上飛曹(茨城県出身)/小原俊弘上飛曹(鹿児島県出身)/吉原久太郎2飛曹(広島県出身)

神風特別攻撃隊「第9聖武隊」昭和19年(1944)11月19日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(タクロバン沖艦船攻撃)
原 正彦上飛曹(長野県出身)/磯野清夫上飛曹(茨城県出身)/高橋許人2飛曹(広島県出身) 

神風特別攻撃隊「第2朱雀隊」昭和19年(1944)11月19日(フィリピン)ニコルス基地よりゼロ戦で出撃
(ラモン湾沖機動部隊攻撃) 伊藤忠夫2飛曹(兵庫県出身)/(直掩)多田圭太中尉(東京都出身)

神風特別攻撃隊「高徳隊」昭和19年(1944)11月19日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(マニラ沖索敵攻撃) 永田 碩上飛曹(岐阜県出身)

神風特別攻撃隊「第5疾風隊」昭和19年(1944)11月25日(フィリピン)クラーク基地より銀河で出撃
[操縦]川田茂久上飛曹(埼玉県出身)/[偵察]竹崎正意上飛曹(熊本県出身)/[電信]前田操上飛曹(千葉県出身)
[操縦]生駒重光上飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]中野龍朗上飛曹(長崎県出身)/[電信]鈴木光雄上飛曹(静岡県出身)
(直掩隊)北野行雄上飛曹(滋賀県出身)/出羽福三飛長(静岡県出身)
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▲海軍双発爆撃機「銀河」

第5神風特別攻撃隊 昭和19年(1944)11月25日(フィリピン)クラーク基地より銀河で出撃
[操縦]赤坂正夫1飛曹(福井県出身)/[偵察]加藤貞義少尉(福岡県出身)/[電信]前畑 勇飛長(熊本県出身)

第5神風特別攻撃隊「強風隊」昭和19年(1944)11月25日(フィリピン)クラーク基地より銀河で出撃
[操縦]栗原 淳上飛曹(東京都出身/[偵察]山口晴雄上飛曹(福岡県出身)/[電信]上市三郎上飛曹(富山県出身)
[操縦]増田和夫上飛曹(千葉県出身)/[偵察]古川光男2飛曹(新潟県出身)/[電信]服部秀男1飛曹(愛知県出身)
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▲海軍双発爆撃機「銀河」

神風特別攻撃隊「第3高徳隊」昭和19年(1944)11月25日(フィリピン)ニコルス基地よりゼロ戦で出撃
植竹功上飛曹(千葉県出身)/斎藤良知上飛曹(東京都出身)
(直掩隊)小串明夫上飛曹(神奈川県出身)/加藤鼎上飛曹(岩手県出身)/高月秀次郎上飛曹(大分県出身)

神風特別攻撃隊「笠置隊」昭和19年(1944)11月25日(フィリピン)エチアゲ基地よりゼロ戦で出撃
(比島東方機動部隊攻撃)
高井威衛上飛曹(広島県出身)/藤本英敏2飛曹(長崎県出身)
(直掩隊)鮎川幸男中尉(鹿児島県出身)/南 義美少尉(香川県出身)
▼11/25神風特別攻撃隊2機が米空母イントレピッド(USS Intrepid)に突入、69名死亡。
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▼艦の推進力には影響が及ばず、2時間以内に消火作業を完了した。
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神風特別攻撃隊「吉野隊」昭和19年(1944)11月25日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(比島東方機動部隊攻撃)
高武公美中尉(福岡県出身)/池田末広上飛曹(鹿児島県出身)/布田孝一上飛曹(宮城県出身)
河内山精治上飛曹(山口県出身)/長谷川達上飛曹(茨城県出身)/永原茂木飛長(長野県出身)
(直掩隊)村松文雄上飛曹(静岡県出身)/西尾芳朗2飛曹(岐阜県出身)
▼11/25神風特別攻撃隊2機が米空母イントレピッド(USS Intrepid)に突入、69名死亡。
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▼特攻機突入の瞬間
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神風特別攻撃隊「第3香取隊」昭和19年11月25日(フィリピン)マバラカット東飛行場より艦上爆撃機「彗星」で出撃
[操縦]田邊正中尉(茨城県出身)/[偵察]工藤太郎少尉(岩手県出身)
[操縦]山口善則1飛曹(佐賀県出身)/[偵察]酒樹 正1飛曹(樺太出身)※(尾翼№701-17号)
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▲▼対空砲火を受け白煙を出しながら米空母エセックスに突入寸前の神風特別攻撃隊「香取隊」彗星(尾翼№701-17号)
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▼突入。
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神風特別攻撃隊「第10聖武隊」昭和19年(1944)11月26日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(タクロバン沖艦船攻撃)
矢野健一上飛曹(愛媛県出身)/渡邊久夫2飛曹(宮城県出身)
(直掩隊)長門 達中尉(石川県出身)/塩盛 實上飛曹(鹿児島県出身)

神風特別攻撃隊「右近隊」昭和19年(1944)11月26日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(タクロバン沖艦船攻撃)
久村俊治上飛曹(愛知県出身)/井上数雄2飛曹(宮城県出身)
(直掩隊)渡部一郎中尉(鳥取県出身)/安元巌雄2飛曹(福岡県出身)

神風特別攻撃隊「春日隊」昭和19年(1944)11月27日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃) 富田勝夫2飛曹(神奈川県出身)
(直掩隊)犬塚教市飛曹長(新潟県出身)/川崎一美上飛曹(茨城県出身)/黒木親夫2飛曹(鹿児島県出身)

神風特別攻撃隊「第3春日隊」昭和19年11月27日(フィリピン)マバラカット東飛行場より艦上爆撃機「彗星」で出撃
[操縦]池口 勇1飛曹(福岡県出身)/[偵察]室町正義上飛曹(愛知県出身)
[操縦]岩城 稔飛長(愛媛県出身)/[偵察]高橋 仁一1飛曹(新潟県出身)

※神風特別攻撃隊「第1御盾隊」昭和19年11月27日硫黄島基地よりゼロ戦で出撃
 (米軍に占領されたサイパン島アスリート飛行場攻撃)
大村謙治中尉(静岡県出身)/小野康徳飛曹長(香川県出身)/北川磯高上飛曹(福井県出身)/住田廣行1飛曹(大阪府出身)
東  進1飛曹(滋賀県出身)/加藤正人1飛曹(山形県出身)/司城三成2飛曹(大分県出身)/新堀清次飛長(東京都出身)
上田祐次飛長(神奈川県出身)/高橋輝美飛長(香川県出身)/明城 哲飛長(福井県出身)
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▲米防護巡洋艦セントルイス(USS St. Louis)に「第1御盾隊」特攻機が命中、中破させた。

第5神風特別攻撃隊「怒涛隊」昭和19年(1944)12月4日(フィリピン)デゴス基地より銀河で出撃
[操縦]野々上侃2飛曹(岡山県出身)/[偵察]佐藤貞廣上飛曹(樺太出身)/[電信]松井素美1飛曹(福岡県出身)
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▲海軍双発爆撃機「銀河」

神風特別攻撃隊「第11聖武隊」昭和19年(1944)12月5日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(レイテ湾内艦船攻撃)
永島真上飛曹(福岡県出身)/宮田実飛長(大阪府出身)

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▲(フィリピン)セブ基地より出撃していく神風特別攻撃隊。

神風特別攻撃隊「第1桜井隊」昭和19年(1944)12月6日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(オルモック湾内艦船攻撃)
柿原正行上飛曹(佐賀県出身)/鹿野正信2飛曹(大阪府出身)

第5神風特別攻撃隊「颶風隊」昭和19年(1944)12月7日(フィリピン)クラーク基地より銀河で出撃
[操縦]吉川計治2飛曹(静岡県出身)/[偵察]田中高正中尉(岡山県出身)/[電信]高橋志郎上飛曹(岩手県出身)
[操縦]安田一人2飛曹(山口県出身)/[偵察]石井欣也少尉(東京都出身)/[電信]山本重幸2飛曹(島根県出身)
[操縦]佐藤周三上飛曹(福島県出身)/[偵察]島田 明少尉(茨城県出身)/[電信]土井勇一1飛曹(神奈川県出身)
[操縦]瀧澤幸一郎2飛曹(滋賀県出身)/[偵察]大木 篤少尉(福岡県出身)/[電信]森本元秋1飛曹(福島県出身)
[操縦]堀   久飛長(新潟県出身)/[偵察]関  秋夫1飛曹(茨城県出身)/[電信]小崎政明1飛曹(愛知県出身)

神風特別攻撃隊「第5桜井隊」昭和19年(1944)12月7日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(オルモック湾内艦船攻撃)
尾谷保上飛曹(富山県出身/本田今朝美1飛曹(宮城県出身)/脇坂寅夫飛長(滋賀県出身)/廣瀬 静飛長(新潟県出身)
(直掩隊)矢野徹郎中尉(愛知県出身)

神風特別攻撃隊「第7桜井隊」昭和19年(1944)12月7日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(カモテス海方面艦船攻撃)
河波啓造2飛曹(福岡県出身)/福田憲海2飛曹(鹿児島県出身)/中村正利飛長(熊本県出身)
(直掩隊)村上卓上飛曹(宮城県出身)/高井利次上飛曹(大阪府出身)/辻谷敏男上飛曹(奈良県出身) 

神風特別攻撃隊「千早隊」昭和19年(1944)12月7日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦と彗星で出撃
(カモテス海方面艦船攻撃)
横林高文上飛曹(岡山県出身)/池渕慎上飛曹(鳥取県出身)/佐藤繁雄1飛曹(山形県出身)/金高菊雄1飛曹(千葉県出身)
[操縦]稲垣 茂2飛曹(兵庫県出身)/[偵察]篠崎福四郎上飛曹(茨城県出身)

神風特別攻撃隊「第1金剛隊」昭和19年(1944)12月11日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(スリガオ水道方面艦船攻撃)
龍野彦次郎中尉(福岡県出身)/朝倉正一中尉(石川県出身)/鈴木 清中尉(三重県出身)/松尾 忠中尉(北海道出身)
(直掩隊)松葉三美上飛曹(宮崎県出身)/澳 博2飛曹(広島県出身)

神風特別攻撃隊「第2金剛隊」昭和19年(1944)12月13日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(ムルシェラゴス湾艦船攻撃)
小松 弘中尉(栃木県出身)/上原 登上飛曹(北海道出身/藤野康治1飛曹(京都府出身)/池田三義飛長(栃木県出身)
(直掩隊)松澤 諭1飛曹(山形県出身)

神風特別攻撃隊「第3金剛隊」昭和19年(1944)12月14日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(バゴドロ沖艦船攻撃)
鈴木孝一中尉(岐阜県出身)/長谷川拓男中尉(佐賀県出身)/大川 渡2飛曹(三重県出身)
(直掩隊)野末甲子上飛曹(静岡県出身)/飯田義隆上飛曹(茨城県出身)

神風特別攻撃隊「第5金剛隊」昭和19年(1944)12月14日(フィリピン)よりシライ基地よりゼロ戦で出撃
(ネグロス島周辺艦船攻撃)
中村 修中尉(奈良県出身)/枦木初男2飛曹(鹿児島県出身)
(直掩隊隊)片岡啓造中尉(富山県出身)
※シライ基地はネグロス島陸軍飛行場

神風特別攻撃隊「第6金剛隊」昭和19年(1944)12月14日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦と彗星で出撃
(ズマグテ南方艦船攻撃)
神山 敬中尉(千葉県出身)/上原和則中尉(岡山県出身)/石田完三中尉(兵庫県出身)/青山義男中尉(岐阜県出身)
萱野留雄中尉(三重県出身)/門山孝中尉(大阪府出身)
[操縦]武部 武治2飛曹(千葉県出身)/[偵察]井口 要之助少尉(鳥取県出身)  
[操縦]松尾 保上飛曹(佐賀県出身)/[偵察]関 迪雄上飛曹(東京都出身)  
[操縦]中村 勇2飛曹(山口県出身)/[偵察]山本平造上飛曹(千葉県出身) 

第5神風特別攻撃隊「第1草薙隊」昭和19年(1944)12月15日(フィリピン)デゴス基地より銀河で出撃
[操縦]清水左分郎1飛曹(兵庫県出身)/[偵察]西村克巳少尉(京都府出身)/[電信]平田康則1飛曹(広島県出身)
[操縦]岩崎次雄2飛曹(宮崎県出身)/[偵察]宮田勇人2飛曹(茨城県出身)/[電信]星野 勝2飛曹(福島県出身)
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▲米護衛空母オマニー・ベイ(USS Ommaney Bay)へ突入する「第1草薙隊」の銀河

神風特別攻撃隊「第7金剛隊」昭和19年(1944)12月15日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(ミンドロ島周辺艦船攻撃)
澤本裕嗣中尉(石川県出身)/織田真伉中尉(香川県出身)/神島利則中尉(石川県出身)/青山義男中尉(岐阜県出身)
(直掩隊)若林良茂上飛曹(群馬県出身)/佐藤國一上飛曹(奈良県出身)
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▲ミンドロ島上陸を阻止すべく「第7金剛隊」のゼロ戦が突入、炎上する米戦車揚陸船736号(LST-736) 

神風特別攻撃隊「第8金剛隊」昭和19年(1944)12月15日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦と彗星で出撃
敵を発見出来ず帰投したものと推定される。

神風特別攻撃隊「第9金剛隊」昭和19年(1944)12月15日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦と彗星で出撃
(ミンドロ島周辺艦船攻撃)
青木 進大尉(埼玉県出身)/松岡英雄中尉(広島県出身)/荒木輝夫中尉(新潟県出身)/生島治人中尉(大分県出身)
出井政義中尉(山口県出身)/山本俊夫2飛曹(富山県出身)/太田雄三中尉(神奈川県出身)/梶原一郎中尉(兵庫県出身)
石塚 茂上飛曹(北海道出身)/大桑健見2飛曹(三重県出身)/鈴木 稔中尉(岩手県出身)/宇野 勇上飛曹(岡山県出身)
[操縦]松本岩視2飛曹(香川県出身)/[偵察]恒岡喜代則1飛曹(三重県出身)
(直掩隊)12機[ 紫電 ]

神風特別攻撃隊「第10金剛隊」昭和19年(1944)12月15日(フィリピン)第1ダバオ基地よりゼロ戦で出撃
小野光重中尉(東京都出身)/山岡哲生上飛曹(山口県出身)
(直掩隊)零戦1機/紫電2機

神風特別攻撃隊「第11金剛隊」昭和19年(1944)12月16日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦と彗星で出撃
(ミンドロ島沖艦船攻撃)
辻 誠夫大尉(滋賀県出身)/江橋厚二郎中尉(東京都出身)/瀬口政孝中尉(熊本県出身)/渕上善吾上飛曹(福岡県出身)  
竹内 彪1飛曹(京都府出身)/我喜屋元次郎2飛曹(沖縄県出身)/宮崎博甲飛長(群馬県出身)/久保 米三飛長(京都府出身)  
高橋成吾飛長(広島県出身)/伊東静昭穂飛長(長野県出身)/半田昭穂飛長/山脇 林2飛曹(高知県出身)機体故障で帰還
[操縦]田中 勇飛長(山口県出身)/[偵察]江幸 信1飛曹(石川県出身)
(直掩隊)6機[ 紫電/零戦 ]

神風特別攻撃隊「第12金剛隊」昭和19年(1944)12月16日(フィリピン)ダバオ基地よりゼロ戦で出撃
矢田義治上飛曹(機体トラブルでマラハンに不時着)/田中 巌2飛曹(機体トラブルで引き返す)
※矢田義治上飛曹は台湾に後退後、昭和20年4月2日「第4大義隊」として石垣基地より出撃、突入戦死。

神風特別攻撃隊「第13金剛隊」昭和19年(1944)12月24日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
青野 豊大尉/伊藤勝美上飛曹以下6機、直掩隊8機で出撃するも敵を発見出来ず引き返す。

神風特別攻撃隊「月光隊」昭和19年(1944)12月28日(フィリピン)マバラカット基地より夜間戦闘機「月光」で出撃
[操縦]高橋安吉1飛曹(新潟県出身)/[偵察]大友祿郎1飛曹(山形県出身)
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▲海軍夜間戦闘機「月光」

神風特別攻撃隊「第14金剛隊」昭和19年(1944)12月28日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(シキホール島東方艦船攻撃) 
星野政巳中尉(長野県出身)/大塚 明上飛曹(茨城県出身)/川渕静夫1飛曹(広島県出身) 

神風特別攻撃隊「第15金剛隊」昭和19年(1944)12月29日(フィリピン)バダンガス基地よりゼロ戦で出撃
(ミンドロ島南方艦船攻撃)
増田 脩中尉(愛知県出身)/小野田敏明1飛曹(静岡県出身)/伊藤 弘2飛曹(兵庫県出身)/山脇 林2飛曹(高知県出身)
(直掩隊)荒井敏雄上飛曹(千葉県出身)/谷内善之2飛曹(富山県出身)/児島 茂2飛曹(群馬県出身)
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▲山脇 林2飛曹(高知県出身)は海軍特攻隊員で最年少の17歳7ヶ月。12/16「第11金剛隊」の一員として出撃
 したが、機体の故障で引き返し、2度目の特攻出撃だった・・・。(ミンドロ島サンホセ沖の米艦船に突入戦死)
 
▼清水 武中尉(山口県出身205海軍航空隊)
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この日は指揮官として直掩隊を務めたが、昭和20年(1945)4月1日「第1大義隊」隊長として石垣島基地より出撃。
宮古島南方で散華している。(石垣島派遣隊は特攻隊「大義隊」を編成、第1第2第5大義隊が石垣島基地より出撃)

神風特別攻撃隊「第16金剛隊」昭和19年(1944)12月31日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦と彗星で出撃
青野 豊大尉/伊藤勝美上飛曹以下6機、直掩隊3機、誘導「彗星」1機で出撃

神風特別攻撃隊「第17金剛隊」昭和19年(1944)12月31日(フィリピン)ニコルス基地よりゼロ戦と彗星で出撃
綿引芳男中尉以下ゼロ戦3機、直掩隊3機、誘導「彗星」1機で出撃するも敵艦隊を発見出来ず帰還。

神風特別攻撃隊「第30金剛隊」昭和20年(1945)1月3日(フィリピン)セブ基地よりゼロ戦で出撃
(ミンダナオ海艦船攻撃) 高島 清中尉(広島県出身)/井野精蔵中尉(愛知県出身)

神風特別攻撃隊「月光隊」昭和20年(1945)1月3日(フィリピン)マバラカット基地より「月光」で出撃
[操縦]梶原 昇(広島県出身)/[偵察]田中竹雄(山形県出身)
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▲アメリカ合衆国「スミソニアン博物館」に展示・胴体保存されている「月光」

神風特別攻撃隊「旭日隊」昭和20年(1945)1月4日(フィリピン)ラサン基地より彗星で出撃
[操縦]長谷川弘房1飛曹(富山県出身)/[偵察]風間萬年中尉(福島県出身)
神風特別攻撃隊「旭日隊」昭和20年(1944)1月4日(フィリピン)マバラカット基地より彗星で出撃
[操縦]幡野孝司1飛曹(静岡県出身)/[偵察]井上茂夫1飛曹(神奈川県出身)
スールー海を航行していた米護衛空母オマニー・ベイは「旭日隊」彗星2機/陸軍「一誠隊」隼2機(都留洋中尉・石川誠
司少尉)/陸軍「進襲隊」99式襲撃機1機(小林直行軍曹)の特攻々撃を受ける。
その内「旭日隊」彗星1機が、オマニー・ベイの見張りに発見される事も、レーダーに探知される事も上空哨戒機にも、
そして周囲の艦船に気づかれる事も無く、沈みゆく夕日をバックにオマニー・ベイに接近、艦橋に突入右舷を破壊した。
2発の爆弾が投下され、1発目が飛行甲板の内部で爆発。前部第3格納庫に収容されていた燃料を満載した艦載機に誘
爆した。2発目は格納庫を通り抜け、第2甲板上の消火用水管を破壊し右舷で爆発。直ちに戦闘配置が令されたが、わず
かに手遅れだった。艦前部の水圧がたちまち失われ、動力と艦橋との通信も途絶えた。格納庫での猛烈な火災に対処し
ていた兵員は、炎上する艦載機からの激しい黒煙及び12.7mm機銃弾の爆発で退避しなければならなくなった。
艦は弾薬の爆発と火災による高熱で戦闘を行う状況にはなくなった。17:50までに甲板上全面が維持不能となり、搭載
していた魚雷が爆発する恐れが出てきた。オマニー・ベイを支援するために接近した駆逐艦は、火災による熱気で消火
作業も負傷者の移送も満足に行う事ができず、早急にオマニー・ベイから離れざるを得なかった。
やがて、艦長と砲術長から別々に、艦を放棄する命令が下され18:16には、搭載していた魚雷に引火して爆発。
破片は周囲の艦に降り注いだ。19:45オマニー・ベイは別の日本軍特攻機の攻撃を呼び込む目印になる事を防ぐ為、駆
逐艦バーンズ (USS Burns) の魚雷により沈められたが駆逐艦乗員を含む合計95名の米水兵が戦死した。
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▲米護衛空母オマニー・ベイ(USS Ommaney Bay)

神風特別攻撃隊「第18金剛隊」昭和20年(1945)1月5日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(ルバング島西方艦船攻撃)
金谷真一大尉(東京都出身)/丸山 隆(石川県出身)/長井正二郎(東京都出身)/井上 啓(鹿児島県出身)/桜井幹男(三重)
船津安男中尉(群馬県出身)/市川 猛中尉(愛知県出身)/江口 博上飛曹(佐賀県出身/)福崎貞二上飛曹(北海道出身)
杉田肇上飛曹(鹿児島県出身)/中川一男上飛曹(福岡県出身)/梶原喬由上飛曹(山梨県出身)/篠山 高1飛曹(岡山県出身)
藤山義彦1飛曹(山口県出身)/谷 晴源2飛曹(徳島県出身)
(直掩隊)北川直隆中尉(東京都出身)/出津正平1飛曹(茨城県出身)
▼昭和20年1月5日(ルソン島の戦い)重巡洋艦ルイビルに「第18金剛隊」か陸軍「進襲隊」の特攻機が突入の瞬間。
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▼昭和20年1月5日重巡洋艦オーストラリア(HMAS Australia)に「第18金剛隊」爆装ゼロ戦が突入、1番煙突が倒壊した。
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▼豪重巡洋艦オーストラリア(HMAS Australia)特攻々撃により、オーストラリア軍 戦死25名、負傷30名の被害を出した
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神風特別攻撃隊「旭日隊」昭和20年(1945)1月6日(フィリピン)マバラカット基地より彗星で出撃
[操縦]吹野 匡中尉(鳥取県出身)/[偵察]三宅精策少尉(香川県出身)
[操縦]花下道好1飛曹(兵庫県出身)/[偵察]向吉健三1飛曹(鹿児島県出身)

神風特別攻撃隊「第19金剛隊」昭和20年(1945)1月6日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾内艦船攻撃)
青野 豊大尉(愛媛県出身)/福山正通中尉(奈良県出身)/富澤幸光中尉(北海道出身)/永富雅夫中尉(大分県出身)
山下省治中尉(福岡県出身)/磯部 豊中尉(愛知県出身)/伊藤勝美上飛曹(島根県出身)/真崎義男上飛曹(佐賀県出身)
串原麟八上飛曹(長野県出身)/山田正文上飛曹(山梨県出身)/黒木典次2飛曹(鹿児島県出身)/青野國輝2飛曹(愛媛県出身)
和田可臣飛長(秋田県出身)/浜砂良一1飛曹(トラブルで引き返す)
(直掩隊)真鍋秀信上飛曹/高橋良生上飛曹

神風特別攻撃隊「第20金剛隊」昭和20年1月6日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾内艦船攻撃)  
中尾邦為中尉(富山県出身)/中野勇三少尉(新潟県出身)/後藤喜一上飛曹(群馬県出身)/千原昌彦上飛曹(和歌山県出身)
谷内善之上飛曹(富山県出身)
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▲昭和20年(1945)1月6日神風特別攻撃隊の命中により沈没した米駆逐艦ロング(USS Long)戦死1名、負傷35名
神風特別攻撃隊「第22金剛隊」昭和20年1月6日(フィリピン)アンヘルス基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾内艦船攻撃)
三宅輝彦中尉(岡山県出身)/廣田豊吉中尉(和歌山県出身)/吉原 晋中尉(神奈川県出身)/黒澤 厚2飛曹(埼玉県出身) 
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▲米駆逐艦ブルックス(USS Brooks)1/6 特攻機の突入で補助蒸気ラインが切断され火災が発生、乗組員3名死亡11名負傷
神風特別攻撃隊「第23金剛隊」昭和20年1月6日(フィリピン)ニコルス基地よりゼロ戦で出撃
(イバ沖艦船攻撃)
園田 勇中尉(兵庫県出身)/綿引芳男中尉(茨城県出身)/加藤米男中尉(東京都出身)/南里昭敏上飛曹(福岡県出身)
小池富士夫1飛曹(東京都出身)/佐々木輝雄1飛曹(愛知県出身)/倉松房太2飛曹(福島県出身)/井上義輝2飛曹(福岡県出身)
(直掩隊)大森茂中尉(宮城県出身)/平島 仁中尉(千葉県出身)/小玉酉治上飛曹(秋田県出身)/玉腰俊光1飛曹(愛知県出身)
(誘導)「彗星」 [操縦]石井隆上飛曹(兵庫県出身)/[偵察]奥居 一郎上飛曹(滋賀県出身)
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▲1/6リンガエン湾上陸前の艦砲射撃中、特攻機が戦艦ニューメキシコ(USS New Mexico)艦橋に突入。
艦長R・W・フレミング大佐を含む29名死亡、87名が負傷した。損傷したが砲撃は継続され、地上部隊が上陸するまで
同海域での活動を続けた。真珠湾での修理後にニューメキシコは沖縄進攻の準備のためウルシー泊地へ到着した。
3/21火力支援グループと共に出航、3/26には沖縄で砲撃を開始した。5/11に8艘の特攻艇(震洋?)を破壊するが、5/12
2機の特攻機の攻撃を受ける。1機を撃墜するがもう1機は爆弾と共に突入し爆発、54名が死亡119名が負傷した。

神風特別攻撃隊「第30金剛隊」昭和20年(1945)1月6日(フィリピン)マバラカット基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾艦船攻撃)
小林 武雄中尉(千葉県出身)/阪本哲朗中尉(熊本県出身)/小林秀雄中尉(東京都出身)

神風特別攻撃隊「八幡隊」昭和20年(1945)1月6日(フィリピン)クラーク基地より艦上攻撃機「天山」で出撃
[操縦]藤田紀久雄2飛曹(福岡県出身)/[偵察]磯野博之少尉(千葉県出身)/[電信]繁縄精一飛長(兵庫県出身)
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▲海軍艦上攻撃機「天山」

神風特別攻撃隊「旭日隊」昭和20年(1945)1月7日(フィリピン)マバラカット基地より彗星で出撃
[操縦]池島厚吉少尉(山口県出身)/[偵察]斎藤喜一少尉(埼玉県出身)

神風特別攻撃隊「第28金剛隊」昭和20年(1945)1月7日(フィリピン)チリアゲ基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾内艦船攻撃)
熊倉三夫中尉(栃木県出身)/高杉英彦中尉(広島県出身)/勝原道春1飛曹(山口県出身)
(直掩隊)遠藤晴次中尉(広島県出身)/平野光夫(愛知県出身)

神風特別攻撃隊「第29金剛隊」昭和20年(1945)1月7日(フィリピン)チリアゲ基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾内艦船攻撃)
佐藤栄夫上飛曹(宮城県出身)/諸戸清司2飛曹(三重県出身)
(直掩隊)真鍋重信上飛曹(愛媛県出身)

神風特別攻撃隊「八幡隊」昭和20年(1945)1月8日(フィリピン)クラーク基地より艦上攻撃機「天山」で出撃
[操縦]北村新一少尉(和歌山県出身)/[偵察]垣内次郎上飛曹(和歌山県出身)/[電信]山口歳朗上飛曹(京都府出身)
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▲米航空母艦ヨークタウンから5インチ砲を浴び被弾し、墜落していく艦上攻撃機「天山」(1944年10月25日)

神風特別攻撃隊「第24金剛隊」昭和20年(1945)1月9日(フィリピン)ツゲガラオ基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾艦船攻撃) 児島 茂2飛曹(群馬県出身)

神風特別攻撃隊「第25金剛隊」昭和20年(1945)1月9日(フィリピン)ニコルス基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾艦船攻撃) 村上 惇中尉(東京都出身)/鈴木眞造2飛曹(愛知県出身)

神風特別攻撃隊「第26金剛隊」昭和20年(1945)1月9日(フィリピン)ツゲガラオ基地よりゼロ戦で出撃
(リンガエン湾艦船攻撃) 土屋 浩中尉(岡山県出身)/内海 崇1飛曹(愛知県出身)
(直掩隊)尾坂一男上飛曹(大分県出身)

神風特別攻撃隊「第3新高隊」昭和20年(1945)1月21日(フィリピン)ツゲガラオ基地よりゼロ戦6機で出撃
川添 実大尉
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▲昭和20年1月21日特攻機の突入を受け煙を上げる米空母タイコンデロガ(USS Ticonderoga)

神風特別攻撃隊「第27金剛隊」昭和20年(1945)1月25日(フィリピン)ツゲガラオ基地よりゼロ戦2機で出撃
(※在フィリピン海軍航空部隊最後の特攻出撃)
住野英信中尉/
フィリピン特攻作戦:海軍突入機202機(搭乗員256人)、未帰還機131機

※神風特別攻撃隊「第2御盾隊」昭和20年(1945)2月21日八丈島基地より彗星/天山/ゼロ戦で出撃
(硫黄島周辺艦船攻撃)海軍香取航空基地➡八丈島基地で燃料補給➡出撃。
これが日本本土から出撃した陸海軍合わせて最初の航空特攻々撃となった。
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▲第2御楯隊隊員勇士
第2御盾隊の出撃に呼応した攻撃704空の一式陸攻6機は2月21日13:25頃、木更津基地を出撃。5機が硫黄島に到達し、
米軍陣地や艦船を爆撃した。また特攻隊の接敵時間に米戦闘機の注意を引きつける為、704空一式陸攻4機が木更津基地
を出撃。内2機は小笠原諸島付近で、電探欺瞞紙の散布を実施している。
▼出撃直前の「第2御盾隊」
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彗星
[操縦]村川 弘大尉(新潟県出身)/[偵察]原田嘉太男飛曹長(鳥取県出身)
[操縦]田中武夫1飛曹(滋賀県出身)/[偵察]幸松政則上飛曹(大分県出身)
[操縦]青木孝充上飛曹(千葉県出身)/[偵察]木下 茂少尉(大阪府出身)
[操縦]小石政雄上飛曹(神奈川県出身)/[偵察]戸倉勝二上飛曹(三重県出身)
[操縦]大久保勲1飛曹(茨城県出身)/[偵察]飯島 晃中尉(長野県出身)
[操縦]水畑辰雄2飛曹(兵庫県出身)/[偵察]下村千代吉上飛曹(熊本県出身)
[操縦]小松武上飛曹(高知県出身)/[偵察]石塚元彦上飛曹(山形県出身)
[操縦]三宅重男1飛曹(岡山県出身)/[偵察]伊藤正一1飛曹(宮崎県出身)
[操縦]池田芳一1飛曹(和歌山県出身)/[偵察]小山照夫上飛曹(香川県出身)
[操縦]北爪圓三2飛曹(群馬県出身)/[偵察]牧 光廣上飛曹(鹿児島県出身)
天山
[操縦]原口章雄1飛曹(熊本県出身)/[偵察]清水邦夫1飛曹(長野県出身)/[電信]川原 茂2飛曹(東京都出身)
[操縦]中村吉太郎少尉(東京都出身)/[偵察]小島三良上飛曹(東京都出身)/[電信]叶 之人2飛曹(北海道出身)
[操縦]和田時次2飛曹(群馬県出身)/[偵察]信太廣蔵2飛曹(秋田県出身)/[電信]鈴木辰蔵1飛曹(東京都出身)
[操縦]村井明夫上飛曹(大分県出身)/[偵察]桜庭正雄中尉(広島県出身)/[電信]窪田高一上飛曹(山梨県出身)
[操縦]稗田一幸1飛曹(福岡県出身)/[偵察]中村伊十郎上飛曹(千葉県出身)/[電信]竹中友男2飛曹(兵庫県出身)
[操縦]佐川保男少尉(香川県出身)/[偵察]岩田俊雄上飛曹(福井県出身)/[電信]小山良知2飛曹(長野県出身)
ゼロ戦
茨木 速中尉(高知県出身)/志村雄作上飛曹(山梨県出身)/森川 博1飛曹(京都府出身)
長 與走2飛曹(福岡県出身)/岡田金三2飛曹 (広島県出身)
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▲米空母サラトガ(USS Saratoga)は2/21硫黄島の夜間防空と父島への夜間攻撃のため、駆逐艦3隻を伴って機動部隊
 を離れた際、「第2御盾隊」による特攻を衝突4機と爆弾2発に受けて大破したが、エニウェトクを経由してブレマート
 ンに到着し、修理を行った。5/22修理完了し、ピュージェット・サウンド工廠を発って6/3真珠湾へ戻り、再び航空隊
 の訓練に従事した。日本が降伏した為、9/6に訓練を中止して、アメリカ本土に戻る復員兵の輸送を行った。
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▲2/21米空母サラトガに突入する「第2御盾隊」の特攻機。
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▲大きく損傷した空母サラトガの飛行甲板
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▲空母サラトガ乗組員、死者・行方不明者合わせて123人、負傷者192人に達した。
 戦後サラトガは、1946年に行われたビキニ環礁での核実験(クロスロード作戦)の標的艦に使用された。
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▲1946年7月25日の「BAKER実験」において発生した核爆弾の水中炸裂の写真(中央の艦がサラトガ)
 7/1の「ABLE」実験では軽度の損傷で済んだものの、続く7/25「BAKER」実験で艦体に致命的な損傷を負い、サラ
 トガは7時間後に沈没した。全体としては原形を充分に留めていた為、引き揚げて核爆発による損害を詳しく研究す
 る計画が立てられたが、放射線障害の危険性によってサルベージは中止され、1946年8月15日正式に除籍された。
 以後、サラトガはビキニ環礁の海底にあり、現在では放射線障害の危険性も低下したため民間人でもダイビングに
 よってその姿を眺める事が出来る。浅海におけるスキューバダイビングで容易に到達できる航空母艦として、サラト
 ガはダイビングスポットとして人気を集めている。民間人が通常のダイビングで到達できる沈船航空母艦は、現在の
 所サラトガとフロリダ沖メキシコ湾内のオリスカニーの2隻のみとなっている。

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▲米護衛空母ビスマーク・シー(USS Bismarck Sea)は2月16日ビスマーク・シー以下第52任務部隊(ウィリアム・H
・P・ブランディ少将)の護衛空母群は硫黄島沖に到着し、硫黄島の戦いの支援を開始し、90機の艦載機が硫黄島攻撃
を行った。2/17・18にも出撃を行い、2/19上陸作戦に向けての露払いを行った。2/21の日没は18:25と記録された。
その直後、ビスマーク・シーの見張りは水平線上に接近してくる3つの目標を発見。ビスマーク・シーはルンガ・ポイン
ト(USS Lunga Point, CVE-94) に向かっていた3つの目標に対して対空砲火を撃ち、1機を撃墜した。一時はサラトガ
の航空機とも思われた残る2機の特攻機がビスマーク・シーに急速に接近してきたが、一部の機関砲および機銃は射程
内にルンガ・ポイントが入ってきたため撃てなかった。やがて、その特攻機は右舷後部の40ミリ機関砲座の下に突入、
ハンガーデッキと弾薬庫を破壊。格納してあった航空魚雷4本を叩き落して爆発を起こさせた。その火災は押さえる事
ができたものの、間もなく別の特攻機、あるいは通常の攻撃機から投下された爆弾が後部エレベーターシャフトに命中
して海水消火システムを破壊。また、ガソリンを抜き終わっていない航空機の中で爆発した為、格納庫内の航空機、燃
料、弾薬に次々と引火して火山の様となった。ビスマーク・シーは消火隊が焼死した他、後部にいた乗員が爆発で海に
放り出され、ビスマーク・シーは、もはやそれ以上のダメージ・コントロールが不能となった。
最初の特攻機が命中してからわずか15分後、艦の放棄が命じられた。総員退艦の命令は口伝で行われた。
ビスマーク・シーは爆発を繰り返して右舷側に倒れ、20:08犠牲者318名と共に艦尾から沈没していった。
護衛駆逐艦エドモンズ (USS Edmonds, DE-406) が救助作業を行い、夜間の荒海の中プラット艦長を含む378名を救出。
生存者は攻撃輸送艦ディッケンズ (USS Dickens, APA-161) と、ハイランズ (USS Highlands, APA-119) に移送され、
エドモンズの乗組員30名が傷つき疲れ果てた救助者達に同行した。
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▲2/21「第2御楯」の特攻隊機の命中により大爆発を起こし、沈没した米護衛空母ビスマーク・シー
2/21夜半、硫黄島海軍部隊の指揮官 市丸利之助少将から以下のような入電があった。
「友軍航空機の壮烈なる特攻を望見し、士気ますます高揚、必勝を確信、敢闘を誓う。又沖合に火柱19本を認む」と。


※神風特別攻撃隊「第2御盾隊」昭和20年(1945)3月1日八丈島基地発基地より彗星で出撃
 (硫黄島周辺艦船攻撃)
[操縦]川崎 直飛長(宮崎県出身)/[偵察]小林善男上飛曹(山形県出身)
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▲戦時中の九州 陸海軍航空基地(◆が海軍 ◇は陸軍)

※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月11日築城基地より海軍陸上爆撃機「銀河」で出撃
[操縦]松永輝郎大尉(山口県出身)/[偵察]喜多山 哲少尉(福山県出身)/[電信]西山典郎2飛曹 (熊本県出身)
[操縦]渡部春雄1飛曹(愛媛県出身)/[偵察]大林仲治上飛曹(愛知県出身)/[電信]柳川末一2飛曹(静岡県出身)
[操縦]小川 登少尉(東京都出身)/[偵察]林田克巳上飛曹(奈良県出身)/[電信]大日向忠直2飛曹(福岡県出身)
[操縦]相川 豊1飛曹(千葉県出身)/[偵察]米満輝繁上飛曹(鹿児島県出身)/[電信]醍醐一利2飛曹(神奈川県出身)
[操縦]坂口 明中尉(兵庫県出身)/[偵察]本仮屋孝夫1飛曹(鹿児島県出身)/[電信]寺門敏行飛長(茨城県出身)

※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月11日鹿屋基地より海軍陸上爆撃機「銀河」で出撃
[操縦]上杉丈助飛曹長(福島県出身)/[偵察]宇野 篤大尉(東京都出身)/[電信]岡田春人2飛曹(東京都出身)
[操縦]米本米吉上飛曹(神奈川県出身)/[偵察]村川勝夫上飛曹(新潟県出身)/[電信]檜山芳香上飛曹(神奈川県出身)

※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月11日大分基地より海軍陸上爆撃機「銀河」で出撃
[操縦]村上益雄上飛曹(静岡県出身)/[偵察]西村敬之助上飛曹(石川県出身)/[電信]西谷増吉上飛曹(岐阜県出身)

※神風特別攻撃隊「梓(あずさ)特別攻撃隊」昭和20年3月11日 「銀河」24機 鹿屋より出撃(「銀河」は3人乗)
[操縦]早坂裕次上飛曹(宮城県出身)/[偵察]宮澤宏男中尉(愛知県出身)/[電信]西川茂勝2飛曹(樺太出身)
[操縦]馬場一雄2飛曹(大阪府出身)/[偵察]吉岡 實(埼玉県出身)/[電信]新井喜一2飛曹(埼玉県出身)
[操縦]河村秀之2飛曹(山口県出身)/[偵察] 清水徳一1飛曹(大分県出身)/[電信] 林  榮一2飛曹(愛知県出身)
[操縦]三輪秀夫飛長(大阪府出身)/[偵察]西田信義1飛曹(山口県出身)/[電信]横山侃昭2飛曹(福島県出身)
[操縦]福田幸悦大尉(北海道出身)/[偵察]井貝武志上飛曹(広島県出身)/[電信]太田健司上飛曹(愛知県出身)
[操縦]山本國男1飛曹(和歌山県出身)/[偵察]田山亥志雄上飛曹(熊本県出身)/[電信]三ヶ田 清馬1飛曹(大分県出身)
[操縦]桑村担上飛曹(愛媛県出身)/[偵察]根尾久男中尉(和歌山県出身)/[電信]桐畑人明1飛曹(滋賀県出身)
[操縦]山本博泰上飛曹(愛知県出身)/[偵察]大岡高志大尉(東京都出身)/[電信]高橋政市上飛曹(北海道出身)
[操縦]松木義友1飛曹(香川県出身)/[偵察]原田幸男上飛曹(岡山県出身)/[電信]斎藤善實1飛曹(宮城県出身)
[操縦]磯部定男2飛曹(千葉県出身)/[偵察]福島元康少尉(東京都出身)/[電信]中野至康飛長(東京都出身)
[操縦]原田照和2飛曹(佐賀県出身)/[偵察]松井光明飛長(静岡県出身)/[電信]葛佐直夫2飛曹(徳島県出身)
[操縦]大久保次郎上飛曹(北海道出身)/[偵察]高久健一少尉(秋田県出身)/[電信]下楠園 緑上飛曹(鹿児島県出身)
[操縦]玉井良登1飛曹(福岡県出身)/[偵察]阿南正範1飛曹(宮崎県出身)/[電信]岩崎幸三1飛曹(三重県出身)
[操縦]藤川益男飛長(山口県出身)/[偵察] /[電信]幡   勇2飛曹(茨城県出身)
[ 二式飛行艇 ]誘導機
杉田正治中尉(大阪府出身)/高橋 正少尉(熊本県出身)/関 文武上飛曹(長野県出身)/堀越武雄上飛曹(茨城県出身)
新谷睦志(鹿児島県出身)/古茂田蓮三上飛曹(愛媛県出身)/牧田 裕1飛曹(鳥取県出身)/小山彌五郎1飛曹(長野県出身)
須賀正久2飛曹(樺太出身)/栗原 続2整曹(埼玉県出身)/加藤幸次飛長(島根県出身)/久川孝夫飛長(新潟県出身)
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▲「梓特別攻撃隊」勇士達
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▲3/11朝、米第58任務部隊の泊地・ウルシー環礁を目標に鹿屋基地より出撃する「梓特別攻撃隊」の銀河11型。
手前の機からこちらを向くペアは、右から[偵察員]黒丸大尉(隊長)/[操縦員]藤井上飛曹/[電信員]富永飛曹長。
機種下面と胴側から出たアンテナは、広く用いられたH-6の物で、日本で唯一の有効な機載用レーダーだった。
黒丸直人大尉以下72名で編成された「梓特別攻撃隊」は800キロ爆弾を積んだ762空陸上爆撃機「銀河」の部隊。
「第2次丹作戦」と呼ばれるこの特攻作戦は、はるか3000㌔を飛び、西カロリン諸島ウルシー環礁に停泊する米艦隊に
薄暮体当たり攻撃を仕掛けるという無謀な作戦だった・・・。当初10日に予定されていたこの作戦は、索敵情報が錯綜
していた為、既に出撃していた「梓特別攻撃隊」の銀河は呼び戻されて1日延期された。
11日3機の801空二式飛行艇と佐多岬上空で合流、二式大型飛行艇5機に誘導されてウルシー環礁を目指した。
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▲3/11、8:30頃、鹿屋基地で続々列線を離れ、滑走路へ向かう「梓特攻隊」の銀河
 ※翼下に見える巨大な円筒は長距離飛行の為の落下式増槽(いわゆる燃料増量タンク)
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▲昭和20年2月24日香川県の詫間航空隊総員に見送られ、発進基地の鹿児島県鴨池へ出発する梓特別攻撃隊
 (誘導)二式大艇の搭乗員達。彼等は天候不順や作戦延期等により再整備のため詫間へ戻ってくることとなるが、
 3月8日再出撃する。※中央の背の高い人物は二式大艇操縦員・長峰五郎 飛行兵曹長
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▲鹿屋基地を出撃する海軍陸上爆撃機「銀河」
しかし、鈍足の二式飛行艇との随行は「銀河」のもつ能力を大幅に削ぎ、予定時刻が大幅に遅れた。
16機の「銀河」がウルシー環礁に到着したのは夕闇だった。空襲を察知した米軍は灯火を一斉に消した。
目標を確認できない「銀河」攻撃隊は燃料を使い果たし、次々と海面に突入していった。
鹿屋通信室、誘導の「二式大艇」搭乗員。そしてトラック島から戦果確認に向かった「彩雲」搭乗員は、攻撃隊突入時
の通信を受信している。そしてウルシー泊地の米空母の数に変化が無かった事から、作戦失敗との報告をしてる。
「・・―・・ ・・―・・ ・・―・・」(全軍突撃セヨ)
「クラシクラシ」(暗し・暗し)
「ワレ・・・・・ニ突入セントス」
「クライクライデ・・・・」
「クライミエナイ・・・・」
最後の通信を残し若い隊員達は暗闇の中で散っていった。
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▲空母ランドルフに突入したとされる隊員3名の写真、左から[偵察]井貝武志上飛曹 (広島県出身)
 [操縦]福田幸悦大尉(北海道出身)/[電信]太田健司上飛曹(愛知県出身)
現地時間20:01と20:04福田機は無線でこれから突入する事を打電。ランドルフの行動調書によると福田機の「銀河」
は20:07に突入したと記されている。梓特別攻隊で他に突入を打電した機は無かった。
戦果が確認されているのは米空母ランドルフの飛行甲板後部に激突し火災を発生させ27名を戦死させた記録だけである。
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▲ウルシー環礁で「梓特別攻隊」の特攻々撃によりダメージを受けた甲板後部を工作艦に修繕を受ける空母ランドルフ。
攻撃を受けた米海軍は、ランドルフへ体当たりした「銀河」搭乗員と、目標を誤りソーレン島へ突入した「銀河」搭乗
員の遺体を収容し、丁重に栄誉礼をもって埋葬したと言う。
黒丸隊長機を含む4機が体当たりを断念してヤップ島へ向かう。ヤップ島ルールの飛行場にいた海軍航空隊の1人が上空
で旋回する飛行機の音を聞きわけ「銀河だ、味方だ!」と叫んだので、総員でガソリン松明を手に滑走路に走って誘導
したが、1機は着陸に失敗して大破(乗員は無事)もう1機は無事着陸、そして更に1機は飛行場から遠く離れたルムングの
浅瀬に不時着となった。この乗員3名も無事だったが、機内から日の丸を持って脱出した所を、味方とは知らない陸軍守
備隊によって銃撃され、3人とも死亡した。撃った方としては悔いても悔い切れない同士討ちだった。無傷の1機に生き
残った搭乗員全員を乗せ後日鹿屋へ帰還している。そして数名が別作戦で再度出撃し、敵艦へ突入し命を落とした。
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▲銀河11型解剖図 前[偵察員]中[操縦員]後[電信員] 狭い機内で長距離飛行は大変だったであろう・・・。
「銀河」を誘導していた3機の二式大艇には帰還が命じられていたが、1機は不明となり、もう1機は不調だったエンジ
ンが爆発、失速寸前のスピードを必死に維持しウォレアイ環礁メレヨン島へ不時着水し、機体は水没。
搭乗員は潜水艦で救出されるまでの数ヶ月を飢餓の島で過ごした。無事日本に帰還したのは1機だけだった。
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▲左から[操縦]原田照和2飛曹(佐賀県出身)[偵察]松井光明飛長(静岡県出身)[電信]葛佐直夫2飛曹(徳島県出身)23号機
※8機がエンジントラブルの為、途中で引き返している。
※「第1次丹作戦」は昭和19年(1944)11月、ゼロ戦隊でサイパンにB-29を目標とする昼間奇襲攻撃を行った。

※昭和20年3月10日B-29 130機東京大空襲、23万戸消失/死傷者12万人。
※昭和20年3月12日B-29名古屋大空襲。
※昭和20年3月14日B-29大阪大空襲
※昭和20年3月17日B-29神戸大空襲。
※昭和20年3月17日硫黄島守備隊殆ど全滅。
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▲陥落した硫黄島と米大艦隊 硫黄島の戦い 前編YouTube 硫黄島の戦い 後編YouTube 硫黄島 玉砕戦YouTube

※神風特別攻撃隊「菊水彗星隊」 昭和20年3月18日第1国分基地より「彗星」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]小網十九雄飛長(大阪府出身)/[偵察]中川茂男飛長(広島県出身)
[操縦]葛和善治少尉(奈良県出身)/[偵察]石井隆上飛曹(福岡県出身)
[操縦]金山一雄2飛曹(島根県出身)/[偵察]小山康衛少尉(新潟県出身)
[操縦]岡本壽夫飛長(和歌山県出身)/[偵察]古長正好飛長(大分県出身)
[操縦]猿渡 弘上飛曹(熊本県出身)/[偵察]西島忠治上飛曹(山口県出身)
[操縦]野間 茂中尉(奈良県出身)/[偵察] 
[操縦]木村 潔少尉(東京都出身)/[偵察]松原 清上飛曹(兵庫県出身)
[操縦]勝俣市太郎2飛曹(神奈川県出身)/[偵察]久保田英生少尉(福岡県出身)
[操縦]小野庄治飛長(広島県出身)/[偵察]市川末人1飛曹 (福岡県出身)
[操縦]益岡政一2飛曹(熊本県出身)/[偵察]岩上一郎中尉(栃木県出身)
[操縦]市毛喜代夫2飛曹(茨城県出身)/[偵察]田中精之助少尉(新潟県出身)
[操縦]湯浅正三上飛曹(京都府出身)/[偵察]田島一男少尉(福岡県出身)
[操縦]山下利之2飛曹(岡山県出身)/[偵察]瀧 理吉上飛曹(石川県出身)
[操縦]平田博一中尉(香川県出身)/[偵察]野宮仁平少尉(青森県出身)
[操縦]三鬼照一飛長(三重県出身)/[偵察]小野塚一江2飛曹(福島県出身)
[操縦]畠中良成少尉(鹿児島県出身)/[偵察]植村 平1飛曹(千葉県出身)
[操縦]藤園 勝飛長(大分県出身)/[偵察]助田義一2飛曹(三重県出身)
(直掩隊)零戦
堀井正四少尉(新潟県出身)/江崎志満夫1飛曹(熊本県出身)/白川一男飛長(鹿児島県出身)
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▲(3/18米軍撮影)空母ワスプ(CV-18)の対空砲火を受け炎上墜落していく艦上爆撃機「彗星」
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▲▼(3/18米軍撮影)空母ワスプ(CV-18)の対空砲火を受け炎上しながらも突入しようとする艦上爆撃機「彗星」
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※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」 昭和20年3月18日築城基地より「銀河」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]松永輝郎大尉(山口県出身)/[偵察]喜多山哲少尉(福山県出身)/[電信]西山典郎2飛曹(熊本県出身)
[操縦]渡部春雄2飛曹(愛媛県出身)/[偵察]大林仲治上飛曹(愛知県出身)/[電信]柳川末一2飛曹(静岡県出身)
[操縦]小川登少尉(東京都出身)/[偵察]林田克巳上飛曹(奈良県出身)/[電信]大日向忠直2飛曹(福岡県出身)
[操縦]相川 豊1飛曹(千葉県出身)/[偵察]米満輝繁上飛曹(鹿児島県出身)/[電信]醍醐一利2飛曹(神奈川県出身)
[操縦]坂口 明中尉(兵庫県出身)/[偵察]本仮屋孝夫1飛曹(鹿児島県出身)/[電信]寺門敏行飛長(茨城県出身)
[操縦]上杉丈助飛曹長(福島県出身)/[偵察]宇野篤大尉(東京都出身)/[電信]岡田春人2飛曹(東京都出身)
[操縦]米本米吉上飛曹(神奈川県出身)/[偵察]村川勝夫上飛曹(新潟県出身)/[電信]檜山芳香上飛曹(神奈川県出身)
[操縦]村上益雄上飛曹(静岡県出身)/[偵察]西村敬之助上飛曹(石川県出身)/[電信]西谷増吉上飛曹(岐阜県出身)
指揮官松永輝郎大尉機の電信員に選ばれた、西山典郎二飛曹は08:07「全軍突撃セヨ」との電報を発信して以後消息
を断った。 17歳の誕生日を迎えることもできず、短い人生に終止符をうった。 この特攻攻撃で米空母エンタープライズ
とヨークタウンに損傷を与えた事が記録に残されている。
エンタープライズはその後も幾度となく特攻機の突入を受けるがウルシーに引き返し修理され、終戦まで生き残った。
「不死身のエンタープライズ」の別名を持ち、アメリカ海軍のダメージコントロールの高さには恐れ入る。
昭和20年3月から特攻に使用された「銀河」は合計156機が出撃した。
海軍陸上爆撃機「銀河」は3人乗りである、陸軍で特攻に使用された99式双発軽爆撃機や二式複座戦闘機「屠龍」では、
よほどの理由が無い限り、特攻は操縦員のみで出撃していった。しかし海軍では定員をキッチリ乗せて出撃させた。
敵艦船に突入するのに何故操縦員以外の隊員を乗せなければならなかったのか理解に苦しむところだ。
せめて2名に抑えて出撃する事は海軍は考えなかったのか?戦死者を少しでも少なくする努力をしたのか?日本軍は
▼海軍陸上爆撃機「銀河」
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※神風特別攻撃隊「菊水彗星隊」 昭和20年3月19日第1国分基地より「彗星」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]川端弘保少尉(香川県出身)/[偵察]柏井 宏大尉(島根県出身) 
[操縦]川口富司大尉(東京都出身)/[偵察]山下敏平飛曹長(静岡県出身)
[操縦]宮下萬次郎上飛曹(長野県出身)/[偵察]坂田明治中尉(兵庫県出身)
[操縦]飯塚英一上飛曹(静岡県出身)/[偵察]藤田春男中尉(石川県出身)
[操縦]天野一史中尉(奈良県出身)/[偵察]千野五郎上飛曹(東京都出身)
[操縦]福西一隆少尉(三重県出身)/[偵察]出島廣良少尉 (和歌山県出身)
[操縦]北村良二上飛曹(山形県出身)/[偵察]西口速雄飛曹長(三重県出身)
[操縦]上田元太郎飛長(静岡県出身)/[偵察]長谷川次郎1飛曹(岐阜県出身)
[操縦]関矢忠雄上飛曹(京都府出身)/[偵察]中村恒夫大尉(茨城県出身)
[操縦]山口春一1飛曹(愛知県出身)/[偵察]木村福松1飛曹(神奈川県出身)
[操縦]山路 博中尉(大分県出身)/[偵察]高梨総理少尉(新潟県出身)
[操縦]石黒喜八飛長(愛知県出身)/[偵察]竹川福一1飛曹(茨城県出身)
[操縦]夏目 康少尉(静岡県出身)/[偵察]斎藤幸雄少尉(山口県出身)
[操縦]山元當四郎飛長(鹿児島県出身)/[偵察]大矢武2飛曹 (北海道出身)
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▼▲3/19 銀河か彗星の緩降下爆撃で徹甲爆弾が命中、炎上する米空母ワスプ(USS Wasp)
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※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」 昭和20年3月19日出水基地より「銀河」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]金指 勲大尉(静岡県出身)/[偵察]河野 通上飛曹(宮崎県出身)/[電信]馬渕哲男上飛曹(京都府出身)
[操縦]泉 常良飛長(大阪府出身)/[偵察]川口 實上飛曹(長崎県出身)/[電信]廣澤文夫2飛曹(長野県出身)
[操縦]宮本三龍2飛曹(福岡県出身)/[偵察]鎌倉基茂少尉(高知県出身)/[電信]高橋 要飛長(大分県出身)  
[操縦]平田 寛飛長(福岡県出身)/[偵察]緒方春雄1飛曹(熊本県出身)/[電信]柏崎次男2飛曹(青森県出身)

神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月19日鹿屋基地より「銀河」で出撃
[操縦]井上善弘飛曹長(兵庫県出身)/[偵察]土田 登2飛曹(高知県出身)/[電信]大元良雄上飛曹(広島県出身)
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▲3/19 07:08銀河か彗星1機が雲を抜け低空で接近、緩降下爆撃で2発の徹甲爆弾を投下した。この日本海軍機は、
 爆弾を投下した直後にフランクリンの対空砲火(または、上空哨戒のF6Fヘルキャット戦闘機)によって撃墜され、空
 中で爆発・四散して破片をフランクリンの甲板上に撒き散らしたが、命中した2発の爆弾のうち、1発は飛行甲板中央
 部を貫通し格納庫で炸裂、二層及び三層で火災を引き起こし、戦闘司令所及び飛行司令所にダメージを与えた。
 もう1発は飛行甲板後部を貫通し格納庫で炸裂。第二層を突き破り、弾薬・火薬の引火を誘発した。
 また、飛行甲板上には爆弾やロケット弾、機銃弾や燃料を満載した多数の艦上機が並んで出撃待機していた為、次々
 と誘爆を引き起こし、フランクリンは浸水、右舷に13度傾斜した。また消火活動の放水により艦尾が沈下した。
 無線通信が不能となり、火災によって高熱が発生し、艦首を除く上部構造物は全損に近い損害を受けた。
 乗組員の多くが攻撃及びその後の火災で死傷したが、数百名の士官と兵員は艦を救おうと必死の作業を行った。
 724名死亡、265名負傷した。その後、重巡洋艦ピッツバーグに牽引され、修理の為ウルシー泊地に後退した。
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▲特攻機の攻撃の被害で右舷に傾く米空母フランクリン(USS Franklin)

※神風特別攻撃隊「菊水彗星隊」 昭和20年3月20日第1国分基地より「彗星」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]原田 幸飛長(山口県出身)/[偵察]中島茂夫飛長(佐賀県出身) 
[操縦]寺道好美飛長(山口県出身)/[偵察]根上義茂飛長(山梨県出身) 
[操縦]佐藤甲上飛曹(福島県出身)/[偵察]森下亮一郎上飛曹(和歌山県出身)
[操縦]福下良和1飛曹(兵庫県出身)/[偵察]谷本七郎1飛曹(福井県出身)
[操縦]熊澤 孝飛曹長(神奈川県出身)/[偵察]大谷吉雄上飛曹(島根県出身)
[操縦]稲生康夫飛長(千葉県出身)/[偵察]栗澤栄吉1飛曹(秋田県出身)
[操縦]宮本才次郎飛長(山口県出身)/[偵察]槇田利夫1飛曹(神奈川県出身)  
(直掩隊)ゼロ戦
寛応 隆中尉(静岡県出身)/佐藤 清1飛曹(神奈川県出身)
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▲3/20軽空母バターンへの急降下爆撃に失敗、対空砲火で撃墜された「彗星」。(空母ハンコックから撮影)
※米空母ハンコック(USS Hancock)は4/7、「第4建武隊」と見られる零戦が突入。大破し真珠湾へ後退する事になる。

神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」5機昭和20年3月20日鹿屋基地より「銀河」で出撃
(九州東方機動部隊攻撃)
[操縦]坂口昌三大尉(長野県出身)/[偵察]大川軍平飛曹長(三重県出身)/[電信]清水松四郎上飛曹(新潟県出身)

神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月20日大分基地より「銀河」で出撃
(九州東方機動部隊攻撃)
[操縦]柳本拓郎飛曹長(静岡県出身)/[偵察]竹園良光飛曹長(千葉県出身)/[電信]梅本留治飛長(北海道出身)

※神風特別攻撃隊「菊水彗星隊」5機昭和20年3月20日第1、第2国分基地より「彗星」で出撃
[操縦]熊沢 孝飛曹長/[偵察]

神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月21日鹿屋基地より「銀河」で出撃
(九州東方機動部隊攻撃)
[操縦]池永 弘飛曹長(山口県出身)/[偵察]小林 光飛曹長(新潟県出身)/[電信]岡本嘉治上飛曹(兵庫県出身)
[操縦]蔵本閑男上飛曹(岡山県出身)/[偵察]新井 章1飛曹(茨城県出身)/[電信]小澤清上飛曹(神奈川県出身)
[操縦]佐藤勇上飛曹(宮崎県出身)/[偵察]久保田吉朗飛曹長(樺太出身)/[電信]山口昭二2飛曹(熊本県出身)
[操縦]寺田勇上飛曹(東京都出身)/[偵察]氏家弘上飛曹(香川県出身)/[電信]加藤一市1飛曹 (北海道出身)

※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月21日出水基地より「銀河」で出撃
(九州東方機動部隊攻撃)
[操縦]河野清二中尉(石川県出身)/[偵察]山崎祐則1飛曹(高知県出身)/[電信]中尾勝太郎1飛曹(東京都出身)
[操縦]有村正視1飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]吉岡 勝少尉(熊本県出身)/[電信]岩崎 聡2飛曹(埼玉県出身)
[操縦]石田武雄飛長(栃木県出身)/[偵察]中原末美1飛曹(長崎県出身)[電信]岡本行雄飛長(三重県出身)
[操縦]木原武雄飛長(福岡県出身)/[偵察]朝日奈登1飛曹(愛知県出身)[電信]角田利男1飛曹(福島県出身)
[操縦]大野三郎1飛曹(栃木県出身)/[偵察]神田為雄1飛曹(富山県出身)/[電信]横井 伸1飛曹(樺太出身)

※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月21日宮崎基地より「銀河」で出撃
(九州東方機動部隊攻撃)
[操縦]中川 勇上飛曹(栃木県出身)/[偵察]馬場繁郎中尉(富山県出身)/[電信]山下義春上飛曹(石川県出身)
[操縦]後藤紀雄少尉(愛知県出身)/[偵察]鍛冶谷清一1飛曹(福岡県出身)/[電信]村田 豊1飛曹(石川県出身)
[操縦]飯竹甲子郎上飛曹(茨城県出身)/[偵察]福田喜好上飛曹(和歌山県出身)/[電信]菊池孝行上飛曹(愛媛県出身)

※神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月21日出水基地より「銀河」で出撃
(九州東方機動部隊攻撃)
[操縦]河野清二中尉(石川県出身)/[偵察]山崎祐則1飛曹(高知県出身)/[電信]中尾勝太郎1飛曹(東京都出身)
[操縦]有村正視1飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]吉岡 勝少尉(熊本県出身)/[電信]岩崎 聡2飛曹(埼玉県出身)
[操縦]石田武雄飛長(栃木県出身)/[偵察]中原末美1飛曹(長崎県出身)/[電信]岡本行雄飛長(三重県出身)
[操縦]木原武雄飛長(福岡県出身)/[偵察]朝日奈登1飛曹(愛知県出身)[電信]角田利男2飛曹(福島県出身)
[操縦]大野三郎1飛曹(栃木県出身)/[偵察]神田為雄1飛曹(富山県出身)[電信]横井 伸1飛曹(樺太出身)

神風特別攻撃隊「菊水銀河隊」昭和20年3月21日鹿屋基地より「銀河」で出撃
(九州東方機動部隊攻撃)
[操縦]池永 弘飛曹長(山口県出身)/[偵察]小林光飛曹長(新潟県出身)/[電信]岡本嘉治上飛曹(兵庫県出身)
[操縦]蔵本閑男上飛曹(岡山県出身)/[偵察]新井 章1飛曹(茨城県出身/[電信]小澤 清上飛曹(神奈川県)
[操縦]佐藤 勇上飛曹(宮崎県出身)/[偵察]久保田吉朗飛曹長(樺太出身)/[電信]山口昭二2飛曹(熊本県出身)
[操縦]寺田勇上飛曹(東京都出身)/[偵察]氏家 弘上飛曹(香川県出身)/[電信]加藤一市1飛曹(北海道出身)

▼人間爆弾「桜花」はアニメ[ザ・コクピット音速雷撃隊]でも有名です。館内は神雷部隊の資料も充実しています。
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▼昭和20年4月沖縄戦で沖縄本島陸軍北飛行場で米軍に鹵獲された「桜花」(陸軍の飛行場に桜花はあった)
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「桜花」の初出撃は昭和20年3月21日第1回神雷桜花特別攻撃隊出撃(桜花15機、一式陸攻18機、戦闘機35機)
第5航空艦隊司令長官 宇垣纏中将は、「この槍(桜花)使い難し」と承知しながらも、「坐して消耗するのを待つより」
として、721航空隊司令岡村大佐の「護衛が少なく作戦中止」との進言を退け、出撃を命令。
隊長野中五郎少佐は「これは湊川だよ(湊川の戦いのようなものだよ)」との言葉を残し出撃したと言う。
護衛機は計画70機、離陸58機、内エンジン不調で23機が引き返し35機の護衛のみであった
一式陸上攻撃機18機に桜花15機を搭載して出撃するも、アメリカ軍のレーダーで即座に探知され、米迎撃戦闘機に
攻撃され、わずか10分で全滅した。(護衛機10機も未帰還) 鹿屋基地出撃後わずか20分で150名以上が戦死。
 宇垣纏中将は作戦検証会議を召集、原因は、「一式陸攻が遅い」 「武装が貧弱」 「護衛が少なく練度が低い」
この作戦は無理と報告されながらも、その後も作戦継続、解隊までに829名の戦死者を出す無謀な作戦を継続した。
▼海軍鹿屋航空基地より出撃前の「桜花11型」を抱いた一式陸上攻撃機 「特攻兵器桜花発案者と家族」YouTube
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▼神雷部隊員が出撃前に打ち合わせをしている(右から2番目の顔の写っている方は、母機である一式陸上攻撃機
 操縦士で2度出撃し、奇跡的に生還された長浜敏行さん(宮崎県出身)
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▼海軍一式陸上攻撃機からの桜花11型落下テストの画像
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▼3/21「桜花」を抱き海軍鹿屋航空基地より出撃する一式陸上攻撃機
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「神雷部隊」は第721海軍航空隊の別称。
特攻兵器「桜花」を主戦兵器として新編成された、最初の航空特攻専門部隊。
「桜花」パイロット桜花隊、「桜花」を運搬する陸攻隊、掩護の戦闘機隊で編成。

第1回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年3月21日鹿屋より出撃(桜花15機、一式陸攻18機、戦闘機35機)
[桜花]
三橋謙太郎大尉(千葉県出身)/久保明中尉(石川県出身)/緒方襄中尉(熊本県出身)
村井彦四郎中尉(石川県出身)/山崎重二上飛曹(福井県出身)/杉本仁兵上飛曹(三重県出身)
服部吉春1飛曹(静岡県出身)/野口喜良1飛曹(茨城県出身)/島村中1飛曹(広島県出身)
重松義市1飛曹(佐賀県出身)/江上元治1飛曹(福岡県出)/清水昇2飛曹(新潟県出身)
矢萩達雄2飛曹(茨城県出身)/豊田義輝2飛曹(福岡県出身)/軽石正治2飛曹(岩手県出身)
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▲出撃前の三橋謙太郎大尉 3/21桜花隊は三橋謙太郎大尉他15名戦死。
桜花隊第一陣は桜花を抱いた一式陸上攻撃機「野中隊」が進撃中に敵艦隊にレーダーに捕捉され、正規空母ホーネット
と軽空母ベローウッドの迎撃戦闘機が野中隊を邀撃した。野中少佐が作戦中止を命じたのか、陸攻は編隊を組んだまま
急降下しつつ180°旋回し全速力で逃げたが、ベレンド小隊とホーネット隊VBF17は次々と一式陸攻を撃墜。
空戦の結果「野中隊」は18機全機撃墜され全滅。全機撃墜されるのにかかった時間はわずか20分程度であった。
護衛の零戦隊は30機中10機が未帰還という結果に終わった。
[陸攻]
野中五郎少佐(岡山県出身)/甲斐弘之大尉(宮崎県出身)/西原雅四郎大尉(愛媛県出身)
佐久間洋幸大尉(福島県出身)/糀澤義雄中尉(群馬県出身)/小関健治中尉(福島県出身)
小原正義中尉(鹿児島県出身)/新井等中尉(長野県出身)/柳正徳中尉(東京都出身)
成尾新五少尉(千葉県出身)/粕谷義蔵少尉(長野県出身)/内田正次郎少尉(三重県出身)
関野善太郎少尉(富山県出身)/松井清少尉(兵庫県出身)/上田四郎少尉(奈良県出身)
角 勉少尉(北海道出身)/佐村義男少尉(山口県出身)/土倉勉少尉(岡山県出身)
村松司飛曹長(福島県出身)/沼野利朗飛曹長(静岡県出身)/植村正次郎飛曹長(秋田県出身)
吉永正夫飛曹長(高知県出身)/駒 敏次飛曹長(京都府出身)/深澤 功飛曹長(静岡県出身)
高木信夫飛曹長(福島県出身)/長谷川俊夫飛曹長(新潟県出身)/瀬尾括三飛曹長(広島県出身)
木村信一飛曹長(秋田県出身)/木下忠雄上整曹(熊本県出身)/山川軍治上整曹(長崎県出身)
山本精上整曹(愛媛県出身)/河村勝喜上整曹(高知県出身)/宮田信吉上整曹(埼玉県出身)
梶内芳唯上整曹(岡山県出身)/常岡祥夫上整曹(福岡県出身)/石橋三郎上整曹(千葉県出身)
木原忠造上整曹(群馬県出身)/橋口敏男上整曹(鹿児島県出身)/大瀧五郎上整曹(山形県出身)
田北武文上整曹(大分県出身)/柳原武雄上整曹(長崎県出身)/阿部寅一上整曹(愛媛県出身)
仁平 守上整曹(茨城県出身)/谷 清郷上整曹(東京都出身)/作元政明上整曹(宮崎県出身)
落合正二上整曹(広島県出身)/内垣清上整曹(愛知県出身)/松岡源八上整曹(群馬県出身)
田中晃上整曹(福井県出身)/舛井清上整曹(山口県出身)/有働熊雄上整曹(熊本県出身)
山下功上整曹(佐賀県出身)/渋谷八郎上整曹(東京都出身)/黒木高三上整曹(宮崎県出身)
前山明利上整曹(広島県出身)/中村福住上整曹(香川県出身)/美並義治上整曹(奈良県出身)
竹谷駒吉上整曹(青森県出身)/座間幸之助上整曹(千葉県出身)/原 益男上整曹(長野県出身)
三上清上整曹(青森県出身)/三谷清上整曹(北海道出身)/石倉傳四郎上整曹(三重県出身)
川端清上整曹(北海道出身)/徳田 勇1飛曹(鹿児島県出身)/皆川嘉助1飛曹(埼玉県出身)
伊藤俊夫1飛曹(北海道出身)/後藤志郎1飛曹(秋田県出身)/渡邊 徹1飛曹(東京都出身)
小栗正夫1飛曹(岐阜県出身)/寺岡 昇1飛曹(愛媛県出身)/守田賀重1飛曹(徳島県出身)
吉田義男1飛曹(静岡県出身)/河井近士1飛曹(山口県出身)/竹内 靖1飛曹(高知県出身)
青木安夫1飛曹(大阪府出身)/芳木幸義1飛曹(兵庫県出身)/大日向三郎1飛曹(秋田県出身)
古賀 学1飛曹(熊本県出身)/福田安夫1整曹(埼玉県出身)/松尾登美雄2飛曹(長崎県出身)
石垣當晃2飛曹(東京都出身)/湯澤康男2飛曹(栃木県出身)/高橋幸太郎2飛曹(長崎県出身)
田中一貴2飛曹(福岡県出身)/会澤平四郎2飛曹(茨城県出身)/本間富久司2飛曹(神奈川県出身)
横田正英2飛曹(高知県出身)/山村 繁2飛曹(熊本県出身)/亀田尚吉2飛曹(栃木県出身)
有末辰三2飛曹(兵庫県出身)/島雄順次郎2飛曹(鳥取県出身)/穂積鉄一2飛曹(愛知県出身)
町田光正2飛曹(東京都出身)/谷塚梅三2飛曹(埼玉県出身)/橋本幸男2飛曹(三重県出身)
棚橋芳雄2飛曹(三重県出身)/胡桃経雄2飛曹(長野県出身)/跡邊武二郎2飛曹(宮城県出身)
鈴木 實2飛曹(東京都出身)/鈴木光雄2飛曹(静岡県出身)/元親 傳2飛曹(愛媛県出身)
鶴丸乕吉2飛曹(鹿児島県出身)/松島武雄2飛曹(静岡県出身)/会澤寿造2飛曹(茨城県出身)
八島養七2整曹(宮城県出身)/富山 勇2整曹(栃木県出身)/江部英夫2整曹(新潟県出身)
藤井 勇2整曹(香川県出身)/吉羽浦治郎2整曹(千葉県出身)/岩本 徹2整曹(宮崎県出身)
山内厚重2整曹(愛媛県出身)/山田一雄2整曹(静岡県出身)/小田重男2整曹(石川県出身)
幸西 博2整曹(愛知県出身)/茂木 晃飛長(千葉県出身)/江波戸輝行飛長(千葉県出身)
植木繁男飛長(東京都出身)/岡安 弘飛長(千葉県出身)/野澤金三飛長(新潟県出身)
高橋利三郎飛長(山形県出身)/加藤乕雄飛長(京都府出身)/早川忠雄飛長(長野県出身)
田房 力飛長(愛媛県出身)/塩田利雄飛長(香川県出身)/手塚晴好飛長(東京都出身)
坂本新一飛長(東京都出身)/内田 寛飛長(愛媛県出身)/松原保飛長(愛媛県出身)
塩崎竹千代飛長(和歌山県出身)/新美昭二飛長(愛知県出身)/藤岡和夫飛長(兵庫県出身)
田口末吉飛長(秋田県出身)/遠藤欽一飛長(東京都出身)
戦死160名(桜花15名、陸攻135名、戦闘機10名)戦果無し

※神風特別攻撃隊「小祿彗星隊」昭和20年3月24日沖縄県小祿(おろく)基地より「彗星」で出撃
(沖縄周辺機動部隊攻撃)
[操縦]前橋典美2飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]米森義治上飛曹(鹿児島県出身) 

※神風特別攻撃隊「小祿彗星隊」昭和20年3月25日沖縄県小祿(おろく)基地より「彗星」で出撃
(沖縄周辺機動部隊攻撃)
[操縦]石渕利也少尉(三重県出身)/[偵察]石川貫二中尉(長崎県出身)

※神風特別攻撃隊「菊水彗星隊」 昭和20年3月27日喜界島基地より「彗星」で出撃
(沖縄本島周辺機動部隊攻撃)
[操縦]田中 巽2飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]佐藤一義少尉(徳島県出身) 
[操縦]細江志郎2飛曹(岐阜県出身)/[偵察]高橋紫壽雄上飛曹 (愛媛県出身)
[操縦]内田 続2飛曹(熊本県出身)/[偵察]武士精三1飛曹(茨城県出身)
[操縦]正木 廣2飛曹(千葉県出身)/[偵察]船橋良三1飛曹(愛知県出身)
[操縦]横山作二2飛曹(広島県出身)/[偵察]藤丸 哲上飛曹(大分県出身)
[操縦]谷 節夫少尉(和歌山県出身)/[偵察]椿  昇1飛曹(茨城県出身)
[操縦]菱沼  一飛長(埼玉県出身)/[偵察]廣田繁次郎1飛曹(広島県出身)
[操縦]木場 愛2飛曹(三重県出身)/[偵察]青木 清1飛曹(山口県出身)
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▲米駆逐艦ドーシー(USS Dorsey)
3/27特攻機の突入を受け乗組員3名死亡、2人が負傷した
※神風特別攻撃隊「第1銀河隊」昭和20年3月27日宮崎基地より「銀河」5機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]太田 博中尉(静岡県出身)/[偵察]田中三人1飛曹(石川県出身)/[電信]井上誠次郎1飛曹(愛知県出身)
[操縦]赤沼今朝幸上飛曹(長野県出身)/[偵察]山瀧信一1飛曹(長崎県出身)/[電信]谷野良秋1飛曹(石川県出身)
[操縦]杉浦忠三上飛曹(富山県出身)/[偵察]高橋惣吾中尉(福島県出身)/[電信]南里正利1飛曹(佐賀県出身)
[操縦]大井良美少尉(長崎県出身)/[偵察]福島照夫上飛曹(東京都出身)/[電信]工藤八郎1飛曹(大分県出身)
[操縦]松田 榮1飛曹(福岡県出身)/[偵察]峯政幸夫上飛曹(岡山県出身)/[電信]筒井武彦2飛曹(福岡県出身)

※神風特別攻撃隊「菊水彗星隊」 昭和20年3月29日第1国分基地より「彗星」で出撃
(種子島南方機動部隊攻撃)
[操縦]伴  隆1飛曹(愛知県出身)/[偵察]菊池 久中尉(岩手県出身)
[操縦]山本 治少尉(京都府出身)/[偵察]川野 巌少尉(福岡県出身)

※神風特別攻撃隊「第1大義隊」昭和20年4月1日 石垣島基地より零戦で出撃
(宮古島南方機動部隊攻撃)
清水 武中尉(山口県出身)/酒井 正俊中尉(岐阜県出身)
松岡 清治2飛曹(埼玉県出身)/大田 静輝2飛曹(広島県出身)

第2回神雷桜花特別攻撃隊 昭和20年4月1日 鹿屋より出撃(桜花3機、一式陸攻3機)
[桜花]
麓岩男1飛曹(広島県出身)/山内義夫1飛曹(岐阜県出身)/峰苫五雄2飛曹(鹿児島県出身)
[陸攻]
宮原正少尉(熊本県出身)/後藤文衛上飛曹(愛媛県出身)/小松勉上飛曹(広島県出身)/松井昇上飛曹(北海道出身)
谷口三男1飛曹(宮崎県出身)/辻忠弘1飛曹(香川県出身)/松本勉1飛曹(佐賀県出身)/田川喜八郎2飛曹(福岡県出身)
高瀬正司2飛曹(大分県出身)/村岡正2飛曹(山口県出身)/實松春吉2飛曹(佐賀県出身)/村橋伴睦2飛曹(岐阜県出身)
高橋利三郎飛長(東京都出身)/宮川千代蔵飛長(香川県出身)/中川正範(鹿4)721空
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▲4/1米戦艦ウェスト・バージニア(USS West Virginia)に特攻機が命中
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▲4/1米空母機動部隊の戦闘機に撃墜され、米駆逐艦により救出される日本軍パイロット。
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▲救出された日本軍パイロットが武器を持っていないか体をさぐる副艦長。
 海に投げ出された日本軍パイロットは9人確認されたが、他の日本兵は駆逐艦が近づくと、泳いで逃げたと言う。
 米空母機動部隊の戦闘機に撃墜されている事や、海上で9名もの投げ出された日本軍パイロットが確認されている事
 から、4/1鹿屋を出撃した第2回神雷桜花特別攻撃隊(一式陸上攻撃機3機+桜花3機)の搭乗員の可能性が高い。

※神風特別攻撃隊「第2銀河隊」昭和20年4月2日 宮崎基地より「銀河」1機で出撃
[操縦]木村義雄中尉(新潟県出身)/[偵察]中島襄一上飛曹(群馬県出身)/[電信]森 正勝上飛曹(島根県出身)

神風特別攻撃隊「神雷部隊第1建武隊」昭和20年4月2日 鹿屋より出撃(零戦4機)
矢野欣之中尉(京都府出身)/米田豊中尉(熊本県出身)/岡本耕安1飛曹(三重県出身)/佐々木忠夫2飛曹(広島県出身)

※神風特別攻撃隊「第2大義隊」昭和20年4月2日 石垣島基地より零戦で出撃
(沖縄方面機動部隊攻撃)
伊藤 喜代治中尉(東京都出身)

※神風特別攻撃隊「第2大義隊」昭和20年4月3日
(台湾)新竹基地より神風特別攻撃隊「忠誠隊」の直掩隊として零戦で出撃
山崎州雄中尉(鹿児島県出身)/深澤敏夫2飛曹(秋田県出身)/北浦義夫2飛曹(香川県出身)

※神風特別攻撃隊「第3銀河隊」昭和20年4月3日 宮崎基地より「銀河」3機で出撃
[操縦]氏本成文飛曹(愛媛県出身)/[偵察]河合達視少尉(宮城県出身)/[電信]町田六郎2飛曹(大阪府出身)
[操縦]中本志計雄飛長(兵庫県出身)/[偵察]切建兼雄2飛曹(熊本県出身)/[電信]野口一正2飛曹(福岡県出身)
[操縦]田中四郎吉飛長(山口県出身)/[偵察]宮谷和男1飛曹(大阪府出身)/[電信]讃井 榮2飛曹(福岡県出身)
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▲海軍双発爆撃機「銀河」

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」601部隊昭和20年4月3日 第1国分基地より「彗星」で出撃
(沖縄北部機動部隊攻撃)
[操縦]川部 裕少尉(東京都出身)/[偵察]今村信人上飛曹(三重県出身)
[操縦]安部茂夫中尉(広島県出身)/[偵察]古橋達夫少尉(東京都出身)
[操縦]米谷克窮少尉(北海道出身)/[偵察]小田憲二2飛曹(山口県出身)
[操縦]寺岡達二大尉(広島県出身)/[偵察]五井武男上飛曹(神奈川県出身)
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▲神風特別攻撃隊「第3御楯隊」601部隊勇士

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」252部隊 昭和20年4月3日第1国分基地よりゼロ戦と「彗星」で出撃
(奄美大島南方機動部隊攻撃)
彗星 
[操縦]大塚一俊中尉(大分県出身)/[偵察]桑原清作郎上飛曹(山口県出身)
[操縦]島内省太上飛曹(佐賀県出身)/[偵察]目黒成雄2飛曹(新潟県出身)
ゼロ戦 
本田武夫中尉(宮城県出身)/本城 猛上飛曹(鳥取県出身)

神風特別攻撃隊「神雷部隊第2建武隊」昭和20年4月3日 鹿屋より出撃(零戦6機)
西伊和男中尉(三重県出身)/篠崎實1飛曹(東京都出身)/木村元一1飛曹(愛知県出身)/杉本徳義1飛曹(宮崎県出身)
井口出2飛曹(福岡県出身)/村田玉男2飛曹(京都府出身)

昭和20年4月3日沖縄近海で米護衛空母ウェーク・アイランド(CVE-65)へ特攻々撃をしかけ、撃墜された特攻機を写した
4枚の連続写真。機種は不明だが、4/3に出撃した海軍機と見られている。
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※神風特別攻撃隊「第4大義隊」昭和20年4月4日 石垣島基地より零戦で出撃
(沖縄方面機動部隊攻撃)
矢田 義治上飛曹(愛知県出身)

※神風特別攻撃隊「第5大義隊」昭和20年4月5日 石垣島基地より零戦で出撃
(石垣島南方機動部隊攻撃)
小林 友一上飛曹(山梨県出身)/辻村 健一郎1飛曹(山口県出身)

[ 菊水一号作戦 ]
昭和20年4月6日、以下の鹿屋基地や、九州の海軍基地から出撃した特攻隊、陸軍特別攻撃隊「振武隊」、海軍の台湾
航空基地などから出撃した特攻機は合計355機。これほどの大規模な特攻作戦が行われるのは初めての事であった。
この日の集中特攻々撃で、米艦船17隻が沈没し、(駆逐艦3隻・給兵艦2隻・陸揚艦1隻も含む)沖縄海上は地獄と化した
昭和20年4月6日神雷部隊「第3建武隊」 鹿屋より出撃(零戦18機)
森忠司中尉(佐賀県出身)/藤坂昇中尉(大阪府出身)/造酒康義上飛曹(香川県出身)/山田見日1飛曹(愛知県出身)
海野晃1飛曹(静岡県出身)/磯貝圭助1飛曹(愛知県出身)/蛭田八郎1飛曹(福島県出身)/宮川成人1飛曹(岩手県出身)
指田良男1飛曹(東京都出身)/唐澤高雄1飛曹(長野県出身)/甲斐孝喜1飛曹(宮崎県出身)
梅壽秀行2飛曹(徳島県出身)/桃谷正好2飛曹(広島県出身)/福岡彪治2飛曹(愛知県出身)
櫻井光治2飛曹(東京都出身)/伊藤庄春2飛曹(山形県出身)/斎藤清勝2飛曹(東京都出身)
船越治2飛曹(徳島県出身)

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」 昭和20年4月6日第1国分基地より「彗星」で出撃
(沖縄北部機動部隊攻撃)
[操縦]杉本孝雄1飛曹(富山県出身)/[偵察]百瀬甚吾中尉(長野県出身)
[操縦]川合 仁少尉(北海道出身)/[偵察]

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▲▼昭和20年4月6日慶良間列島海域で航行中の駆逐艦モリス(USS MORRIS)に特攻機が命中。
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※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」252部隊 昭和20年4月6日第1国分基地よりゼロ戦と「彗星」で出撃
(奄美大島南方機動部隊攻撃)
彗星 
[操縦]内田佳親上飛曹(福岡県出身)/[偵察]村井末吉少尉(徳島県出身)
[操縦]荒木 孝中尉(兵庫県出身)/[偵察]石坂和郎少尉(兵庫県出身)
[操縦]中島熊彦1飛曹(佐賀県出身)/[偵察]江田 泰1飛曹(千葉県出身)
[操縦]菅野健蔵1飛曹(愛媛県出身)/[偵察]藤井 彰2飛曹(大阪府出身)
ゼロ戦 
宮本十三中尉(岡山県出身)/巻山不折2飛曹(新潟県出身)/山口一夫2飛曹(広島県出身)
山本富仁男2飛曹(愛媛県出身)

※神風特別攻撃隊「菊水天山隊」 昭和20年4月6日 串良基地より「天山」で出撃
(沖縄周辺機動部隊攻撃)
[操縦]山村英三郎少尉(大阪府出身)/[偵察]植島幸次郎少尉(東京都出身)/[電信]飛田與四郎2飛曹(茨城県出身)
[操縦]田中和夫2飛曹(石川県出身)/[偵察]大倉由人2飛曹(長野県出身)/[電信]河瀬 厚2飛曹(熊本県出身)
[操縦]熊澤庸夫少尉(東京都出身)/[偵察]荻原 武1飛曹(東京都出身)/[電信]川添多喜男2飛曹(岐阜県出身)
[操縦]野口吉正1飛曹(高知県出身)/[偵察]舛見 良雄少尉(福岡県出身)/[電信]望月九州男2飛曹(大分県出身)

※神風特別攻撃隊「第1草薙隊」 昭和20年4月6日 第2国分基地より99式艦上爆撃機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]高橋 義郎中尉(宮城県出身)/[偵察]時任 正明少尉(鹿児島県出身)
[操縦]中村 盛雄少尉(岩手県出身)/[偵察]桜井 利喜一2飛曹(山形県出身)
[操縦]阿部 英治少尉(東京都出身)/[偵察]長谷川 喜市2飛曹(群馬県出身)
[操縦]網田 浩之2飛曹(熊本県出身)/[偵察]船生 敏郎1飛曹(栃木県出身)
[操縦]大田 鎮雄2飛曹(熊本県出身)/[偵察]小田 好郎2飛曹(佐賀県出身)
[操縦]作田 幹雄中尉(大阪府出身)/[偵察]松本 厚少尉(京都府出身)
[操縦]太田 潔1飛曹(福岡県出身)/[偵察]佐山 一2飛曹(愛媛県出身)
[操縦]三井 位2飛曹(長野県出身)/[偵察]水品 清1飛曹(静岡県出身)
[操縦]吉岡 隆成2飛曹(広島県出身)/[偵察]斎藤 義正2飛曹(千葉県出身)
[操縦]中西 三津夫1飛曹(滋賀県出身)/[偵察]今井 敏夫2飛曹(宮城県出身)
[操縦]鈴木 幸一2飛曹(東京都出身)/[偵察]五十川 武夫2飛曹(愛知県出身)
[操縦]小鷹時雄上飛曹(山梨県出身)/[偵察]阪本 充少尉(熊本県出身)
[操縦]後藤友春1飛曹(宮城県出身)/[偵察]柏村成太郎2飛曹(茨城県出身)
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▲出陣式後、テーブルを囲んで訣別の宴に集う「第1草薙隊」隊員。

※神風特別攻撃隊「第1八幡護皇隊」 昭和20年4月6日 第2国分基地より99式艦上爆撃機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]円並地 正壮中尉(広島県出身)/[偵察]酒井 勗少尉(富山県出身)
[操縦]杉本 貢少尉(広島県出身)/[偵察] 
[操縦]北川 義助1飛曹(高知県出身)/[偵察] 
[操縦]瀬川 長造2飛曹(青森県出身)/[偵察]
[操縦]糀本 武次郎少尉(熊本県出身)/[偵察]堀川 功2飛曹(東京都出身)
[操縦]上野 晶惟少尉(鹿児島県出身)/[偵察] 
[操縦] 鈴木 芳蔵1飛曹(千葉県出身)/[偵察]
[操縦]土屋 大作中尉(千葉県出身)/[偵察]寺内 博中尉(栃木県出身)
[操縦]幾島 達雄少尉(福岡県出身)/[偵察] 
[操縦]生井 長三郎1飛曹(栃木県出身)/[偵察]
[操縦]椋木 慶2飛曹(島根県出身)/[偵察]
[操縦]古市 敏雄少尉(香川県出身)/[偵察] 
[操縦]末藤 肇少尉(福岡県出身)/[偵察]冨坂弥右衛門少尉(大阪府出身)
[操縦]白崎 雅亮少尉(兵庫県出身)/[偵察] 
[操縦]大沢 政勝2飛曹(新潟県出身)/[偵察] 

※神風特別攻撃隊「菊水天山隊」 昭和20年4月6日 串良基地基地より97式艦上攻撃機で出撃
田中 和夫(石川/17歳)/望月九州男(大分/17歳)

※神風特別攻撃隊「第1八幡護皇隊」 昭和20年4月6日 串良基地基地より97式艦上攻撃機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]米山茂樹飛曹長(茨城県出身)/[偵察]山下 博大尉(島根県出身)/[電信]渡辺信行上飛曹(大分県出身)
[操縦]高橋恒夫中尉(東京都出身)/[偵察]山下克義中尉(福岡県出身)/[電信]松尾正義2飛曹(福岡県出身)
[操縦]金子 孝1飛曹(長崎県出身)/[偵察]国広哲司2飛曹(兵庫県出身)/[電信] 
[操縦]野中繁男中尉(愛知県出身)/[偵察]大藪 晃中尉(愛知県出身)/[電信]小西和夫2飛曹(東京都出身)
[操縦]片桐 實2飛曹(長野県出身)/[偵察] 大西久雄2飛曹(岐阜県出身)/[電信] 
[操縦]若麻績 隆少尉(長野県出身)/[偵察]長澤善亮少尉(福岡県出身)/[電信]帆北主水2飛曹(東京都出身)
[操縦]地主善一1飛曹(三重県出身)/[偵察]渡辺吉徳2飛曹(福岡県出身)/[電信]松木昭義2飛曹(愛媛県出身)
[操縦]貴島正明中尉(東京都出身)/[偵察]成田金彦大尉(青森県出身)/[電信]富田常雄2飛曹(埼玉県出身)
[操縦]水野郁男2飛曹(岐阜県出身)/[偵察]田中 斌少尉(山口県出身)/[電信]東山 稔2飛曹(香川県出身)
[操縦]高橋光淳少尉(兵庫県出身)/[偵察]根岸敬次少尉(東京都出身)/[電信]皆川二三夫1飛曹(福島県出身)
[操縦]寺田泰夫少尉(石川県出身)/[偵察]松村嘉吉1飛曹(鹿児島県出身)/[電信]大和 久睦夫2飛曹(千葉県出身)
[操縦]福田東作中尉(東京都出身)/[偵察]藤井真治大尉(宮崎県出身)/[電信]大野憲一1飛曹(熊本県出身)
[操縦]尾川義雄上飛曹(山口県出身)/[偵察]伊藤濱吉2飛曹(三重県出身)/[電信]
[操縦]黒木七郎少尉(宮崎県出身)/[偵察]浅田正春少尉(大阪府出身)/[電信]鈴木米雄2飛曹(静岡県出身)
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▲百里原基地から串良基地へ向け発進直前の「正気隊」の海軍97式艦上攻撃機

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」天山隊 昭和20年4月6日 串良基地より「天山」で出撃
(沖縄周辺機動部隊攻撃)
[操縦]吉田信太郎少尉(滋賀県出身)/[偵察]澤 泰三2飛曹 (神奈川県出身)/[電信]皆川 淳2飛曹(茨城県出身)

※神風特別攻撃隊「第1正統隊」昭和20年4月6日 第2国分基地より99式艦上爆撃機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]桑原 知大尉(広島県出身)/[偵察]千葉正史飛曹長(岩手県出身)
[操縦]和田喜一郎中尉(富山県出身)/[偵察]柳江秀男少尉(岐阜県出身)
[操縦]石川宗夫上飛曹(茨城県出身)/[偵察] 利根川吉郎2飛曹(埼玉県出身)
[操縦]牛尾久二中尉(山口県出身)/[偵察]本田實蘊少尉(熊本県出身)
[操縦]駒井重雄上飛曹(京都府出身)/[偵察]武田武雄2飛曹(長野県出身)
[操縦]横山忠重大尉(神奈川県出身)/[偵察]森山唯雄飛曹長(大分県出身)
[操縦]加藤三郎少尉(岐阜県出身)/[偵察]山内文夫2飛曹(静岡県出身)
[操縦]沓名達夫飛曹長(愛知県出身)/[偵察]中本昭二2飛曹(山口県出身)
[操縦]前橋誠一中尉(鹿児島県出身)/[偵察]高橋元一少尉(千葉県出身)
[操縦]加藤啓一上飛曹(福島県出身)/[偵察]岩松利光2飛曹(茨城県出身)
[操縦]浜園重義※生還者(戦後、映画『ホタル』のモデルとなった)/[偵察]中島一雄※生還者
※生還者の浜園重義さん、中島一雄さんは日系アメリカ人「リサ・モリモト」監督作品TOKKO 特攻 で当時を語っ
ておられます
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▲海軍99式艦上爆撃機
※沓名達夫飛曹長(愛知県出身享年23歳)は出陣式の際、宇垣纏中将に「私は敵艦に爆弾を命中させる自信があります、
 その時は帰ってきても宜しいですか」と訪ねた、それに対し宇垣纏中将は「まかりならん!」と一蹴したと言う。
 その時の様子を生還者の浜園重義さんが語っておられます。「特攻」YouTube
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▲神風特別攻撃隊「正統隊」勇士

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▲米駆逐艦ニューコム(USS Newcomb)昭和20年4月6日午後、日本軍は菊水一号作戦を発動して神風特攻隊を大量投入。
 空は少なくとも40機はいるであろう神風特攻隊と、対空砲火からの黒煙で埋め尽くされていた。
 ニューコムは高速で回避運動を行い16:25と17:00には特攻機を撃墜。いったん特攻機の飛来が止まったので、ニュ
 ーコムはモートン・デヨ少将の火力支援部隊に合同するため25ノットの速度で航海を開始した。
 しかし中休みは間もなく終わり、対空砲火から逃れていた特攻機が突入してきた。
 ニューコムは対空砲火を撃ちあげたものの、1機がニューコムの2番煙突に突入。間を置かず2機目がニューコムの砲塔に
 3機目が船体中央部にそれぞれ命中してニューコムの船体中央は火を噴く廃墟と化した。
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 難破船荒らしに襲われたかのように・・・。不随となったニューコムに対して4機目の神風が船体中央部に突入。
 火勢を強める役割を果たした。僚艦ロイツェ(USS Leutze, DD-481)が消火のためニューコムに横付けしたが、
 この時、新たな特攻機がニューコムに突入しようとしていた。ニューコムは辛うじて一番砲塔が人力での操作が
 可能であり、偶然5機目の特攻機がいた方角を向いていたためそのまま発砲。
 しかし、5機目もニューコムの中央部に命中し、弾みでロイツェの艦尾にも命中して損害を与えた。
 完全に動力を失ったニューコムは戦死18名、行方不明25名、負傷64名を出し、ビール(USS Beale, DD-471)
 の護衛と艦隊曳船テケスタ(USS Tekesta, ATF-93)の曳航により慶良間諸島の泊地に向かった。
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▲米駆逐艦ロイツェ (USS Leutze)4/6この時、特攻機1機命中。1名戦死、30名負傷。
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▲▼慶良間諸島の泊地で修理を受ける駆逐艦ニューコム(USS Newcomb)昭和20年4月15日撮影。
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※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」252部隊昭和20年4月6日 第1国分基地より「彗星」2機で出撃
[操縦]杉本孝雄1飛曹(富山県出身/[偵察]百瀬甚吾中尉(長野県出身)
[操縦]川合 仁少尉(北海道出身)/[偵察]
 
※昭和20年4月6日神風特別攻撃隊「第3御楯隊」601部隊 第1、第2国分基地より「彗星」で出撃
杉本孝雄1飛曹/百瀬甚吾中/川合 仁少尉

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▲4/6米駆逐艦モリス(USS Morris)に神風特攻機が突入、爆発によって大火災が発生、大破した。

昭和20年4月6日神風特別攻撃隊として鹿屋より出撃(零戦45機 第1神剣隊/第1七生隊/第1筑波隊)
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▲神風特別攻撃隊「第1神剣隊」別れの杯 遠藤益司少尉他
神風特別攻撃隊「第1神剣隊」16機
松林平吉中尉中尉(山口県出身)/大森晴二少尉(東京都出身)/遠藤益司少尉(福島県出身)
岩崎慧少尉(和歌山県出身)/加藤安男候補生(長野県出身)/西田博治候補生(北海道出身)
種村名候補生(山形県出身)/武井信夫候補生(山梨県出身)/田端真二上飛曹(神奈川県出身)
谷尾計雄上飛曹(愛媛県出身)/鈴木克実2飛曹(愛知県出身)/花水昭二郎2飛曹(長野県出身)
平出幸治2飛曹(栃木県出身)/平田善次郎2飛曹(大分県出身)/吉竹辰夫2飛曹(福岡県出身)
河村俊光2飛曹(佐賀県出身)
▼神風特別攻撃隊「神剣隊」出陣記念として撮影されたもの
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▼「七生隊」原隊である朝鮮「元山航空隊」の別れの宴。(現在の北朝鮮「元山飛行場」にて)
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※昭和20年8月11日元山(朝鮮)青木泰二郎司令(左中央)は、敗戦確実と知るや元山海軍基地から家族ぐるみで日本に逃亡。
 青木泰二郎海軍大佐は昭和17年(1942)4月25日に空母「赤城」艦長に就任。しかし就任2ヶ月に満たない同年6月5日
 ミッドウェー海戦において「赤城」は被弾・炎上。青木は沈没まで指揮をとり、乗組員の退艦を図った。
 帰国後7月14日付けで予備役に編入されたが、召集を受け海南警備府附となる。その後は海口海軍航空隊、佐世保海軍
 航空隊、元山海軍航空隊の各司令を勤めた。元山空で終戦を迎える直前、青木は内地に飛行機で戻り、残された隊員達
 はソ連軍の捕虜となりシベリアに抑留された。このことから青木の行動を「敵前逃亡」と非難する元部下も多くいる。
 昭和37年(1962)死去。
 山本五十六の映画等でミッドウェー海戦は必ずと言って良い程出てくる。その登場人物ではミッドウェー海戦敗退の責
 任を背負って空母「飛龍」と運命を共にした山口多聞司令官やサイパン島で自決した南雲忠一長官が有名だが、ミッド
 ウェー海戦で沈没した空母「赤城」艦長の話はあまり聞かない・・・。
 空母「加賀」艦長岡田次作大佐は艦と共に戦死、空母「蒼龍」艦長柳本柳作大佐も艦と共に戦死。
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※元山飛行場とは現在の北朝鮮にあった日本海軍の航空基地
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▲▼元山飛行場から鹿屋に向け出発する直前の「七生隊」零式練戦5機、ゼロ戦21型 2機。
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神風特別攻撃隊「第1七生隊」12機
宮武信夫大尉/橋本哲一郎少尉/松藤大治少尉/河野正男少尉/田中久士少尉/吉村信夫少尉
山田興治少尉/鷲見敏郎少尉/小林哲夫少尉/植木平七郎少尉/本庄巌少尉/久保田博少尉
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▲昭和20年4月5日(朝鮮)青木泰二郎元山空司令に敬礼し、出発の報告をする「七生隊」隊員。
神風特別攻撃隊「第1筑波隊」16機
福寺薫中尉(岡山県出身)/石田寛中尉(岡山県出身)/末吉實中尉(広島県出身)/金子保中尉(福島県出身)
石橋申雄中尉(佐賀県出身)/伊達實少尉(岡山県出身)/福島正次少尉(東京都出身)/大田博英少尉(鳥取県出身)
斎藤勇少尉(北海道出身)/金井正夫少尉(群馬県出身)/椎木鐡幸少尉(岡山県出身)/山口人久少尉(三重県出身)
松本知恵三1飛曹(広島県出身)/村山周三2飛曹(長野県出身)/安田善二2飛曹(宮崎県出身)/河村祐夫2飛曹(山口県出身)

※昭和20年4月7日14時23分、北緯30度22分東経128度4分 戦艦大和沈没 その時歴史は動いた 戦艦大和の沈没YouTube
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※神風特別攻撃隊「第4銀河隊」昭和20年4月7日 宮崎基地より「銀河」4機で出撃
[操縦]松浪武正上飛曹(大分県出身)/[偵察]岡林春實上飛曹(高知県出身)/[電信]
[操縦]横畑一吉飛長(広島県出身)/[偵察]保刈良男1飛曹(新潟県出身)/[電信]片村利男上飛曹(福岡県出身)
[操縦]三木 光少尉(香川県出身)/[偵察]遠藤良一上飛曹(大阪府出身)/[電信]岡崎宇市2飛曹(岐阜県出身)
[操縦]波田敏之2飛曹(三重県出身)/[偵察]成瀬光吉2飛曹(愛知県出身)/[電信]大塚忠保2飛曹(徳島県出身)

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▲4/7海軍爆撃機と見られる特攻機が戦艦アイダホの対空砲撃で右翼端を被弾しながらも戦艦アイダホ(BB-42)に
 特攻々撃を行おうとする瞬間を捉えた写真。

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」昭和20年4月7日 第1国分基地より「彗星」で出撃
[操縦]中川紀雄飛曹長(広島県出身)/[偵察]國安 登大尉(東京都出身)
[操縦]倉智宣明上飛曹(福岡県出身)/[偵察]村瀬良吉2飛曹(福岡県出身)
[操縦]松倉弘文少尉(富山県出身)/[偵察]大島 勇2飛曹(静岡県出身)
[操縦]清水雅春2飛曹(長野県出身)/[偵察]池田榮吉1飛曹(新潟県出身)
[操縦]庄屋次郎少尉(石川県出身)/[偵察]富樫惣吉上飛曹(秋田県出身)
[操縦]上田博重1飛曹(愛知県出身)/[偵察]上川安則2飛曹(香川県出身)
[操縦]谷川隆夫少尉(島根県出身)/[偵察]佐久間 務少尉(群馬県出身)
[操縦]工藤双二少尉(山形県出身)/[偵察] 
[操縦]安藤 勝1飛曹(福岡県出身)/[偵察]小林久光2飛曹(茨城県出身)
[操縦]山内末廣上飛曹(熊本県出身)/[偵察]
[操縦]星川清久1飛曹(山形県出身)/[偵察]
USS Maryland
▲4/7夜、米戦艦メリーランド(USS Maryland)へ「第3御楯隊」か252部隊が突入の瞬間。

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」252部隊 昭和20年4月7日第1国分基地よりゼロ戦で出撃
(奄美大島南方機動部隊攻撃) 
富岡崇吉中尉(茨城県出身)/志田登志雄少尉(東京都出身)/山中 彩少尉(長崎県出身)
小田正太2飛曹(岡山県出身)/西尾 實2飛曹(千葉県出身)

神風特別攻撃隊「神雷部隊第4建武隊」昭和20年4月7日 鹿屋より出撃(零戦9機)
(喜界島南方機動部隊攻撃)
日吉恒夫中尉(静岡県出身)/西尾光夫中尉(東京都出身)/木口久1飛曹(兵庫県出身)
浅田晃一1飛曹(愛知県出身)/林清1飛曹(茨城県出身)/大森省三2飛曹(愛媛県出身)
長谷川久榮2飛曹(山形県出身)/井辰勉2飛曹(大阪府出身)/山田恵太郎1飛曹(東京都出身)
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▲▼4/7米空母ハンコック(USS Hancock)に「第4建武隊」と見られる零戦が突入、大破させた。
 乗組員62名死亡71名が負傷し、空母ハンコックは、修理の為、真珠湾へ後退した。
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昭和20年4月11日神雷部隊第5建武隊鹿屋より出撃(零戦13機)
4/11 14:43鹿屋基地を出撃した神風特別攻撃隊第五建武隊の爆装零戦が低空飛行により米戦艦ミズーリの右舷甲板
に体当たりを敢行した。▼がまさにその瞬間を撮らえた写真である。
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特攻機の右翼がミズーリの第3副砲塔上部に当たり、燃料に引火し炎上。しかし搭載爆弾は不発・・・。ミズーリは表面
に損傷を受けた程度で速やかに消火作業が行われ鎮火している。その後、搭乗員の遺体(ほぼ上半身のみ)が40mm機銃
座から回収された。
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ミズーリ艦長ウイリアム・キャラハン海軍大佐は、多くの乗組員の不満の声があがるなか、「この日本のパイロットは我
々と同じ軍人である。生きている時は敵であっても今は違う。激しい対空砲火を掻い潜ってここまで接近してきたパイロ
ットの勇気と技量は、同じ武人として称賛に値する。よってこのパイロットに敬意を表し、水葬に付したい」とし、翌朝
9時艦上にて米海軍のしきたりに則り、星条旗に包まれた遺体は木製の担架に乗せられ、5発礼砲と共に海に葬られた。
(日本海軍特攻隊員水葬が行われた4/12の午後、「ミズーリ」は再び特攻機による猛攻を受けた)
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カミカゼ2000分の1の航跡(戦艦ミズーリに突入した隊員を探し求めて)1
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カミカゼ2000分の1の航跡(戦艦ミズーリに突入した隊員を探し求めて)2
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カミカゼ2000分の1の航跡(戦艦ミズーリに突入した隊員を探し求めて)3
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カミカゼ2000分の1の航跡(戦艦ミズーリに突入した隊員を探し求めて)4

ミズーリに突入した隊員は石井兼吉2飛曹か石野節男2飛曹のどちらかと見られている。
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     石井兼吉2飛曹            石野節男2飛曹
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  矢口重寿中尉 /  市毛夫司1飛曹 /  西本政弘1飛曹 / 久保田久2飛曹 /  横尾佐資郎中尉
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 斎藤義男2飛曹 /  宮崎久男1飛曹 / 曽我部隆2飛曹 / 嶋立毅中尉/竹野弁治1飛曹/八幡高明上飛曹

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▲戦艦「ミズーリ」艦長ウィリアム・キャラハンは1897年8月8日サンフランシスコ生まれ。7歳年上の兄の後を追って、
1915年アナポリス(海軍兵学校)に入校、1944年1月に就役した戦艦「ミズーリ」初代艦長に任命された。
朝鮮戦争では、太平洋艦隊司令長官となり、1957年に海軍中将で退役するまで、極東地域最高司令官を務めた。
沖縄戦の3年前、巡洋艦「サンフランシスコ」艦長であった実兄ダニエル・キャラハン少将を第三次ソロモン海戦で失う
にもかかわらずキャラハン艦長の私情を越えた信条、人間の大きさに感服してしまう。
1991年7月8日93歳でその生涯を閉じた。
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▲戦艦「ミズーリ」 後にこの船の甲板上で日本の降伏文書調印式が行われた。
※2016年10月11日、米戦艦ミズーリに体当たりした零戦の主翼の一部が米側から海上自衛隊鹿屋航空基地史料館に
寄贈された。常設展示する史料館は「平和や友好を後世に語り継ぐシンボルとして活用したい」としている。
寄贈されたのは右翼の破片で、縦横約15センチのジュラルミン製。
米ホノルルの戦艦ミズーリ記念館で保管されていたが、2014年に史料館を訪れた事のある元米空軍大佐のエドウィン・
ホーキンスさん(67)が、「鹿屋で展示するのがふさわしい」として、寄贈するよう記念館に持ちかけた。
記念館の学芸員、マイク・ワイデンバックさん(66)などによると、零戦の操縦士は岡山県出身の石野節雄2等飛行兵曹(
当時19歳)とみられるという。(沖縄翼友会より抜粋)

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▲出撃直前に撮影された矢口重寿中尉
4/11出撃の隊員の中に矢口重寿中尉がいる、矢口重寿中尉の爆装零戦は12:15鹿屋を出撃。
喜界島南方の米機動部隊に向かい、米空母フランクリンを護衛していた米駆逐艦キッドに突入したとされている。
キッドに何機の特攻機が突入したかは不明だが、16:10爆装零戦が左舷に命中。死者38名、負傷者50名以上を出し、
損傷したキッドはウルシー泊地に撤退した。しかし1機の爆装零戦は駆逐艦キッドの対空砲火で撃墜され、パイロット
は落下傘で機内から脱出したが、キッドの乗組員が、そのパイロットを捕虜にしようと引き揚げた時には既に死亡して
いた。血気にはやる数人のキッド乗組員達は日本人パイロットの遺体をナイフできりつけ、耳を殺ぎ落としたり、首を
はねたりなど、非道な行為にはしった。中には、下顎を頭蓋骨からはずし、それで装飾品を作った者もいた。
キッドの乗組員ビル・バーンハウスは艦長と共この非道な行為を止めさせた。
後日、このパイロット(矢口重寿中尉)の遺体は艦長の指揮のもと、アメリカ海軍の伝統にのっとり水葬にふされた。
しかし非道な行為を受けた矢口重寿中尉であろう遺体の頭部がキッドの艦内に残っていた様だ・・・。
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▲駆逐艦キッド(USS Kidd)
(以下 駆逐艦キッドの戦友会から以下引用)
「あのパイロットのことは、私が一番よく知っているよ」 「どういう意味ですか?」
「私の名前を出さないのなら話してあげてもいいのだが・・・」私は約束した。 この老人は私の顔を見ながら言った。
「パイロットの頭から頭蓋骨を取り出したのは私です」一瞬耳を疑った。
この男は、当時駆逐艦キッドの機械工のチーフであり、第一エンジンルームの責任下士官であった。
彼が、パイロットの頭部を発見したのは、キッドがサンフランシスコ近くのハンターズポイント海軍修理工場に帰港し
た1ヶ月後だった。特攻攻撃を受けてから2ヶ月以上後の事であった。頭部はかなり腐乱していたが、アルコールで洗い
落とし、頭蓋骨だけ取り出し、船のマストに飾ったと言う。 戦争が終わり、彼はこの頭蓋骨をペンシルバニアの実家に
持ち帰った。 しかし、良心に苛まれて、当時ある大学に通っていた友人にその頭蓋骨を渡し、大学に寄付してくれる様
に依頼したそうである。 その後、その頭蓋骨がどうなったかは、彼は知らないと言う。この噂は以前からあった。
しかし、その当事者が名乗りでてくるとは正直思ってもいなかった。
略)日本兵の頭から頭蓋骨を取り出して故郷の恋人に土産として送った海兵隊隊員もいたぐらいである。
キッドでこの様なことが起きても不思議ではなかった。 実際、キッドが特攻攻撃を受けた以前に、ある時死亡した日本
兵を海から引き上げた事があった。ある米水兵がその日本パイロットの頭蓋骨から、下顎を取り出して飾りを作ったと
いう話があった。この話は、戦友会で数人に確認がとれている。この件についてキッド博物館に尋ねたら、以前その大
学に実際に問い合わせた事があると言う。大学側は否定も肯定もしなかった。単に記録がないと答えたそうである。
私は大学の名前を教えてくれるよう頼んだ。 しかし博物館はそれを拒んだ。この一件はまだ未解決であり、将来的に答
えが出るかどうかも解っていない。後に、駆逐艦キッドへ体当たりした矢口重寿中尉の追悼式をキッド戦友会の催しの
一部として出来ないかという話が、アメリカ人弁護士から持ち上がった時に、キッド戦友会だけでなく、キッド博物館
理事会 からも拒絶された事について、著者は私見ではあるが、アメリカ人は普通自分たちが完全勝利した相手には寛大
である。 しかしキッドへの体当たり攻撃に関して言えば、最終的には戦争に勝利したが、この戦闘には負けたのである
だからいつまでも恨みを持ち続けるのではないだろうか。 私の30年以上のアメリカでの生活で得た印象では、アメリカ
人は勝てばGracious Winner(偉大な勝者)にはなれるが、負けた場合はSore Loser(不快な敗者)になりがちである。
今回もその例のひとつではないだろうか。 としている・・・。
(1964年6月19日駆逐艦キッドは退役しルイジアナ州バトンルージュにおいて博物館として保存されている)
[ 参考文献 ] 平義克己『我敵艦ニ突入ス 駆逐艦キッドとある特攻、57年目の真実』扶桑社、2002

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▲昭和20年4月11日米艦船対空砲火で撃墜され水面に衝突して爆発する特攻機(戦艦ニュージャージーから撮影)

※神風特別攻撃隊「第5銀河隊」昭和20年4月11日 宮崎基地より「銀河」で出撃
(喜界島南方機動部隊攻撃)
[操縦]山本裕之大尉(福岡県出身)/[偵察]小薬 武飛曹長(栃木県出身)/[電信]佐藤武司(岐阜県出身)
[操縦]酒井啓雄1飛曹(神奈川県出身)/[偵察]佐野國雄1飛曹(静岡県出身)/[電信]坂田 伸1飛曹(宮崎県出身)
[操縦]永井茂1飛曹(愛媛県出身)/[偵察]工藤丑雄1飛曹(秋田県出身)/[電信]長岡友正上飛曹(北海道出身)
[操縦]上野善治少尉(栃木県出身)/[偵察]神尾穣上飛曹(福井県出身)/[電信]加茂敏雄1飛曹(茨城県出身)

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▲▼昭和20年4月11日(沖縄近海)第58機動部隊の対空攻撃。特攻機は空母エセックスの直ぐ向こう側で爆発した。
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▲昭和20年4月11日(沖縄近海)沖縄本島近海で空母エンタープライズの砲撃で特攻機が海面に墜落し爆発した。

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」252部隊 昭和20年4月11日第1国分基地よりゼロ戦4機(601部隊)と「彗星」で出撃
(奄美大島南東機動部隊攻撃)
彗星 
[操縦]本田 實大尉(神奈川県出身)/[偵察]塩見季彦少尉(大阪府出身)
[操縦]黒谷 昇2飛曹(大阪府出身)/[偵察]竹下 博上飛曹(広島県出身)
[操縦]平野正志2飛曹(群馬県出身)/[偵察]宮川 嵒2飛曹(大分県出身)
ゼロ戦 
安田卓郎2飛曹(喜界島南方で米F6F群と交戦、戦死)/平賀左門2飛曹(喜界島南方で米F6F群と交戦、戦死)
桂正中尉(喜界島南方で米F6F群と交戦、被弾し、徳之島陸軍飛行場に不時着するが機体が転覆し重傷を負う)
1機は徳之島陸軍飛行場に不時着。
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▲昭和20年4月11日(沖縄近海)対空砲で撃墜され、軽巡洋艦ウィルクス・バールから数ヤード内に墜落する特攻機。

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」601部隊昭和20年4月11日 第1国分基地よりゼロ戦で出撃
竹下 博上飛曹/宮川 嵒2飛曹/木村 浩1飛曹(喜界島不時着)/桂 正中尉(徳之島陸軍飛行場不時着時転覆大破)
※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」昭和20年4月11日 第1国分基地よりゼロ戦で出撃
安田卓郎2飛曹(広島県出身)/平賀左門2飛曹(三重県出身)

第3回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年4月12日 午前4時30分鹿屋より出撃(桜花8機、一式陸攻8機)
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▲4/12第3回神雷桜花特別攻撃隊出撃前の(攻撃708飛行隊)桜花を抱いた一式陸上攻撃機。「721-K05」
[桜花]
今井遉三中尉(新潟県出身享年24歳)/岩下英三中尉(群馬県出身)/土肥三郎中尉(兵庫県出身享年22歳)
山田力也1飛曹(香川県出身)/鈴木武司1飛曹(広島県出身)/光斎政太郎2飛曹(大阪府出身)
飯塚正巳2飛曹(群馬県出身)/朝霧二郎2飛曹(岡山県出身)
[陸攻]
野上祝男中尉(茨城県出身)/佐藤正人少尉(東京都出身)/森島偀一郎少尉(静岡県出身)
菊池辰男飛曹長(福島県出身)/真鍋 義孝上飛曹(愛媛県出身)/古賀三郎上飛曹(福岡県出身)
新井國夫上飛曹(広島県出身)/熊倉稠上飛曹(新潟県出身)/今崎利彦1飛曹(大阪府出身)
竹中武春1飛曹(兵庫県出身)/北島数巳1飛曹(佐賀県出身)/小島典吾1飛曹(福岡県出身)
平野利秋1飛曹(愛知県出身)/北村数巳1飛曹(熊本県出身)/中村英雄1飛曹(長崎県出身)
内海清1飛曹(香川県出身)/田中道徳1飛曹(鹿児島出身)/中重正2飛曹(三重県出身)/鬼木俊勝2飛曹(福岡県出身)
住吉敬二2飛曹(東京都出身)/岸田幸夫2飛曹(徳島県出身)/武田竹司2飛曹(長野県出身)/稲垣只次2飛曹(愛知県出身)
竹中三男2飛曹(岐阜県出身)/惣谷喜一2飛曹(北海道出身)/木下善一郎2飛曹(長野県出身)
※菅野善次郎2飛曹(当時18歳)土肥三郎中尉の桜花と母機を切り離す「投下索」を引き終戦まで生き抜いて戦後、
 当時の様子を証言されてます。[証言記録 兵士たちの戦争]
古竹丈夫2整曹(佐賀県出身)/中込七百太郎2整曹(山梨県出身)/岡島正平2整曹(石川県出身)/重村平治2整曹(長崎県出身)
仲野 源太郎飛長(埼玉県出身)/室橋源一飛長(新潟県出身)/橋井昭一飛長(鳥取県出身)/吉田勇助飛長(茨城県出身)
水野宏飛長(愛知県出身)/
この日、一式陸上攻撃機+桜花の護衛任務だった元ゼロ戦搭乗員「野口 剛」さんYouTubu最後のインタビュー3
土肥中尉の 操縦する桜花は、三浦少尉が操縦する母機・一式陸上攻撃機(一式陸攻)から切り離され、火薬ロケットを
噴進、敵迎撃戦闘機がどうすることもできない速度と なって滑空し、14:46米駆逐艦マナート・L・エベールに突入。
マナート・L・エベールは命中刹那に艦隊中央部が粉々に消し飛んで真っ二つに折れ、3分で沈没、79名戦死した。
土肥三郎中尉が桜花で体当たりする数分前、マナート・L・エベールには3機の特攻機(零戦)が体当たりを敢行、2機が
撃墜されるも、1機が体当たりに成功。その約1分後、航行不能となった所に桜花がとどめを刺した形になった。
マナート・L・エベールは沖縄戦において桜花によって撃沈された唯一の艦である。KAMIKAZE 桜花
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▲駆逐艦マナート・L・エベール(USS Mannert L. Abele)
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▲駆逐艦駆逐艦スタンリー(USS Stanly)
桜花1機が艦首部分に命中したが、弾頭が船体を貫通し不発、負傷者3名で済んだが船体の損傷が大きく、沖縄で応急
修理の後、アメリカ本土に回航、1946年に除籍。

※神風特別攻撃隊「第2草薙隊」 昭和20年4月12日 第2国基地より99式艦上攻撃機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]高橋 渡少尉(東京都出身)/[偵察]田村諌雄2飛曹(福岡県出身)
[操縦]高瀬義則2飛曹(福岡県出身)/[偵察]宮崎光夫2飛曹(山口県出身)

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▲4/12慶良間沖で船首に特攻機の命中を受けた米駆逐艦リンゼイ(USS LINDSEY)DM-32
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▲この状態でも駆逐艦リンゼイUSS LINDSEY(DM32)は沈まなかった・・・。

※神風特別攻撃隊「八幡護皇隊」 昭和20年4月12日串良基地より97式艦上攻撃機で出撃
堤 昭(福岡県出身/18歳)

※神風特別攻撃隊「常磐忠華隊」 昭和20年4月12日串良基地より97式艦上攻撃機6機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]西森秀夫大尉(福井県出身)/[偵察]田辺武雄飛曹長(鹿児島県出身)/[電信]春原宗治上飛曹(長野県出身)
[操縦]右高武男中尉(愛知県出身)/[偵察]滝本義正少尉(山口県出身)/[電信]石原 勝上飛曹(北海道出身)
[操縦]高尾重夫上飛曹(山口県出身)/[偵察]酒巻一夫少尉(埼玉県出身)/[電信]須藤岸雄2飛曹(埼玉県出身)
[操縦]中西達二中尉(山口県出身)/[偵察]田沢義治少尉(東京都出身)/[電信]阿部 正2飛曹(東京都出身)
[操縦]横山安詔上飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]横山 保少尉(宮城県出身)/[電信]田中宏平2飛曹(東京都出身)
[操縦]増子定正上飛曹(福島県出身)/[偵察]川野博章少尉(兵庫県出身)/[電信]奈良 営太郎2飛曹(秋田県出身)
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▲「常磐忠華隊」勇士
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▲97式艦上攻撃機 (写真は、真珠湾攻撃を終え帰還する97式艦上攻撃機をハワイ米軍が撮影)
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▲米戦艦アイダホ(USS Idaho)[写真は、4/1沖縄に向け艦砲射撃中の戦艦アイダホ]
沖縄本島への上陸は4月1日に始まり、日本軍は特攻による絶望的な反撃を試みた。アイダホは多数の敵機を撃墜した。
4/12集中的な特攻々撃が行われ、アイダホは5機の特攻機を撃墜したものの、自ら損傷を被った。応急修理の後4/20
に戦場を離れ5日後にグアムに到着した。
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▲昭和20年4月12日米戦艦テネシー(USS Tennessee, BB-43)に特攻機1機命中、大破させた。
神風特別攻撃隊として昭和20年4月12日 出撃(零戦17機 第2七生隊)
神風特別攻撃隊「第2七生隊」19機出撃2機帰還
田中中尉/成田和孝中尉/原田愛文少尉 /千原達郎少尉/久保忠弘少尉/林市造少尉/肥後朝太郎少尉
野村克己少尉/岡部平一少尉/鈴木弘少尉/宮崎信夫少尉/田中公三少尉/木村司郎少尉/竹口正少尉
手塚和夫少尉/吉尾啓少尉/工藤紀正少尉

※神風特別攻撃隊「第9大義隊」 昭和20年4月13日石垣島基地より零戦で出撃
(与那国島南方機動部隊攻撃)
満田  茂中尉(兵庫県出身)/山崎  隆2飛曹(京都府出身)

※神風特別攻撃隊「第10大義隊」 昭和20年4月14日石垣島基地より零戦で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
粕谷 仁司中尉(兵庫県出身)/三浦 義信2飛曹(北海道出身)
※爆装零戦隊第一小隊長のK中尉が飛行途中で逃げた記述有り。

昭和20年4月14日第4回神雷桜花特別攻撃隊出撃(桜花7機、一式陸攻7機)戦果無し
[桜花]
真柄嘉一上飛曹(福島県出身)/田村萬策上飛曹(愛知県出身)/川上菊臣上飛曹(大阪府出身)
富内敬二1飛曹(長野県出身)/町田満穂1飛曹(高知県出身)/山崎敏郎2飛曹(高知県出身)/佐藤忠2飛曹(新潟県出身)
[陸攻]
澤柳彦士大尉(長野県出身)/斎藤三郎中尉(福島県出身)/梶原勝之少尉(福島県出身)/竹内秀雄少尉(長野県出身)
岩崎良春少尉(大阪府出身)/日比野但上飛曹(岐阜県出身)/難波博通上飛曹(兵庫県出身)/平川勇上飛曹(長崎県出身)
新澤秀春上飛曹(新潟県出身)/細越哲夫上飛曹(岩手県出身)/安間淳介上飛曹(静岡県出身)/古谷誠一上飛曹(愛媛県出身)
田中館利夫上飛曹(岩手県出身)/金子秀一上飛曹(大阪府出身)/西光上飛曹(福岡県出身)/高橋貞浪上整曹(長野県出身)
重枝卓爾上整曹(山口県出身)/塚本巌1飛曹(愛知県出身)/辻栄二1飛曹(長崎県出身)/石井隆次1飛曹(栃木県出身)
管道一1飛曹(愛媛県出身)/栗岡嗣2飛曹(高知県出身)/月尾清一2飛曹(熊本県出身)/高山邦治2飛曹(栃木県出身)
小黒壽夫2飛曹(東京都出身)/林芳市2飛曹(長野県出身)/片岡貞夫2飛曹(長崎県出身)/山本政一2飛曹(石川県出身)
大坪春義2飛曹(福岡県出身)/石本義春2飛曹(兵庫県出身)/川瀬一男2飛曹(愛知県出身)/松下秋雄2飛曹(鹿児島県出身)
田中音一2飛曹(山口県出身)/長谷川 正夫2飛曹(新潟県出身)/北本正信2飛曹(和歌山県出身)/菊地公雄2整曹(宮崎県出身)
君島勝三2整曹(栃木県出身)/加藤豊彦2整曹(東京都出身)/坂井一雪2整曹(熊本県出身)/佐々木 清飛長(宮城県出身)
高橋 實男飛長(広島県出身)/松浦弘飛長(静岡県出身)/酒井利男飛長(長野県出身)/里田義則飛長(熊本県出身)
佐藤保勝飛長(福島県出身)/三和茂飛長(青森県出身)/福田秀夫飛長(長崎県出身)/大小田道次整長(鹿児島県出身)

神雷部隊「第6建武隊」昭和20年4月14日 鹿屋より出撃(零戦6機)戦果無し
中根久喜中尉(東京都出身)/鈴木才司上飛曹(静岡県)/前田善光上飛曹(佐賀県出身)
布施政治1飛曹(東京都出身)/蓼川茂1飛曹(愛媛県)/竹下弘2飛曹(東京都出身)

神風特別攻撃隊として昭和20年4月14日 鹿屋より出撃(零戦22機 第2神剣隊/第2筑波隊/第1昭和隊)
神風特別攻撃隊「第2神剣隊」
合原直中尉(広島県出身)/津田徳哉少尉(鹿児島県出身)/赤司明三郎少尉(佐賀県出身)
西本松一郎少尉(愛媛県出身)/植村光男候補生(神奈川県出身)/山本城候補生(大阪府出身)
高橋正一候補生(新潟県出身)/佐々木栄吉候補生(岩手県出身)/中林三郎2飛曹(埼玉県出身)
神風特別攻撃隊「第2筑波隊」
熊倉高敬中尉(栃木県出身)/一ノ関貞雄少尉(青森県出身)/新井利夫2飛曹(兵庫県出身)
神風特別攻撃隊「第1昭和隊」
鈴木典信中尉/大本 正中尉 /中村晴雄少尉/清水則定少尉/佐々木八郎少尉/小野寺朝男少尉
松村米藏少尉/平林勇作少尉/柏倉繁次郎少尉/炭廣秀夫2飛曹
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▲谷田部航空隊における神風特別攻撃隊「昭和隊」第14期予備学生、乙飛第18期予科練習生卒業記念写真。
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▲鹿屋基地近くの野里小学校校庭で、第10航空艦隊司令長官前田稔中将臨席の元で行われた神風特別攻撃隊
 「第1昭和隊」命名式。
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▲谷田部基地で昭和隊編成後、鹿屋に向けて出発する小野寺朝男少尉、4/14徳之島東方の敵機動部隊に突入戦死。

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」601部隊 昭和20年4月15日 第1国分基地よりゼロ戦で出撃
岸  忍中尉(群馬県出身)/梅林義輝上飛曹(沖縄上空で空戦後、徳之島陸軍飛行場に不時着)
田中克次郎飛長(東京都出身)/浪松政吾飛長(沖縄上空で空戦後、徳之島陸軍飛行場に不時着)
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▲4/15沖縄本島で戦闘中の米軍が墜落していく特攻機を眺めている。
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▲そして島内に墜落した様だ・・・。

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」601部隊 昭和20年4月16日 第1国分基地よりゼロ戦で出撃
青木牧夫中尉(高知県出身)/中村日出男2飛曹(福岡県出身)/唐渡賀雄2飛曹/木内美秀2飛曹

※神風特別攻撃隊「菊水第2彗星隊」 昭和20年4月16日 第1国分基地より「彗星」で出撃
(喜界島南東機動部隊攻撃)
[操縦]石川定男上飛曹(山口県出身)/[偵察]外山正司中尉(鳥取県出身)
[操縦]棚田茂見飛長(長野県出身)/[偵察]
[操縦]大田榮次郎少尉 (東京都出身)/[偵察]岩見 健少尉(福岡県出身)

※神風特別攻撃隊「八幡護皇隊」 昭和20年4月16日串良基地より97艦上攻撃機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
小河 義光(福岡県出身/17歳)
※神風特別攻撃隊「菊水天山隊」 昭和20年4月16日串良基地より「天山」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]福山龍治上飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]小林啓吉少尉 (山梨県出身)/[電信]只野岩太郎上飛曹(香川県出身)

※神風特別攻撃隊「天桜隊」 昭和20年4月16日串良基地より「天山」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)    
[操縦]村岡茂樹中尉(京都府出身)/[偵察]村上哲男2飛曹(愛媛県出身)/[電信]小室一二2飛曹(石川県出身)
[操縦]正木美男1飛曹(東京都出身)/[偵察]藤井英司飛長(京都府出身)/[電信]川口成治飛長(三重県出身)
[操縦]田熊克省少尉(山口県出身)/[偵察]屋敷源美1飛曹(大分県出身)/[電信]田村鐵也飛長(千葉県出身)
[操縦]佐伯昌夫飛長(愛知県出身)/[偵察]山崎憲進2飛曹(富山県出身)/[電信]安井正二2飛曹(兵庫県出身)
[操縦]           /[偵察]日下部文雄2飛曹(新潟県出身)/[電信]服部壽宗2飛曹(三重県出身)
[操縦]小山耕三少尉(京都府出身)/[偵察]田上利康2飛曹(福岡県出身)/[電信]福永 薫2飛曹(高知県出身)

※神風特別攻撃隊「皇花隊」昭和20年4月16日 串良基地より97艦上攻撃機攻4機で出撃
[操縦]清水 清上飛曹(広島県出身)/[偵察]畑  岩治中尉(東京都出身)/[電信]高橋賢光2飛曹(神奈川県出身)
[操縦]成谷広一上飛曹(東京都出身)/[偵察]藤田州司少尉(愛媛県出身)/[電信]戸倉 勝2飛曹(香川県出身)
[操縦]足立芳郎少尉(東京都出身)/[偵察]吉田種三中尉(青森県出身)/[電信] 片谷有造2飛曹(東京都出身)
[操縦]吉池邦夫上飛曹(東京都出身)/[偵察]三好重成少尉(愛媛県出身)/[電信]遠藤徳敏2飛曹(山形県出身)
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▲神風特別攻撃隊「皇花隊」勇士

※神風特別攻撃隊「第6銀河隊」昭和20年4月16日 宮崎基地より「銀河」で出撃
(この出撃をもって「銀河」精鋭部隊・攻撃262飛行隊は全滅)
(喜界島南方機動部隊攻撃)
[操縦]本城勝志2飛曹(岩手県出身)/[偵察]橋本誠也中尉(徳島県出身)/[電信]佐井川正之2飛曹(福岡県出身)
[操縦]鈴木憲司2飛曹(神奈川県出身)/[偵察]井山秀樹上飛曹(東京都出身)/[電信]高橋 豊2飛曹(島根県出身)
[操縦]北島治郎飛長(徳島県出身)/[偵察]薬眞寺靖少尉(愛媛県出身)/[電信]中村行男2飛曹(茨城県出身)
[操縦]西兼登二飛長(山口県出身)/[偵察]斎藤三藤1飛曹(群馬県出身)/[電信]中西克巳1飛曹(和歌山県出身)
[操縦]金内光郎2飛曹(山形県出身)/[偵察]大河原誠少尉(岩手県出身)/[電信]光石昭通2飛曹(兵庫県出身)
[操縦]大西月正飛長(北海道出身)/[偵察]波多野進1飛曹(新潟県出身)/[電信]頼元健次郎2飛曹(大阪府出身)
[操縦]富士田富士弥飛長(大阪府出身)/[偵察]植垣義友上飛曹(鳥取県出身)/[電信]藤谷成美2飛曹(愛知県出身)
[操縦]本山幸一郎1飛曹(高知県出身)/[偵察]道又重雄上飛曹(岩手県出身)/[電信]久野朝雄2飛曹(長崎県出身)

神風特別攻撃隊「第7銀河隊」昭和20年4月16日 出水基地発より「銀河」で出撃
(喜界島南方機動部隊攻撃)
[操縦]中村廣光2飛曹(愛知県出身)/[偵察]延澤慶太郎少尉(滋賀県出身)/[電信]岩田 渉1飛曹(兵庫県出身)
[操縦]江藤賢助2飛曹(福岡県出身)/[偵察]榎田重秋2飛曹(宮崎県出身)/[電信]岡田武教2飛曹(大分県出身)
[操縦]中居秀雄上飛曹(三重県出身)/[偵察]小林茂雄中尉(神奈川県出身)/[電信]臼井甲作上飛曹(北海道出身)
[操縦]山田正雄飛長(兵庫県出身)/[偵察]宮前俊三1飛曹(山口県出身)/[電信]田中仙太郎飛長(福井県出身)

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▲米戦艦プリングル(USS Pringle)4/16、2機の特攻機を砲撃で破壊したが、3機目が艦橋に突入、上部構造物を破壊し
 1番煙突後方に食い込んだ。1,000ポンド爆弾1発もしくは500ポンド爆弾2発が上甲板構造物に入り込み大爆発した。
 竜骨が破壊され、船体は弾薬庫前方で2つに裂けた。6分後、258名の生存者はプリングルの沈没を目撃した。

第5回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年4月16日 鹿屋より出撃(桜花5機、一式陸攻5機)戦果無し
[桜花]
宮下良平中尉(長野県出身)/折出政次1飛曹(広島県出身)/城森美成1飛曹(鹿児島県出身)
江原次郎2飛曹(東京都出身)/高田虎男2飛曹(鹿児島県出身)
[陸攻]
佐藤純上飛曹(栃木県出身)/大場昭雄上飛曹(宮城県)/管隆上飛曹(大分県出身)/於方熊雄上飛曹(佐賀県出身)
峯山光雄上飛曹(栃木県出身)/村田昇(熊本県出身)/中島賢次郎(長崎県出身)/稲垣敏弘1飛曹(和歌山県出身)
糸賀房夫1飛曹(茨城県出身)/大和弘一1飛曹(静岡県出身)/川崎俊雄1飛曹(高知県出身)/磨田瀧治1飛曹(東京都出身)
猪瀬甫1飛曹(茨城県出身)/柴田悦生2飛曹(福岡県出身)/宇津木勝次2飛曹(千葉県出身)/小池孝吉2飛曹(山形県出身)
大澤龍二郎2飛曹(佐賀県出身)/松本正夫2整曹(徳島県出身)/藤吉英章2整曹(岐阜県出身)永澤諭飛長(岩手県出身)
渥美治夫飛長(三重県出身)/梓直三飛長(埼玉県出身)/三村稲男飛長(茨城県出身)/堀川天地飛長(長崎県出身)
今野米作飛長(青森県出身)/寺田秀雄飛長(京都府出身)/中野堅之助飛長(秋田県出身)
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▲昭和20年4月16日米駆逐艦ハ​​ーディング(USS Harding)に特攻機が命中、14名死亡、8名行方不明。
神雷部隊「第7建武隊」昭和20年4月16日 鹿屋より出撃(零戦9機)
森茂士上飛曹(大分県出身)/大谷正行1飛曹(兵庫県出身)/本間由照1飛曹(新潟県出身)
中原正義1飛曹(佐賀県出身)/尾中健喜2飛曹(福岡県出身)/中別府重信2飛曹(宮崎県出身)
中尾正海2飛曹(徳島県出身)/新井春男2飛曹(長野県出身)/白井貞吉2飛曹(千葉県出身)

神雷部隊「第8建武隊」昭和20年4月16日 鹿屋より出撃(零戦5機)
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▲桜の枝を持ち桜花に乗る第八建武隊上田兵二1飛曹4/16鹿屋より零戦で出撃。喜界島南東50浬機動部隊に突入戦死。
石田三郎1飛曹(大阪府出身)/上田兵二1飛曹(兵庫県出身)/佐藤善之助2飛曹(静岡県出身)
岩本五郎2飛曹(静岡県出身)/栗山虎男2飛曹(岩手県出身)

神風特別攻撃隊として昭和20年4月16日 鹿屋より出撃(零戦32機 第3神剣隊/第3筑波隊/第3・4七生隊)
※神風特別攻撃隊「第3御盾隊」601部隊 靑木牧夫中尉/中村日出夫2飛曹
神風特別攻撃隊「第3七生隊」
町田俊三少尉/奥田良雄少尉/山田 章少尉
神風特別攻撃隊「第4七生隊」
石橋石雄少尉/山岡正瑞少尉/西川要三少尉/名古屋徹蔵少尉/江口昌男少尉
樫本弘明少尉/根岸達郎少尉/山本雅省少尉/大石 太少尉
神風特別攻撃隊「第3神剣隊」
林田貞一郎飛曹長(熊本県出身)/工藤嘉吉2飛曹(北海道出身)/小金井菊次郎2飛曹(埼玉県出身)
神風特別攻撃隊「第3筑波隊」
中村英正中尉(福島県出身)/由井勲少尉(長野県出身)/栗井俊夫少尉(大阪府出身)/岡本真二少尉(神奈川県出身)
山縣康治少尉(福岡県出身)/兼森武文少尉(山口県出身)/石井敏晴少尉(静岡県出身)
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▲米空母イントレピッド(USS Intrepid)は幾度となく特攻機の突入を受けるがその度に修理され、昭和20年(1945)
 3月18日、4月16日にも特攻機の突入を受けたが沈む事無く終戦を迎えている。命を捨てて特攻機を命中させても
 「轟沈」は難しかった様だ。イントレピッドは計5回特攻攻撃を受けている。

※神風特別攻撃隊「第12大義隊」昭和20年4月17日 石垣島基地より零戦で出撃
(台湾東方機動部隊攻撃)
斎藤 信雄飛曹長(茨城県出身)/文谷 良明1飛曹(大阪府出身)

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▲昭和20年4月17日沖縄に不時着して捕虜となり、治療を受けながら尋問を受ける日本兵パイロット。

※神風特別攻撃隊「第8銀河隊」昭和20年4月17日 出水基地より「銀河」で単機出撃
(喜界島南方機動部隊攻撃)
[操縦]吉川 功2飛曹(宮崎県出身)/[偵察]鈴木勘次2飛曹(兵庫県出身)/[電信]田中茂幸2飛曹(鹿児島県出身)
鈴木勘次二等飛行兵曹の「銀河」はグラマンF6Fの15機編隊に追撃され被弾しながらも、敵空母から対空砲火を受ける
位置まで接近する。その瞬間F6Fからさらに射撃を受け、機体は旋回しながら海面にもろに墜落。
同乗の2名は戦死したが、鈴木2飛曹は顔面に弾丸を受けるなど重傷を負いながらも米駆逐艦に救助された。
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▲特攻から生還された鈴木勘次さんは戦後、本を出版されている。

※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」601部隊 昭和20年4月17日 第1国分基地よりゼロ戦と彗星で出撃
(喜界島沖機動部隊攻撃)
ゼロ戦
唐渡賀雄2飛曹(香川県出身)/木内美秀2飛曹(徳島県出身)/佐藤一志2飛曹(宮城県出身)/加藤正美上飛曹
木村 浩1飛曹(エンジン故障引返す)/西岡 孝2飛曹(エンジン故障引返す)
彗星
[操縦]天谷英郎中尉(福井県出身)/[偵察]右田 勇2飛曹(大分県出身)
[操縦]飯村清一飛長(京都府出身)/[偵察]
[操縦]岡田敏男中尉(東京都出身)/[偵察]和田守圭秀中尉(島根県出身)
[操縦]真島 豊飛長(佐賀県出身)/[偵察]


※神風特別攻撃隊「第3御楯隊」252部隊昭和20年4月17日第1国分基地よりゼロ戦と「彗星」で出撃
(奄美大島南東機動部隊攻撃)
彗星 
[操縦]金縄熊義上飛曹(福岡県出身)/[偵察]福元 猛寛少尉(東京都出身)
[操縦]福本晴雄2飛曹(岡山県出身)/[偵察]
[操縦]岩崎豊秀2飛曹(高知県出身)/[偵察]
[操縦]溜 一二三1飛曹(広島県出身)/[偵察]
[操縦]金山英敏上飛曹(香川県出身)/[偵察]
[操縦]坂野行彦2飛曹(愛知県出身)/[偵察] 
ゼロ戦 
堀  賢治2飛曹(福岡県出身)/猪山昌彦2飛曹(群馬県出身)

※神風特別攻撃隊「第15大義隊」 昭和20年4月28日石垣島基地よりゼロ戦で出撃
(石垣島南方機動部隊攻撃)
和田 文蔵二飛曹(長崎県出身)

※神風特別攻撃隊「第16大義隊」 昭和20年4月28日 (台湾)宜蘭基地よりゼロ戦で出撃
(宮古島南方機動部隊攻撃)
今野 惣助中尉(宮城県出身)

第6回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年4月28日 鹿屋より出撃(桜花1機、一式陸攻1機)戦果無し
[桜花]山際直彦1飛曹(愛知県出身)
[陸攻]

※神風特別攻撃隊「第3草薙隊」昭和20年4月28日 第2国分基地より99艦上爆撃機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]渡辺 浄中尉(広島県出身)/[偵察]厚地 兼之輔少尉(福岡県出身)
[操縦]吉武 淑郎少尉(大分県出身)/[偵察]萩田 祥敬候補生(徳島県出身)
[操縦]上村 須佐夫1飛曹(福岡県出身)/[偵察]竹村 久志2飛曹(北海道出身)
[操縦]菊地 利夫少尉(宮城県出身)/[偵察]鹿野  茂候補生(茨城県出身)
[操縦]久保 登美夫少尉(北海道出身)/[偵察]犬飼 成二2飛曹(愛知県出身)
[操縦]笠原 越朗少尉(岡山県出身)/[偵察]近藤 徳武候補生(宮城県出身)
[操縦]遠藤  清少尉(岐阜県出身)/[偵察]吉田 武夫候補生(愛知県出身)
[操縦]吉田 弘資候補生(岡山県出身)/[偵察]井上 信高2飛曹(大阪府出身)
[操縦]永尾  博中尉(佐賀県出身)/[偵察]江沢 敏夫少尉(神奈川県出身)
[操縦]奥村 周一少尉(愛知県出身)/[偵察]大塚 晟夫候補生(東京都出身)
[操縦]正木  蕃少尉(愛媛県出身)/[偵察]下地 恵尚候補生(沖縄県出身)
[操縦]村田 定雄少尉(東京都出身)/[偵察]梅澤 一二三2飛曹(東京都出身)
[操縦]宮内 榮候補生(茨城県出身)/[偵察]寺戸 宏和2飛曹(山口県出身)
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▲宮内 榮候補生(学徒出陣 中央大学出身 享年23歳)
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▲出撃直前の宮内 榮候補生と寺戸 宏和2飛曹の乗る海軍99艦上爆撃機
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▲久保 登美夫少尉(北海道小樽市出身 享年23歳)
北海道小樽市出身の元スキージャンプ、ノルディック複合選手で、神風特別攻撃隊隊員として戦死した悲劇の
ジャンプ選手として有名である。久保少尉はスキー強豪校の旧制小樽中(現小樽潮陵高)で、1940年2月札幌
でアジアでは初めてとなる冬季オリンピックの開催が決まっていた。当時、小樽出身のジャンプ選手が注目され
ていた。久保登喜夫選手だ。1939年の日本選手権少年組を制し、札幌冬季札幌五輪の候補選手に選ばれた。
同年には東京での夏のオリンピック大会も決まっていて、日本は華々しいオリンピック・イヤーに沸くはずだった。
しかし、日中戦争の悪化で開催権を返上。札幌五輪は「幻の大会」に終わる。
久保少尉は4/28特攻隊として沖縄方面に出撃、23歳で戦死した。特攻出撃直前、以下の遺書を残している。
四月二十八日
先日名古屋の戦友に送られ張切って飛んできました.愈愈本日沖縄に飛んで敵艦船に体当たりします。
今日いろいろ作戦打ち合わせも終わり、B29の爆撃の音を聞きながら最後のこの便りをかいています。
スキーの大会でジャンプ台に向かうときとは又違った緊張振りです。
母上様をはじめ皆様の分まで御奉公出来る喜びに胸は躍ります。
思えば随分と御心配ばかり掛けました。父上が亡くなってから母上と二人で寂しい毎日を過ごしましたね。
それに私がスキーで家にいなかったので、母上はどんなに寂しかったかと思います。
母上より先に父上に会います。中学三年の秋でしたから積もる話も沢山あるでしょう。
今戦友もいろいろと準備したり遺書を書いていますが、本当にこれが最後です。
これが特攻隊員かと思われるくらい皆張切っています。
木村先輩、田中先輩、中川、澤本、星野、浅木、川崎[7]、玉沢、清水、脇本、小田…。数々の思い出が溢れてきます。
どうぞ皆様に呉呉もよろしくお伝え下さい。
 “散る桜残る桜も散る桜”
何か書けそうで何も書けません。兎に角立派に散る覚悟です。呉呉れも御身大切になさいますよう祈ります。
姉上様にもよろしくお伝えください。
登喜夫  母上様

※神風特別攻撃隊「第2正統隊」昭和20年4月28日 第2国分基地より99艦上爆撃機6機で出撃(戦果無し)
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]後藤 俊夫中尉(鹿児島県出身)/[偵察]山下 久夫少尉(兵庫県出身)
[操縦]阿部 一之1飛曹(島根県出身)/[偵察]漆谷 康夫2飛曹(福岡県出身)
[操縦]緒方 忠幸上飛曹 (福岡県出身)/[偵察]久保 強郎少尉(福岡県出身)
[操縦]小野 喜市少尉(東京都出身)/[偵察]伊東 宣夫2飛曹(大分県出身)
[操縦]熊井 常郎少尉(群馬県出身)/[偵察]福田 周幸2飛曹(福岡県出身)
[操縦]片寄 従道1飛曹(福島県出身)/[偵察]小野 義明2飛曹(福岡県出身)
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▲▼茨城県百里原基地を九州に向け発進する「第2正統隊」の99艦爆。
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▲熊井常郎少尉4/28沖縄本島周辺の敵艦船に突入、戦死。

※神風特別攻撃隊「八幡神忠隊」昭和20年4月28日 串良基地97艦上攻撃機で出撃 
犬童憲太郎2飛曹(鹿児島県出身/18歳)

※神風特別攻撃隊「第1正気隊」昭和20年4月28日 串良基地より97艦上攻撃機2機で出撃(戦果無し)
(那覇沖艦船攻撃)
[操縦]須賀芳宗少尉(東京都出身)/[偵察]岩崎久豊少尉(山口県出身)/[電信]弥永光男2飛曹(福岡県出身)
[操縦]桐畑小太郎上飛曹(大分県出身)/[偵察]安達卓也少尉(兵庫県出身)/[電信]菅沢健2飛曹(千葉県出身)
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▲岩崎久豊少尉4/28那覇沖の敵艦船群に突入、戦死。
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▲須賀芳宗少尉4/28那覇沖の敵艦船群に突入、戦死。

神雷部隊第9建武隊昭和20年4月29日 鹿屋より出撃(零戦10機)戦果無し
多木稔中尉(石川県出身)/西口徳次中尉(大阪府出身)/中西斎季中尉(和歌山出身)
高橋経夫1飛曹(北海道出身)/藤本正一1飛曹(福岡県出身)/山本英司2飛曹(秋田県出身)
高橋丁2飛曹(北海道出身)/餅田信夫2飛曹(静岡県出身)/曽根信2飛曹(岐阜県出身)/北澤昇2飛曹(長野県出身)

神風特別攻撃隊「第5昭和隊」昭和20年4月29日 鹿屋より零戦で出撃
安田弘道少尉/外山雄三少尉/小泉宏三少尉/木部崎登少尉/市島保男少尉
薮田 博2飛曹/川端三千夫2飛曹/吉永光雄2飛曹
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▲「昭和隊」隊員。左より吉永光雄2飛曹、川端三千秋2飛曹、黒野義一2飛曹、藪田博2飛曹。
藪田、川端、吉永2飛曹は4/29「第5昭和隊」から。黒野2飛曹は5/11「第7昭和隊」として特攻出撃している。
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▲小泉宏三少尉4/29沖縄北端120度60浬敵艦船群に突入、戦死。
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▲市島保男少尉4/29沖縄北方の敵艦船群に突入、戦死。
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▲外山雄二少尉4/29沖縄北方の敵艦船群に突入、戦死。        

神風特別攻撃隊として昭和20年4月29日 鹿屋より出撃(零戦17機 第4神剣隊/第4筑波隊/第5七生隊)
神風特別攻撃隊「第5七生隊」
晦日進少尉/土井定義少尉/北村徳太郎少尉/森丘哲四郎少尉
神風特別攻撃隊「第4神剣隊」 長谷部寅祐2飛曹(埼玉県出身)
神風特別攻撃隊「第4筑波隊」
米加田節雄中尉(福島県出身)/大塚章少尉(東京都出身)/片山秀男少尉(滋賀県出身)
山崎幸雄少尉(東京都出身)/麻生摂郎少尉(福岡県出身)
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▲「第4筑波隊」大塚章少尉4/29爆装零戦で沖縄北方の敵艦船群に突入、戦死。
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▲▼昭和20年4月29日米駆逐艦ヘイゼルウッド(USS HAZELWOOD[DD531])に特攻機が命中。機能停止状態となる。
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※神風特別攻撃隊「第2正気隊」昭和20年5月4日05:00串良基地より97式艦上攻撃機に800キロ爆弾を搭載して出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]有地慶信上飛曹(東京都出身)/[偵察]五十嵐正栄中尉(新潟県出身)/[電信]根岸幸一2飛曹(埼玉県出身)
[操縦]上田隆保候補生(福岡県出身)/[偵察]星野省平1飛曹(新潟県出身)/[電信]山田新八郎2飛曹(岐阜県出身)
[操縦]桑原敬一(岩手県出身)/※出撃するもエンジン不調で種子島に不時着し生還。
桑原氏は戦後『語られざる特攻基地・串良―生還した「特攻」隊員の告白』という本を約30年かけ58歳で手記を自費出版
した。「本当は死にたくなかった」自分の心に正直に向き合った末の記述に、予科練の先輩から「お前は軍人になるべきで
はなかった」と批判された。一方で「おれも同じ気持ちだった」と言う同期もたくさんいた。
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▲第1・第2・第3「正気隊」勇士
(後列) 山田2飛曹・前田2飛曹・桐畑上飛曹・星野2飛曹・弥永2飛曹・上田候補生・岩崎少尉・※江名少尉(生還)
(中列) 有池上飛曹・根岸2飛曹・正久上飛曹・加藤2飛曹・須田少尉・小田切少尉・須賀少尉・菅沢2飛曹
(前列) 分隊長 ・ 飛行隊長 ・ 副 長 ・ 司 令  ・  飛行長 ・ 五十嵐中尉 ・ 安達少尉

第7回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年5月4日 鹿屋より出撃(桜花6機、一式陸攻6機)
[桜花]
大橋 進中尉(山口県出身)/上田英二上飛曹(福島県出身)/渡正義上飛曹(千葉県出身)
内藤卯吉上飛曹(長野県出身)/永田吉春1飛曹(熊本県出身)/中川利春1飛曹(福井県出身)
[陸攻]
菊地 弘少尉(宮城県出身)/寶満克夫少尉(鹿児島県出身)/吉田満照上飛曹(福岡県出身)
今野源四郎上飛曹(宮城県出身)/小幡和人1飛曹(宮城県出身)/佐伯輝三1飛曹(広島県出身)
浅見寅男1飛曹(静岡県出身)/柳 義信1飛曹(長崎県出身)/石井 力2飛曹(福岡県出身)
富岡三郎2飛曹(神奈川県出身)/佐藤俊夫2飛曹(秋田県出身)/川村合佐飛長(宮城県出身)
渋谷實飛長(新潟県出身)/平井精雄飛長(宮城県出身)
勝又武彦少尉(静岡県出身)/足立保行少尉(北海道出身)/池田芳長上飛曹(石川県出身)
原田實上飛曹(山口県出身)/星見秀一上飛曹(三重県出身)/廣瀬三郎上飛曹(三重県出身)
鴨原武夫上飛曹(山形県出身)/池永健治上飛曹(山口県出身)/石本久夫1飛曹(島根県出身)
藤村正一1飛曹(三重県出身)/中川明1飛曹(徳島県出身)/遅澤芳郎1飛曹(栃木県出身)
野崎敞1飛曹(大分県出身)/石井豊司1整曹(北海道出身)/三輪英昭2飛曹(宮崎県出身)
加藤吉郎2飛曹(千葉県出身)/金原義五郎2飛曹(栃木県出身)/木村只弘2飛曹(福岡県出身)
渋谷昌信2飛曹(大分県出身)/石川嘉輝飛長(香川県出身)/高島昭2飛長(青森県出身)
※米掃海駆逐艦シェイに桜花が1機命中するも不発。しかし機体が艦の中隔を激しく破壊し大破。
 戦死27名負傷91名掃海駆逐艦シェイは沈まなかったが、修理困難でそのまま廃艦。

神風特別攻撃隊「第5神剣隊」昭和20年5月4日 鹿屋より出撃(零戦15機)
磯貝巌中尉(愛知県出身)/鈴木欽司少尉(埼玉県出身)/小堀秀雄少尉(群馬県出身)
加藤年彦少尉(愛知県出身)/足利益功少尉(宮崎県出身)/藤井實候補生(山口県出身)
林王俊候補生(佐賀県出身)/三明正郎候補生(宮城県出身)/大田満上飛曹(大分県出身)
高藤昭一1飛曹(愛知県出身)/保科三郎1飛曹(長野県出身)/茂木三郎1飛曹(福島県出身)
宮崎勝1飛曹(三重県出身)/高浪虎八1飛曹(鹿児島県出身)/武二夫1飛曹(鹿児島県出身)
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▲英空母フォーミダブル (HMS Formidable)
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▲5/4神風特別攻撃隊爆装ゼロ戦が英空母フォーミダブル (HMS Formidable)に突入する寸前。
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▲▼5/4 11:30特攻機が英空母フォーミダブル突入、対空砲で至近距離で撃墜したものの、飛行甲板に突っ込み長さ
 3m、幅60cmのくぼみが生じた。艦載機庫で火災が生じ8名が死亡、47名が負傷した。
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※神風特別攻撃隊「第17大義隊」昭和20年5月4日 宮古基地基地より零戦2機で出撃(敵艦船発見出来ず)
田中 勇上飛曹(山口県出身)/
(直掩零戦)2機

※神風特別攻撃隊「第17大義隊」昭和20年5月4日16:30 石垣地基地より零戦3機で出撃
細川 孜中尉(長野県出身)/橋爪和美1飛曹/佐野一斉2飛曹(山梨県出身)
(直掩零戦)大石芳男飛曹長(静岡県出身)
出撃1時間40分後、橋爪1飛曹機が帰還。橋爪の報告では、敵機動部隊を発見したが、敵戦闘機の追躡を受け、
爆弾を捨てて帰ってきたという。他の3機は撃墜されたらしく、未帰還となった。
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▲英空母インドミタブル(HMS Indomitable)5/4特攻機の突入を受ける。
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▲英空母インドミタブルに突入寸前の特攻機。
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▲突入

※神風特別攻撃隊「第17大義隊」昭和20年5月4日 (台湾)宜蘭基地よりゼロ戦で出撃
(宮古島南方機動部隊攻撃)
谷本 逸司中尉(広島県出身)/常井 忠温上飛曹(茨城県出身)
鉢村 敏英1飛曹(栃木県出身)/近藤 親登2飛曹(長野県出身)

※神風特別攻撃隊「第18大義隊」昭和20年5月9日 (台湾)宜蘭基地よりゼロ戦で出撃(2機トラブルで引き返す)
(宮古島南方機動部隊攻撃)
黒瀬順斎中尉(富山県出身)/中島信次郎上飛曹(京都府出身)/河合芳彦上飛曹/宮川孝義1飛曹(大阪府出身)
(直掩隊)前田秀秋上飛曹(青森県出身)
[ 連合軍記録 ]英空母「ビクトリアス」2機命中/英空母「フォーミダブル」1機命中
特攻隊攻撃で父を失った英国人YouTube 1 特攻隊攻撃で父を失った英国人YouTube 2
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▲特攻機が命中し黒煙をあげる英空母ヴィクトリアス(HMS Victorious)
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▲英空母ヴィクトリアス(HMS Victorious)
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▲5/9英空母ヴィクトリアス(HMS Victorious)に突入寸前の「第18大義隊」とみられるゼロ戦
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▲5/9再び黒瀬順斎中尉(享年22歳)とみられる特攻機が命中し黒煙をあげる英空母フォーミダブル。
戦艦のそれに匹敵する76ミリ厚の装甲が功を奏し14名が戦死したものの沈没は逃れ、損害のレベルは4日の攻撃よりは
軽微であった。

※神風特別攻撃隊「菊水雷桜隊」昭和20年5月11日 串良基地より「天山」で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]梅谷三郎中尉(東京都出身)/[偵察]中島 平上飛曹(佐賀県出身)/[電信]坪川武彦1飛曹(東京都出身)
[操縦]望月敞一1飛曹(静岡県出身)/[偵察]今井全志郎少尉(神奈川県出身)/[電信]中内 清上飛曹(愛知県出身)
[操縦]田中敏男1飛曹(香川県出身)/[偵察]栗村正教少尉(福島県出身)/[電信]山岡智明1飛曹(高知県出身)
[操縦]稲澤邦彦1飛曹(宮崎県出身)/[偵察]安田太一少尉(神奈川県出身)/[電信]小野静雄1飛曹(佐賀県出身)
[操縦]石井正雄少尉(東京都出身)/[偵察]照山知男1飛曹(茨城県出身)/[電信]桑野正昭1飛曹(秋田県出身)
[操縦]中谷五郎上飛曹(山口県出身)/[偵察]吉田謙二郎少尉(福島県出身)/[電信]小林大介1飛曹(埼玉県出身)
[操縦]才田紀久雄1飛曹(熊本県出身)/[偵察]本川譲治少尉(東京都出身)/[電信]石橋憲司1飛曹(秋田県出身)
[操縦]浪江秀雄1飛曹(京都府出身)/[偵察]桝井敏夫少尉 (山口県出身)/[電信]大武節雄1飛曹(茨城県出身)
[操縦]小嶋 潔上飛曹(東京都出身)/[偵察]高野良治飛曹長 (群馬県出身)/[電信]新井郷治上飛曹(埼玉県出身)
[操縦]勝田久米雄飛曹長(静岡県出身)/[偵察]児玉 仁上飛曹(広島県出身)/[電信]井上伊之助1飛曹 (広島県出身)
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▲出撃前の艦上攻撃機「天山」
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▼「天山」1機に隊員3名が乗り込み、二度と戻れぬ死地に向けて出撃していった。
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第8回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年5月11日 鹿屋より出撃(桜花3機、一式陸攻3機)戦果無し
[桜花]
高野次郎中尉(富山県出身)/小林常信中尉(埼玉県出身)/藤田幸保1飛曹(新潟県出身)
[陸攻]
古谷 真二中尉(東京都出身)/中島眞鏡少尉(埼玉県出身)/宮崎文雄少尉(香川県出身)
鑢敬蔵少尉(長崎県出身)/石田昌美上飛曹(山口県出身)/東川末吉上飛曹(滋賀県出身)
永田俊雄上飛曹(鹿児島県出身)/磯富次上飛曹(埼玉県出身)/三浦一男上整曹(北海道出身)
長澤政信1飛曹(山梨県出身)/大河内一春1飛曹(愛知県出身)/千葉登1飛曹(鹿児島県出身)
菊池邦壽1飛曹(福岡県出身)/田中辰三1飛曹(山形県出身)/髪櫛伊三1整曹(山梨県出身)
中内静雄2飛曹(高知県出身)/竹内良一2飛曹(福岡県出身)/田中泰夫2飛曹(和歌山県出身)
秋葉次男飛長(北海道出身)/木村好喜飛長(新潟県出身)/中村豊飛長(愛知県出身)
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▲5/11米駆逐艦ヒュー・ W・ハドレイ(USS Hugh W. Hadley)は特攻機突入を受け乗組員30名が死亡。
 しかし、この戦いでヒュー・ W・ハドレイは特攻機23機の撃墜に成功した。
 なお、ヒュー・ W・ハドレイは爆弾1発と「桜花」が艦の中央部に命中、他に特攻機2機が突入したにもかかわらず
 沈没しなかった。もちろん本艦の場合は本格的修理もされず、その後にスクラップされたので全損と同様であったが、
 「桜花」が命中炸裂したにもかかわらず沈没しなかった唯一の例である。しかしながら損傷は甚大でそのまま廃艦。
 ヒュー・ W・ハドレイ乗組員の死者28名、艦長を含む67名負傷。
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▲米艦船に書かれたスコアボード。

神雷部隊「第10建武隊」昭和20年5月11日 鹿屋より出撃(零戦4機)
柴田敬禧中尉(愛知県出身)/田中保夫1飛曹(兵庫県出身)/佐藤敬吉1飛曹(新潟県出身)/下里東1飛曹(長野県出身)

※神風特別攻撃隊「第9銀河隊」昭和20年5月11日 宮崎基地より「銀河」9機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
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▲第9銀河隊指揮官 深井 良中尉が5/11西南諸島のタスクフォース58機動艦隊に特攻する様子が描かれている。 
[操縦]深井 良中尉(神奈川県出身)/[偵察]俵  一上飛曹(東京都出身)/[電信]北山 博上飛曹(大分県出身)
[操縦]鈴木圓一郎中尉(静岡県出身)/[偵察]三宅文夫上飛曹(徳島県出身)/[電信]田中榮一上飛曹(埼玉県出身)
[操縦]小島弘上飛曹(兵庫県出身)/[偵察]村上 守中尉(大分県出身)/[電信]佐藤 昇1飛曹(新潟県出身)
[操縦]谷岡力上飛曹(福井県出身)/[偵察]山川芳男少尉(東京都出身)/[電信]杉野三次1飛曹(三重県出身)
[操縦]松木 学1飛曹(愛媛県出身)/[偵察]山根三男1飛曹(広島県出身)/[電信]伊藤 勲1飛曹(大分県出身)
[操縦]長谷部六雄飛長(新潟県出身)/[偵察]吉田 雄1飛曹(和歌山県出身)/[電信]信本廣夫2飛曹(広島県出身)
永野金一1飛曹/ 飯島 守中尉/本田 勝1飛曹( 機体不調の為引き返しをはかるも、基地に戻らず「不時着戦死」)
古小路 裕1飛曹/ 藤田峰夫上飛曹/真鍋真之介1飛曹(機体不調の為、出撃取りやめとなる)
神津和男1飛曹/ 豊岡清澄上飛曹/ 穴口 尚上飛曹(出撃後、機体不調で引き返す)
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▲山根三男1飛曹(広島県出身)5/11突入、戦死。

神風特別攻撃隊「第7七生隊」昭和20年5月11日 鹿屋よりゼロ戦で出撃 上月寅男飛長(兵庫県出身)
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▲昭和20年5月11日米駆逐艦エヴァンス(USS EVANS DD-552)に4機の特攻機が命中、乗組員32人死亡27人負傷。
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▲▼特攻機の突入で駆逐艦エヴァンスの調理室に出来た大穴。
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▼駆逐艦エヴァンスに書かれた日本軍機撃墜ボード
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神風特別攻撃隊「第5筑波隊」昭和20年5月11日 鹿屋よりゼロ戦で出撃
岡部幸夫中尉(広島県出身)/西田高光中尉(大分県出身)/石丸進一少尉(佐賀県出身)/吉田信少尉(兵庫県出身)
町田道教少尉(鹿児島県出身)/森史郎少尉(長野県出身)/福田喬少尉(福岡県出身)/中村邦春少尉(福岡県出身)

神風特別攻撃隊「第6神剣隊」昭和20年5月11日 鹿屋よりゼロ戦で出撃
牧野缺中尉(石川県出身)/川野忠邦上飛曹(宮崎県出身)/淡路義二1飛曹(群馬県出身)/斎藤幸雄1飛曹(宮城県出身)

神風特別攻撃隊「第6昭和隊」昭和20年5月11日 鹿屋よりゼロ戦で出撃
根本宏少尉(茨城県出身)/黒野義一1飛曹(兵庫県出身)

神風特別攻撃隊「第7昭和隊」昭和20年5月11日 鹿屋よりゼロ戦で出撃
安則盛三中尉(兵庫県出身)/高橋三郎少尉(高知県出身)/小川清少尉(群馬県出身)
篠原惟則少尉(熊本県出身)/茂木忠少尉(北海道出身)/皿海彰1飛曹(広島県出身)
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▲安則盛三中尉
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▲小川清少尉(群馬県出身)5/11米空母バンカー・ヒルに突入戦死。享年22歳
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▲昭和20年5月沖縄周辺海域を航行する米空母バンカー・ヒル(USS Bunker Hill)
 小川清少尉は神風特別攻撃隊「第7昭和隊」として、500kg爆弾を抱いた零戦で5/11鹿屋基地を06:40離陸。
 9:21安則盛三中尉機から「敵部隊見ユ」のモールス信号入電。10:04南西諸島沖東方122kmにおいて小川清少尉
 機が「敵空母見ユ」と打電した。先ず安則盛三中尉機が急降下してバンカー・ヒルの後部甲板に突入。機体は右舷後
 方で激しく爆発。不意を突かれた米軍は対空砲の反撃が出来なかった。10:09小川清少尉機「ワレ突入ス」との無線
 の後バンカー・ヒルの飛行甲板に500kg爆弾を投下後、艦橋と甲板との境辺り(「アイランド」と呼ばれる艦橋に突き
 刺さる)に突入した。
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 ▲▼安則盛三中尉機と小川清少尉機が30秒の間に突入し炎上する空母バンカー・ヒル(USS Bunker Hill)
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空母バンカーヒルと二人の神風(ケネディ著)よりYouTube
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▲小川少尉突入の30分後、更に1機の特攻機が低空でバンカー・ヒルに突入を図ったが駆逐艦の対空砲で撃墜された。
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▲バンカー・ヒル乗組員の異体。特攻攻撃は無謀な作戦として太平洋戦争末期には戦果はほとんど無い様に言われてい
 るが、戦後新たに公表された米軍の被害は予想以上のものだった・・・。
 バンカー・ヒルは小川機から投下された爆弾と小川機突入によって大破・炎上、死者396名、負傷者264名、行方不
 明43名を出した。(小川少尉は二階級特進で海軍大尉となり、正七位勲五等功三級の金鵄勲章を受けた)
 しかし、小川機はバンカー・ヒルに多大なダメージを与えたのにもかかわらず、機体の識別が出来る程原形を留め、
 驚くべき事に操縦者の小川少尉の遺体は下半身こそ無くなっていたものの傷一つなく、まるで眠っている様であっ
 たとバンカー・ヒル乗組員は伝えています。「上半身だけ見ると、生きている様でもあった」
 バンカー・ヒル乗組員生存者の1人、シュカカン氏は、インタビュアーに向かってこう答えたと言う。
 「小川の傷一つない丸い顔は、何も教えてくれなかった。何と言ったらいいのか、その顔は―極めて普通だった。」
 小川少尉の突入はバンカー・ヒル艦上にいた男たちの運命を変えた。彼等のみならず、おそらく全てのアメリカ人の
 心に、自分たちの生きる世界と、その周りに起こる事に対する計り知れない不安が植え付けられたと言っても過言で
 はなかった。
 今まで「快適な戦争」をしていたバンカー・ヒルに2機の神風が突入した瞬間、彼等は自分達が戦争とそれが引き起
 こす惨事について今まで何も知らなかったと思い知らされる事になった。
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 ▼▲破壊された艦中央部。
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▼空母バンカー・ヒル(CV-17)第2乗員待機室向かいの通路で命を落とした乗組員の死体。
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 ▲バンカー・ヒルに残された特攻機のエンジン
 さっきまでいた場所に直撃弾が落ち、同僚が消えてなくなっている。見るのも怖ろしい死体が何日経ってもどこから
 ともなく発見される。爆死、焼死、窒息死、圧死。あらゆる惨い遺体を水葬にすると、それが浮かび上がってずっと
 後を追いかけてくる・・・。
 2機の特攻機はバンカー・ヒルの乗員達が心の中に築いていた「安心な世界」を一瞬にして破壊させ、もはや彼等の
 日常の思考から「死」を払拭することは不可能となった。
 誰だか判別もつかない肉塊となって、国旗を掛けた水葬台から毛布に包まれて滑り落とされるのが、自分であっても
 何の不思議は無かったという思いから、彼らはもう逃れる事は出来なくなった。
 バンカー・ヒルはウルシー環礁まで撤退し、真珠湾経由でワシントン州ブレマートンに帰投し、大修理を受けた。
 日本の敗戦もそこで迎えた。ウルシー環礁に向かう途中で行われた300名以上の水葬は、現在までにアメリカ海軍が
 1回に行った最大の水葬であった。(バンカー・ヒル船員は2600名士官含む)
 この地獄の直接の原因となった美しいカミカゼ搭乗員の死体が、この後どうなったのか、バンカー・ヒル乗組員生存
 者の口から語られる事は無かった。
 しかしシュカカン氏が何度か遺体の前を通る度に、乗組員が「記念品」を求めて小川少尉の遺体から純白のマフラー
 を、財布を、鉢巻を、指にはめていた指輪を持ち去り、見るたびにその様子が変わっていったと言う。
 シュカカン氏はその行為を「泥棒」と標榜したが、それが泥棒だったのか、辛くも難を逃れた奇跡を孫子に伝える為
 のよすがのつもりだったのかはともかく、小川少尉が身に着けていた物は遺体からことごとく乗組員によって持ち去
 られたものと思われる。
 太平洋戦争が終わって時が経ち、バンカー・ヒルの生存者も1人、また1人と世を去って行った。
 バンカー・ヒルの水兵だったロバート・ショック2000年11月7日に亡くなった時、遺品を整理した孫は、戦争中の記
 念品の箱の中に、小川少尉の物と思われる「パラシュートのベルトの切れ端」「血痕のついた手紙と写真」「血まみれ
 で文字盤の読めない航空時計」を見つけた。
 「川少尉」という漢字のついた飛行服の切れ端が、あの日バンカー・ヒルに突入したのが小川清少尉であったという事
 を、戦後何十年も経ったこの世界に知らしめる事となった。
 小川少尉は胸に航空時計を下げていた。突入の瞬間時計は胸郭を突き破り、胸腔内にめり込んだと言う。
 既にに誰も読む事の出来ない血で覆われたガラスの内では、文字盤の針がその瞬間を永遠に指している・・・。
 ロバートの孫は、小川の遺品を遺族に返還したいと、会社の上司で通訳業務に携わる日本人女性(美幸・グレースさん)
 を夫人に持つポール・グレース氏に「遺品を御遺族の方々に返還したい」と相談。その後、美幸さんのご尽力によって、
 御遺族の連絡先が判明。2001年3月27日サンフランシスコの日本料理店でご親族の大姪陽子さん(小川少尉兄孫)幸子
 さん(陽子さん母)に引き渡された。(小川の実兄は2000年4月に死去していた為、小川の義理の娘母子に返還された)
 遺品は「名前が書かれた布片」「戦友からの短歌が書かれた手紙」「戦友達と写った写真2枚」「落下傘の留め金・
 製造票」「日本の紙幣」「軍票」「懐中時計」 であった。
 ▼返還された小川少尉の遺品
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 遺品を受け取った小川少尉兄孫・陽子さんは以下の様に語っておられる。
 「清の長男(松一)は2000年4月に他界しましたので、松一から私の母に清のことで聞かされていることは、とにか
 く両親思いの優しい人だったそうです。今回の件を通し、改めて戦争の残した傷痕の深さ、残酷さを勉強させられた
 気がしました。子供が大きくなって成長したら、大叔父さんはこういう人だったんだよ、と小川家の誇りとして話を
 したいと思います。これらの事実がここで途切れてしまうのではなく、後世に伝えていかなければならないと思いま
 した。
 美幸様はじめ沢山の方々に協力して頂き、こうして私共遺族の元へ返還して頂きまして大変感謝しております。」
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 最後に小川が両親へ宛てて書いた遺書が残っている。
 お父さんお母さん。清も立派な特別攻撃隊員として出撃する事になりました。思えば二十有余年の間、父母のお手の
 中に育った事を考えると、感謝の念で一杯です。全く自分程幸福な生活をすごした者は他に無いと信じ、この御恩を
 君と父に返す覚悟です。
 あの悠々たる白雲の間を超えて、坦々たる気持ちで私は出撃して征きます。生と死と何れの考えも浮かびません。
 人は一度は死するもの、悠久の大儀に生きる光栄の日は今を残してありません。
 父母様もこの私の為に喜んで下さい。
 殊に母上様には御健康に注意なされお暮し下さる様、なお又、皆々様の御繁栄を祈ります。
 清は靖国神社に居ると共に、何時も何時も父母上様の周囲で幸福を祈りつつ暮らしております。
 清は微笑んで征きます。出撃の日も、そして永遠に。

※神風特別攻撃隊「第3正気隊」昭和20年5月11日 串良基地より97艦上攻撃機で出撃。
(那覇沖艦船攻撃)
[操縦]小田切徳一少尉(山梨県出身)/[偵察]堀江荘次少尉(奈良県出身)/[電信]村田正作2飛曹(高知県出身)
[偵察]江名武彦少尉(東京都出身)他2名の[操縦][電信]隊員は、出撃するもエンジン不調で海面に不時着。
黒島まで泳ぎ着き生還。(これをもって「正気隊」特攻作戦終了)
黒島平和公園には黒島の島民の助けで生き延び、終戦までを戦友と共にこの島で過ごした江名武彦元少尉が2004年
に建立した特攻撃平和観音像があり、戦争で散った友への思いと平和への祈りがこめられ、毎年慰霊祭が開かれている。

神雷部隊「第11建武隊」昭和20年5月14日 鹿屋より出撃(零戦5機)
楠本二三夫中尉(長崎県出身)/日裏啓次郎中尉(東京都出身)/花田尚孝1飛曹(北海道出身)
古田稔1飛曹(愛知県出身)/鎌田教一1飛曹(広島県出身)
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▲5/14米軽巡洋艦ヴィックスバーグ(USS Vicksburg)に突入する爆装零戦。

昭和20年5月14日 神風特別攻撃隊「第8七生隊」鹿屋より零戦で出撃
藤田卓郎中尉(愛媛県出身)/橋本貞好1飛曹(富山県出身)/荒木一英2飛曹(新潟県出身)
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▲5/14 08:05米空母エセックス(USS Essex)に突入中の爆装零戦。

昭和20年5月14日神風特別攻撃隊「第6筑波隊」爆装ゼロ戦52型17機が鹿屋より出撃、14機が未帰還。
富安俊助中尉(東京都出身)/本田耕一少尉(兵庫県出身)/大木偉央少尉(埼玉県出身)
藤田暢明少尉(徳島県出身)/高山重三少尉(愛知県出身)/折口明少尉(長崎県出身)/桑野實少尉(京都府出身)
小山精一少尉(東京都出身)/中村恒二少尉(茨城県出身)/大喜田久男少尉(徳島県出身)
荒木弘少尉(愛知県出身)/時岡鶴夫少尉(兵庫県出身)/西野實少尉(石川県出身)/黒崎英之助少尉(群馬県出身)
原口鈴夫少尉(生還)/後藤尚平少尉(生還)/柳井和臣少尉(生還)
05:30零戦52型丙に500㎏爆弾を抱えて鹿屋基地を出撃。
柳井少尉他2機は敵を発見できず帰投。他の爆戦隊は種子島東方沖にて敵戦闘機の熾烈な迎撃を受ける。
筑波海軍航空隊の記憶YouTube 柳井和臣元さんは映画『永遠の0』の製作にも協力されている。
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▲柳井和臣少尉
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▲富安俊助中尉(東京都出身)空母エンタープライズ(USS Enterprise)に突入戦死。
以下は「米空母エンタープライズの戦闘記録より」
06:10本艦のレーダー上に最初の敵機影が数個、南西方向に出現。
06:23敵機数機37㎞圏内に侵入。06:45、26機の日本機飛来。6機を対空砲火で撃墜、19機が上空哨戒の戦闘機に
よって撃墜された。だが1機のみは集中砲火を避けて雲に隠れ、時々雲から顔を出してエンタープライズの位置を確
認しつつ生き残っていた。この機を20分前からレーダーで認識していたので、5インチ砲で砲撃するが、雲に隠れる
などした為、効果的な反撃が出来ずにいた・・・。
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▲突入態勢に入った富安俊助中尉のゼロ戦
06:53この機が右舷雲間から現れ06:56本艦に向かって降下してきたので回避運動を行う。
06:57回頭し艦尾を向けた時、左舷後部上方から斜めに降下してきた。集中砲火を浴びせたが、機体を横滑りさせる
などして巧みに回避。オーバーシュートする寸前に艦尾の真上で180度に左回転し、背面飛行の状態から40~50度の
角度で急降下し、前部エレベーターの後端に突入した。
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▲艦尾上空で急反転、背面飛行で急降下突入する富安俊助中尉のゼロ戦
特攻機はエレベーター孔の中を落下して、爆弾は5層下方の甲板で炸裂した。前部エレベーターは爆発で120m上空ま
で吹き上げられ、破孔からの浸水によって艦の前部は2.2メートル沈下し、艦は大破炎上した。
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▲富安俊助中尉機の特攻攻撃を受け、大破炎上する空母エンタープライズ
飛行甲板は歪み、エレベーターの穴が開き、飛行機の離発着が不可能となった。乗組員の戦死14名、負傷者68名。
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▲富安俊助中尉の突入で大きく損傷した飛行甲板エレベーター部分。
特攻隊員の遺体は空母エンタープライズ内エレベーターの孔の底で発見され、遺体のポケットに名刺が入っていた。
その名前は正確に読まれず、長い間「トミ・ザイ」として伝わっていたが、戦史研究家菅原完氏により、富安俊助中尉
である事が特定された。富安中尉の遺体は、同艦乗組員と同様に水葬に付されたという。
3日前に被爆したバンカー・ヒルから旗艦を引き継いだものの、大破した為に旗艦を「ランドルフ」に譲った。
修理の為に戦場を離脱。空母エンタープライズは再び戦場に復帰することは無かった。
「富安俊助中尉の遺書」
父上様 母上様 姉上様
 突然、某方面に出撃を命ぜられ、只今より出発します。
 もとよりお国に捧げた身体故、生還を期しません。必ず立派な戦果を挙げる覚悟です。
 祖国の興廃存亡は今日只今にあります。吾々は御國の防人として出て行くのです。
 私が居なくなったら淋しいかもしれませんが、大いに張り切って元気で暮らして下さい。
 心配なのは皆様が力を落とすことです。
 海軍に入る前に、当然死を覚悟していたのですから、皆様も淋しがることはないと思います。
 秀雄には便りを出す予定ですが、家からもよく言ってやって下さい。
 近藤中尉が訪ねて行く予定故、会ってやって下さい。
 では                                  俊助
 大いに頑張りますから、その点御安心ください。 

 神風特別攻撃隊「第6筑波隊」藤田暢明少尉(徳島県出身)には結婚を約束した人がいた・・・。
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 ▲結婚前に撮られた記念写真。
 藤田暢明少尉は出撃前に東京出身の睦重(むつえ)さんと結婚を望んだが、彼女の両親は娘が未亡人となる事
 が明白なので結婚に反対。然し、睦重さんが反対を押し切り結婚を望んだ為、ついに両親も折れて結婚を許した。
 ところが結婚許可の出た3日後、藤田少尉は神風特攻・第6筑波隊として鹿屋基地から出撃し、不帰の人となった。
 睦重さんは藤田少尉の戦死後、彼の実家で彼の遺影と結婚式を挙げた。
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 ▲藤田暢明少尉の遺影と挙式した睦重さん。
 戦後は養父の説得に応じて帰京。大学へ進学し最後まで一人の人生を貫かれ、1993年に亡くなられた。
 「藤田暢明少尉の遺書」
 御両親様
 本5月11日、鹿児島の鹿屋基地に転進予定の所天候不良の為12日に延期され候。
 さらばと別れし士官室に帰れば、御両親様よりの親書と、この大戦局の荘厳なる事実の中に
 「我」を見出したる喜びと併せて、特に天下一の幸運児なるを痛感致居候。
 筑波以来三ヶ月、苦楽を倶にせし同期の櫻の顔色益々明るく、意自ら通じ明朗且天真爛漫に
 て幸福なる一瞬を意義あらしめ居候。
 而して議を論ぜず将に淡如水、心境如斯次第に御座候。
 御両親様、睦重は優しい質素な貞淑なる暢明の妻たる故大事にしてやって被下度候。
 父上様、母上様、永い間お世話になりました。
 何時迄もいつまでも次の世も亦来る世も父上様、母上様の子にして下さいませ。
 では御両親様さやうなら、暢明元気で征きます。
 藤田家の隆昌と皆様のご幸福をお祈りします。
 昭和20年5月11日
  大日本帝国海軍 神風特別攻撃隊筑波隊 第10中隊第2区隊長 海軍少尉 藤田暢明
  身長 1米73糎 体重 18貫 9百匁 胸囲 97糎
 愛しい我が愛妻 睦重!
 来世も次の世もまた次の次の世も暢明の妻となってくれ。
 睦重、睦重、睦重。
 優しいおまえをだれよりもおれは愛する。睦重さようなら。
 むつゑ、睦重、睦重、睦重! 優しい優しいただ一人の睦重 さらば! 又の日
                                海軍少尉 藤田暢明


神風特別攻撃隊「菊水白菊隊」昭和20年5月24日 鹿屋基地より練習機「白菊」で出撃
(高知空)
19:26[操縦]柴原 繁1飛曹(大阪府出身)/[偵察]小堀淳三郎少尉(埼玉県出身)
19:36[操縦]川端 滋1飛曹(大阪府出身)/[偵察]荒東国夫2飛曹(広島県出身)
19:39[操縦]水野 博上飛曹(愛知県出身)/[偵察]木戸門一上飛曹(愛知県出身)
19:42[操縦]佐々木威夫少尉(宮城県出身)/[偵察]高橋 中少尉(栃木県出身)
19:44[操縦]松本 眞2飛曹(宮崎県出身)/[偵察]小倉敏男上飛曹(山形県出身)
19:45[操縦]菅原喜三1飛曹(秋田県出身)/[偵察]野田 勉中尉(山形県出身)
19:46[操縦]佐々木重衛1飛曹(愛媛県出身)/[偵察]中根輝治1飛曹(愛知県出身)
19:50[操縦]能見 博1飛曹(広島県出身)/[偵察]力石権四郎少尉(静岡県出身)

※神風特別攻撃隊「徳島第1白菊隊」昭和20年5月24日 串良基地より練習機「白菊」で出撃
(徳島空)
20:19[操縦]水戸丈夫上飛曹(新潟県出身)/[偵察]高木敏夫上飛曹(北海道出身)
20:51[操縦]隈倉悦二2飛曹(徳島県出身)/[偵察]木田由男1飛曹(富山県出身)
20:50[操縦]須田治少尉(東京都出身)/[偵察]根本喜一少尉(福島県出身)
20:51[操縦]藤原一男上飛曹(京都府出身)/[偵察]脇田七郎2飛曹(岐阜県出身)
20:53[操縦]井上 博上飛曹(兵庫県出身)/[偵察]伊東勝義1飛曹(岡山県出身)
20:55[操縦]高野利雄上飛曹(長野県出身)/[偵察]江田耕二1飛曹(岩手県出身)
21:27[操縦]岡島 勝2飛曹(福井県出身)/[偵察]浦上 博1飛曹(長崎県出身)
21:30[操縦]栗木朝明1飛曹(福岡県出身)/[偵察]真野敏弘少尉(富山県出身)
22:10[操縦]寺井政雄2飛曹(福岡県出身)/[偵察]平島 栄1飛曹(宮崎県出身)
22:10[操縦]成田松之助2飛曹(千葉県出身)/[偵察]渕元五十雄少尉(滋賀県出身)
23:02[操縦]中岡安美2飛曹(熊本県出身)/[偵察]三浦松義1飛曹(大分県出身)
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▲練習機「白菊」をバックに写真に収まる「徳島白菊隊」勇士
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▲昭和20年3月練習航空隊から実施部隊に改編された第13聯合航空隊は、第10航空艦隊の命により、
 練習機「白菊」による「神風特別攻撃隊」を編成した。高知航空隊(菊水白菊隊)/徳島航空隊(徳島白菊隊)
 鈴鹿航空隊(若菊隊)/大井航空隊(八洲隊)で「白菊特攻隊」である。写真は八洲隊勇士。

神風特別攻撃隊「菊水白菊隊」昭和20年5月25日 鹿屋基地より練習機「白菊」で出撃
(高知空)
20:07[操縦]西 久道2飛曹(京都府出身)/[偵察]坂本俊実1飛曹(山口県出身)

※神風特別攻撃隊「第10銀河隊」昭和20年5月25日 宮崎基地より「銀河」12機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]越野時貞1飛曹(愛知県出身)/[偵察]鈴木喜久男1飛曹(福島県出身)/[電信]藤澤彌須雄1飛曹(滋賀県出身)
[操縦]岩品福三郎1飛曹(静岡県出身)/[偵察]小口博造中尉(長野県出身)/[電信]平野 勇上飛曹(岩手県出身)
段ボール製造で有名な製紙メーカーのレンゴー株式会社東京工場に「気力、術力、精神力」という標語が大きく書いて
ある。海軍の標語らしい。5/25「銀河」で出撃、戦艦ウェスト・バージニアに突入前に撃墜されるも駆逐艦キャラハン
に救助されて生還した長谷川薫中尉が社長を勤めた会社だ。
長谷川中尉は海中に突入して海を漂っているところを駆逐艦キャラハンに救助された。同乗していた吉田湊飛曹長も救
助されたが、直後に出血多量で死亡した。
「駆逐艦キャラハン」のバーソルフ艦長は特攻攻撃の続く中、危険を冒して艦を停止させ、長谷川中尉と吉田飛曹長を
救助した。吉田湊飛曹長の遺体は丁重に水葬されたと言う。
▼「第10銀河隊」吉田湊飛曹長は佐賀県出身。空母瑞鶴でハワイ作戦、珊瑚海海戦に参加した古参零戦搭乗員だった。
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※神風特別攻撃隊「第3正統隊」昭和20年5月25日 第2国分基地より99艦上爆撃機1機で出撃
沖縄周辺艦船攻撃
[操縦]安斎 岩男上飛曹(福島県出身)/[偵察]鹿島 昭雄1飛曹(福岡県出身)

第9回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年5月25日 鹿屋より出撃(桜花3機、一式陸攻3機)
※生還された一式陸上攻撃機操縦士の長浜敏行さんの証言によれば、この日沖縄は梅雨。激しい雨で視界が無く、
 9機で出撃し、9機全て鹿屋に引き返したと語っている。
[桜花]
秋吉 武明上飛曹(熊本県出身)/磯邊正勇喜上飛曹(福岡県出身)/徳安春海1飛曹(熊本県出身)
[陸攻]
永吉晃中尉(鹿児島県出身)/工藤正典少尉(広島県出身)/小作明男少尉(神奈川県出身)
登玉道郎上飛曹(長野県出身)/山口正治上飛曹(岩手県出身)/山浦甲子郎上飛曹(長野県出身)
河野常好上飛曹(愛媛県出身)/早坂敦郎1飛曹(茨城県出身)/藤原薫1飛曹(福岡県出身)
三宅六男1飛曹(福井県出身)/相川和夫1飛曹(佐賀県出身)/佐光勝美1飛曹(岐阜県出身)
石渡和作1飛曹(静岡県出身)/江面安治1飛曹(茨城県出身)/田村吉傳1飛曹(静岡県出身)
久保唯義1整曹(徳島県出身)/中村盛男2飛曹(東京都出身)/小野一寶2飛曹(山梨県出身)
田中秀夫2飛曹(新潟県出身)/杉野次夫飛長(山口県出身)/松枝金作飛長(秋田県出身)

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▲昭和20年5月25日米駆逐艦バトラー(USS Butler)に特攻機が突入、乗組員9名死亡。
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▲▼突入の際に海に放り出され、米駆逐艦バトラー(USS Butler)に救助された特攻隊員。
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▲▼突入の際に海に放り出され、米駆逐艦バトラー(USS Butler)に救助された特攻隊員。
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▲傷の手当を受けている。
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▲5/25は海軍は、(菊水白菊隊/徳島白菊隊/第10銀河隊/神雷部隊/第3正統隊)が出撃。
 陸軍は(56振武隊/57振武隊/58振武隊/60振武隊/61振武隊/66振武隊/70振武隊/78振武隊/105振武隊/433振武隊)
 が出撃しているが、天候不良の為、大部分の部隊が基地へ引返している。
 写真に残るお2人がどなたかは解らないが、とにかく無事で良かったと思う。ご苦労様でした。

神風特別攻撃隊「菊水白菊隊」昭和20年5月27日 鹿屋基地より練習機「白菊」で出撃
(高知空)
18:01[操縦]川田 茂中尉(北海道出身)/[偵察]増田幸男1飛曹(宮崎県出身)
18:32[操縦]市原重雄上飛曹(神奈川県出身)/[偵察]縄野恭平中尉(東京都出身)
18:32[操縦]佐藤新四郎1飛曹(宮城県出身)/[偵察]安藤 広2飛曹(静岡県出身)
18:34[操縦]牧ノ内幸雄少尉(東京都出身)/[偵察]後藤春夫2飛曹(熊本県出身)
18:42[操縦]横山誠雄2飛曹(大阪府出身)/[偵察]橋本隆夫1飛曹(大阪府出身)
18:42[操縦]今野作蔵1飛曹(宮城県出身)/[偵察]島田常次2飛曹(宮崎県出身)
18:45[操縦]畠中政人2飛曹(広島県出身)/[偵察]渡世 保少尉(東京都出身)
18:46[操縦]岩崎鉄也少尉(兵庫県出身)/[偵察]河本茂男2飛曹(山口県出身)
18:47[操縦]篠部克巳少尉(兵庫県出身)/[偵察]木藤静雄2飛曹(佐賀県出身)
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▲神風特別攻撃隊「菊水白菊隊」

※神風特別攻撃隊「第2白菊隊」昭和20年5月27日 串良基地より練習機「白菊」で出撃
(徳島空)
20:40[操縦]中尾照雄2飛曹(兵庫県出身)/[偵察]安達昭二2飛曹(静岡県出身)
20:52[操縦]荒木圭亮少尉(京都府出身)/[偵察]井上健吉少尉(福岡県出身)
21:00[操縦]佐藤四郎少尉(宮城県出身)/[偵察]市野義春少尉(愛媛県出身)
21:05[操縦]井尻登良一2飛曹(京都府出身)/[偵察]岩崎正男1飛曹(埼玉県出身)
21:10[操縦]石井正行2飛曹(広島県出身)/[偵察]稲子多喜男1飛曹(鹿児島県出身)
21:20[操縦]田中正喜中尉(東京都出身)/[偵察]中野喜弘少尉(茨城県出身)
21:20[操縦]帯川文男2飛曹(長野県出身)/[偵察]能勢寛治少尉(大阪府出身)
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▲神風特別攻撃隊「徳島第2白菊隊」

※神風特別攻撃隊「第3白菊隊」昭和20年5月29日 串良基地より練習機「白菊」で出撃
(徳島空)
19:13[操縦]北 光圓1飛曹(熊本県出身)/[偵察]為広二見2飛曹(香川県出身)
19:14[操縦]上村早苗2飛曹(福岡県出身)/[偵察]三宅 四郎2飛曹(兵庫県出身)
19:15[操縦]山岸純一2飛曹(新潟県出身)/[偵察] 
19:19[操縦]門田善次2飛曹(高知県出身)/[偵察]滝本幸一2飛曹(和歌山県出身)
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▲練習機「白菊」低速の練習機に250キロ爆弾を2発も搭載した為、80~90ノットしか出なかった。手前の白菊は
 昭和20年5月29日徳島第3白菊隊の北光円1飛曹、為広二見2飛曹の搭乗機として串良を出撃、沖縄の海に散る。
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▲練習機「白菊」速力は最大でも120ノットと極端に遅い為、昼間の攻撃は不可能と判断され、夜明け前に突入する
 戦法がとられた。出撃は全て夜半であった。(夜間に出撃した「特攻機」は白菊と水上偵察機のみである)

※神風特別攻撃隊「第4正統隊」昭和20年6月3日 第2国分基地より99艦上爆撃機3機で出撃
(沖縄周辺艦船攻撃)
[操縦]鳥山政幸上飛曹(埼玉県出身)/[偵察]関島 進中尉(長野県出身)
[操縦]前山富士生少尉(神奈川県出身)/[偵察]南里 勇1飛曹(佐賀県出身)
[操縦]野津 誠少尉(東京都出身)/[偵察]服部英明1飛曹(岐阜県出身)

※神風特別攻撃隊「第21大義隊」昭和20年6月7日 石垣島基地より零戦で出撃
(宮古島東方機動部隊攻撃)
橋爪 和美1飛曹(和歌山県出身)/柳原 定夫2飛曹(北海道出身)

※神風特別攻撃隊「第4白菊隊」昭和20年6月21日 串良基地より練習機「白菊」で出撃
(徳島空)
19:27[操縦]大住博也上飛曹(富山県出身)/[偵察]萩原満三少尉(鹿児島県出身)
19:29[操縦]井上国平中尉(神奈川県出身)/[偵察]末次直輔少尉(東京都出身)
19:30[操縦]北脇博夫中尉(滋賀県出身)/[偵察]水無瀬勇少尉(高知県出身)

神風特別攻撃隊「菊水第2白菊隊」昭和20年6月21日 鹿屋基地より練習機「白菊」で出撃
(高知空)
19:00[操縦]針生房吉中尉(宮城県出身)/[偵察]河野直義2飛曹(岐阜県出身)
19:05[操縦]藤本利雄2飛曹(大阪府出身)/[偵察]掛川諒一2飛曹(長野県出身)
19:16[操縦]井上幸胤中尉(大阪府出身)/[偵察]有賀康男1飛曹(長野県出身)
19:22[操縦]粟倉一雄2飛曹(静岡県出身)/[偵察]佐久間潔上飛曹(香川県出身)
19:30[操縦]古賀一義中尉(福岡県出身)/[偵察]宮沢茂雄1飛曹(東京都出身)
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▲米駆逐艦バリー (USS Barry)
 バリーは5月28日に慶良間諸島の泊地に曳航されたが被害の規模は大きく、復旧は割に合わないと判断された。
 バリーは部品取りとなり、再利用可能な部品は他の艦艇に転用される事となった。1か月後の昭和20年6月21日、
 バリーは除籍された。この日もまた、日本軍は菊水十号作戦を発動して神風を送り込んできたが、投入される機
 も人材も沖縄戦の末期にあたる頃からはほとんど払底した感じとなり、機材面では菊水七号作戦からは、練習機
 「白菊」が投入されるようになるという一種の末期的症状を呈していた。人材面も長時間の飛行に慣れる間もな
 く戦場に送り込まれ、レーダーピケット艦あたりが最初に見えてくるととりあえず突入するという有様であった。
 アメリカ側も神風のレベル低下を既に承知しており、菊水十号作戦に際しては囮作戦を仕掛けることとなった。
 バリーは中型揚陸艦 LSM-59 に護衛されて慶良間の泊地から引き出され、海上に向かった。
 間もなく6機の「白菊」が出現し、バリーとLSM-59に命中。LSM-59は沈没し、バリーは1日保ったが6/22沈没。
 バリーが沈んだ6/22、沖縄の日本軍最高司令官牛島満陸軍中将と参謀長の長勇陸軍中将は摩文仁丘の洞窟で共に
 切腹し、自決。沖縄戦は終結し、菊水作戦もこの6月22日をもって終了した。

第10回神雷桜花特別攻撃隊昭和20年6月22日 鹿屋より出撃(桜花7機、一式陸攻7機)戦果無し
※一式陸攻1機、米軍機の攻撃を受けながらも桜花を切り離して喜界島に胴体着陸。
 その時の様子を一式陸攻の操縦士だった長浜敏行さんが語っておられます「特攻隊員が語る戦争の記憶」YouTube
[桜花]
藤崎俊英中尉(千葉県出身)/堀江眞上飛曹(秋田県出身)/山崎三夫上飛曹(福岡県出身)
片桐清美1飛曹(福岡県出身)
[陸攻]
伊藤正一中尉(宮城県出身)/稲ヶ瀬隆治中尉(和歌山県出身)/根本次男中尉(福島県出身)
三浦北太郎中尉(岩手県出身)/千葉芳雄上飛曹(宮城県出身)/岡本繁上飛曹(石川県出身)
樫原一一上飛曹(香川県出身)/立川徳治上飛曹(大阪府出身)/山下幸信上飛曹(香川県出身)
鳥居義男上飛曹(愛媛県出身)/南藤憲上飛曹(宮崎県出身)/佐藤貞志1飛曹(福島県出身)
飛鷹義夫1飛曹(熊本県出身)/樋口武夫1飛曹(佐賀県出身)/土井惟三1飛曹(広島県出身)
木村茂1飛曹(愛媛県出身)/三木淑男1飛曹(和歌山県出身)/武田廣吉1飛曹(岩手県出身)
中島佐吉1整曹(群馬県出身)/村山省策1整曹(北海道出身)/藤木政戸2飛曹(群馬県出身)
杉田龍馬2飛曹(香川県出身)/牛濱重則2飛曹(鹿児島県出身)/但木正飛長(宮城県出身)
明神福徳飛長(高知県出身)/大熊賢飛長(岡山県出身)/北村義明飛長(神奈川県出身)
坂本吉一飛長(東京都出身)

第1神雷爆戦隊昭和20年6月22日 鹿屋より出撃(零戦7機)
川口光男中尉(三重県出身)/高橋英生中尉(大分県出身)/伊藤祥夫少尉(大分県出身)
石塚隆三少尉(茨城県出身)/河晴彦少尉(福井県出身)/溝口幸次郎少尉(静岡県出身)/金子照男少尉(埼玉県出身)

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▲昭和20年6月22日特攻機が沖縄周辺で活動中の米軍上陸用舟艇に突入、炎上している写真。

※神風特別攻撃隊「徳島第5白菊隊」昭和20年6月25日 串良基地より練習機「白菊」で出撃
(徳島空)
19:22[操縦]高沢啓次1飛曹(富山県出身)/[偵察]前野博之2飛曹(兵庫県出身)
19:37[操縦]木塚梅夫2飛曹(佐賀県出身)/[偵察]岡田 清少尉(山口県出身)
20:05[操縦]今西登志男2飛曹(大阪府出身)/[偵察]緒方秀一1飛曹(熊本県出身)
20:08[操縦]菅野繁蔵上飛曹(福島県出身)/[偵察]沢原昭夫2飛曹(愛媛県出身)
20:12[操縦]山口清三郎2飛曹(新潟県出身)/[偵察]三浦猛輝少尉(鹿児島県出身)

神風特別攻撃隊「菊水第3白菊隊」昭和20年6月26日 鹿屋基地より練習機「白菊」で出撃
(高知空)
20:00[操縦]春木 茂1飛曹(愛知県出身)/[偵察]岩下 武2飛曹(神奈川県出身)

※神風特別攻撃隊「第7御盾隊」第1次流星隊 昭和20年7月25日 木更津基地より「流星」で出撃
(大王崎南東方機動部隊攻撃)
[操縦]向島重徳飛曹長(長崎県出身)/[偵察]森 正一大尉(東京都出身)
[操縦]関口洋上飛曹(大分県出身)/[偵察]小澤長三郎中尉(茨城県出身)
[操縦]石川泰三上飛曹(滋賀県出身)/[偵察]郡田英男中尉(埼玉県出身)
[操縦]本田只美1飛曹(香川県出身)/[偵察]斎藤七郎上飛曹(静岡県出身)
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▲海軍新鋭艦上攻撃機「流星」をも特攻に投入するも時既に遅し・・・。

※神風特別攻撃隊「第3龍虎隊」 昭和20年7月29日 宮古島基地より「93式中間操縦練習機」で出撃
三村弘上飛曹(岡山県出身)/庵民男1飛曹(鹿児島県出身)/川平誠1飛曹(静岡県出身)
近藤清忠1飛曹(長野県出身)/原優1飛曹(長野県出身)/松田昇三1飛曹(東京都出身)

※神風特別攻撃隊「第3龍虎隊」 昭和20年7月30日 宮古島基地より「93式中間操縦練習機」で出撃
佐原正二郎1飛曹(静岡県出身)

※昭和20年8月6日(米軍、広島原爆投下)
※昭和20年8月9日(米軍、長崎原爆投下)
※昭和20年8月9日長崎へ向かう原爆搭載B-29に対し築城基地より零戦10機が築城基地より緊急発進。
 天雷特別攻撃隊白虎隊出撃。加藤正治1飛曹/内藤宏上飛曹(築城海軍航空隊)
 天雷特別攻撃隊白虎隊とは零戦52型に3号250キロ爆弾を装備してB-29の大編隊の前方50-60度の角度から侵入し、
 1番機をかわした時にボタンを押して爆発することで直径250-300m範囲でダメージを与える空中特攻である。
 「海軍築城基地(ついききち)福岡県築上郡築上町」

※神風特別攻撃隊「第7御盾隊」第2次流星隊 昭和20年8月9日 木更津基地より「流星」で出撃
(金華山沖機動部隊攻撃)
[操縦]茨木松夫中尉(鹿児島県出身)/[偵察]田中喜芳上飛曹(香川県出身)
[操縦]島田栄助上飛曹(東京都出身)/[偵察]笹沼正雄中尉(宮崎県出身)
[操縦]曽我部譲上飛曹(愛媛県出身)/[偵察]野邊貞助1飛曹 (宮崎県出身)
[操縦]林  憲正中尉(愛媛県出身)/[偵察]横塚新一上飛曹(東京都出身)
[操縦]高須孝四郎1飛曹(愛知県出身)/[偵察]小松文男1飛曹(秋田県出身)
[操縦]拵 和夫1飛曹(鹿児島県出身)/[偵察]吉野賢示1飛曹(静岡県出身)
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▲8/9 14:55米空母ワスプ(USS Wasp)に突入する「第7御楯隊」第2次流星隊の「流星」
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▲海軍艦上攻撃機「流星」

※神風特別攻撃隊「第4御盾隊」昭和20年(1945)8月9日 百里原基地より「彗星」で出撃
 (犬吠埼東方機動部隊攻撃)
[操縦]田中幸二中尉(大阪府出身)/[偵察]萬善東一1飛曹(鹿児島県出身)
[操縦]板橋泰夫上飛曹(福島県出身)/[偵察]北村久吉中尉(三重県出身)
[操縦]遠山明上飛曹(香川県出身)/[偵察]渋谷文男2飛曹(神奈川県出身)
[操縦]榊原 靖中尉(愛媛県出身)/[偵察]岩部敬次郎1飛曹(佐賀県出身)
[操縦]原島久仁信上飛曹(福岡県出身)/[偵察]原田敏夫1飛曹(神奈川県出身)
[操縦]遠藤良三上飛曹(静岡県出身)/[偵察]増岡輝彦1飛曹(福岡県出身)
[操縦]廣島忠夫1飛曹(福岡県出身)/[偵察]
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▲海軍艦上爆撃機「彗星」

※第931海軍航空隊「攻撃第251飛行隊」 昭和20年8月12日 串良基地より艦上攻撃機「天山」4機で出撃
米戦艦ペンシルベニアが、夜間雷撃隊による夜間雷撃を受ける。
出撃機4機のうちの1機が発射した航空魚雷1本が艦尾付近に命中、浸水・大破した。

※神風特別攻撃隊「第7御盾隊」第3次流星隊 昭和20年8月13日木更津基地より「流星」で出撃
(犬吠埼沖機動部隊攻撃)
[操縦]酒向公二1飛曹(岐阜県出身)/[偵察]元 八郎中尉(石川県出身)
[操縦]上大迫克巳中尉(鹿児島県出身)/[偵察]西森良臣上飛曹(高知県出身)
[操縦]弘寺富士人上飛曹(広島県出身)/[偵察]砂川啓英中尉(沖縄県出身)
[操縦]田中憲一1飛曹(福岡県出身)/[偵察]山中 誠少尉(茨城県出身)

※神風特別攻撃隊「第4御盾隊」昭和20年(1945)8月13日 百里原基地より「彗星」で出撃
 (犬吠埼東方機動部隊攻撃)
[操縦]小城亞細亞中尉(東京都出身)/[偵察]森 保上飛曹(京都府出身)
[操縦]平野 亨中尉(埼玉県出身)/[偵察]加藤康夫2飛曹(神奈川県出身)
[操縦]三橋 栄治中尉(神奈川県出身)/[偵察]今井 勲1飛曹(千葉県出身)
[操縦]武内良之1飛曹(栃木県出身)/[偵察]生津賢裕1飛曹(福岡県出身)

※第2神雷爆戦隊昭和20年8月13日喜界島基地より出撃(零戦2機)
(沖縄周辺艦船攻撃)
岡嶋四郎中尉(千葉県出身)/星野 實1飛曹(京都府出身)
米攻撃輸送艦ラグランジに特攻機が突入、大破。21名戦死89名負傷
輸送艦ラグランジは特攻による最後の損傷艦、沖縄への航空特攻が終結。
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▲開戦時は無敵だったゼロ戦も戦争末期にはもはや老兵であった。

※神風特別攻撃隊「第4御盾隊」昭和20年8月15日 百里原基地より「彗星」8機で出撃「終戦(敗戦)日」
 (金華山沖機動部隊攻撃)
[操縦]谷山春男中尉(兵庫県出身)/[偵察]田島平三1飛曹(群馬県出身)
[操縦]田上初治1飛曹(兵庫県出身)/[偵察]田中 喬1飛曹(福岡県出身)
[操縦]藤本 嶺1飛曹(山口県出身)/[偵察]新井唯夫2飛曹(静岡県出身)
[操縦]岩谷樺王上飛曹(青森県出身)/[偵察]溝口和彦1飛曹(佐賀県出身)
[操縦]永田與四雄1飛曹(長崎県出身)/[偵察]矢上 保1飛曹(鹿児島県出身)
[操縦]川合壽一上飛曹(岐阜県出身)/[偵察]水上潤一中尉(石川県出身)
[操縦]山本好人上飛曹(佐賀県出身)/[偵察]勝原通利中尉(福岡県出身)
[操縦]弘光正治1飛曹(高知県出身)/[偵察]泉川 白2飛曹(香川県出身)

米軍戦闘記録によれば13:30空母ヨークタウンの防空戦闘機によって最後に撃墜された特攻機は百里原基地を出撃
した「彗星」弘光正治1飛曹(高知県出身)/泉川 白2飛曹(香川県出身)であった。
正午の天皇玉音放送後に突入した事になる。
なお、8/15に出撃した「第4御盾隊」8機「第7御盾隊」1機は全て撃墜されている。

※神風特別攻撃隊「第7御盾隊」第3次流星隊 昭和20年8月15日 木更津基地より「流星改」で出撃「終戦(敗戦)日」
(勝浦南東機動部隊攻撃)
[操縦]縄田准二1飛曹(福岡県出身)/[偵察]中内 理1飛曹(高知県出身)※日本軍最後の特攻隊とされている。
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▲海軍艦上爆撃機「流星」
※第4次丹作戦として「第5御盾隊」が編成されるが実施前に終戦を迎えた。

昭和20年(1945)8月15(16)日「宇垣特攻」 大分基地より「彗星」11機で出撃「終戦(敗戦)後16日」
※「宇垣長官の出撃が16日であることは大分では誰でも知ってる」と話す人が居る様だ。
 これを裏付ける様に、豊の国宇佐市塾発行の「宇佐航空隊の世界」に、中津留大尉が宇佐航空隊
 で教官をされていた当時の話や、8月16日に沖縄に向かって出撃した事が記されている。
 当事の関係者は、命令に従って突入した隊員を「戦死」と認めさせる為、8月15日突入として発表し
 たものと思われる。

山本五十六司令長官搭乗の一式陸攻がブーゲンビル島上空で撃墜された時、別の一式陸攻でからくも助かった宇垣纏中
将は「自分もいずれは後を追う」と心に決めていたのだろう。昭和20年(1945)8月15日早朝、宇垣 纏中将は自ら最後
の特攻を行うべく艦上爆撃機彗星を5機用意するように部下の中津留達雄大尉に命じる。
正午、天皇陛下の玉音放送を聴くも決意は変わらず「戦藻録」最後のページを書き終えた後、自ら中津留大尉の操縦す
る彗星に座乗し、合計11機で沖縄沖に向かって大分基地から離陸する。
写真では軍服の中将の階級を示す襟章が外されていた(高官が死地に赴く時には、階級を示す物を外す習慣があった為)
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▲出撃前に撮影された宇垣 纏中将
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▲「宇垣特攻」に使用されたのは彗星43型
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▲彗星に乗り込んだ宇垣中将、左から中津留達雄大尉/遠藤秋章飛曹長/宇垣 纏中将
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▲中津留達雄大尉
夕刻、沖縄県伊平屋島海岸付近に米軍が張っていたテントのすぐ近くに、1機の彗星が墜落した。中からは操縦士と思わ
れる若い将兵1人の他に、飛行服ではなく、階級章のない第三種軍装を着た壮年1人の遺体が収容された。
出撃前の写真から判断して、これが宇垣の乗っていた彗星だった可能性が高い。しかし墜落状況は、動くことも反撃する
事もない目標を前にしてわざわざ特攻を行わなかったようにも見え、操縦していた中津留大尉が停戦命令を死守すべく意
図的にテントを避けたとする説や、特攻の意味が無くなったと思い山本五十六の短刀で自決したとする説もある。
但し、これらの遺体が宇垣たちであると日本側によって公式に確認されたわけではない為、正確な死亡場所は現在も不明
とされ「敵艦に突入した」と説明する資料も存在する。
出撃した彗星の通信記録が残っている様だ。
18:30磯村堅少尉機より「敵水上部隊見ユ」という電文が入電、その後すぐに「突入」という無電が入る。
19:24宇垣中将搭乗機より宇垣中将の決別電が入り、20:25「ワレ奇襲に成功ス」との入電が入っている。
他の機からも突入電が入っているが、11機の中で突入と認められたのは、宇垣中将搭乗の中都留機、伊藤機、北見機、
池田機、内海機、磯村機、中島機、吉田機の8機とされている。残る3機の内2機はエンジン故障の為鹿児島県内に不時着。
最後の1機は沖縄上空まで到達したが、敵艦船を発見できず陸上部隊に爆弾を投下した後、燃料不足で不時着したと言う
この記録は当日7機の特攻機がアメリカ艦隊の艦船に向かって突入してきたというアメリカ側の無線を、日本側が傍受して
いるとの事で信憑性はあるかと思われる。
宇垣 纏中将は、ポツダム宣言受諾後に正式な命令もなく特攻を行った為、戦死とは見做されず大将昇級は無い。
むしろ、停戦命令後の理由なき戦闘行為を禁じた海軍刑法第三十一条に抵触していたのではないかとする意見が多い。
(但し、玉音放送を正式な「停戦命令」と解釈できるかどうかを巡って見解が分かれている。例えば秦郁彦は8/16、16時
に発せられた大陸命第1382号および大海令第48号を正式な停戦命令としている)
また、玉音放送後の出撃でいたずらに兵を犠牲にしたとして、遺族の非難を浴びる事にもなった。
連合艦隊司令長官小沢治三郎は、「自決するなら1人でやれ、若者を巻き込むな」と激怒したと言う。
「特攻の生みの親」大西瀧治郎中将の様に自決は1人でも出来る為、これは弁明にはならないとも思われる。
弁明を入れるなら、特攻作戦に関与した海軍中枢部の将官クラスで、「オレも後から必ず行く(死ぬ事)」と言ってそれ
を実行したのは、宇垣と大西瀧治郎中将だけである。
玉音放送後の宇垣 纏中将の心理状況については、なお検討する余地はあるかもしれない。
上記の問題点により戦死者(あるいは殉難者)とは認められず、現在靖国神社には合祀されていない。
尚、この部隊の指揮を取った中津留大尉の父親は、戦後或る作家のインタビューに対し「何故宇垣中将は息子を連れて行っ
たのでしょう」と歯を食いしばりながら答えたと言う。その後中津留大尉の遺族によれば、晩年の父親は宇垣の行為を「仕
方のない事」として受け入れる心境に達していたと言う。(NHK 城山三郎追悼特集より)
既に戦争は終わり、天皇の玉音放送もあり、海軍総隊から戦闘停止の命令が出ていたにも拘わらず、部下に特攻機の準備を
命じ、これから日本の再建の為にがんばってもらうべき若者を道連れに出撃・・・。
もし成功していたら停戦協定違反に怒った米軍の報復爆撃で死ななくてもいい日本人が更に沢山死んでいた事だろう。
(米軍の記録では8月15日の沖縄方面の特攻攻撃で輸送船(艦)1隻が被害を受けたとの記録があるそうだ)
隊長の中津留大尉は若妻と生まれたばかりの子供を残しての出撃だった。中津留大尉は1人息子で、父親は「海軍は息子を
返してくれ」と泣いたと言う。この様に宇垣 纏中将の道連れになって16名の若者が終戦後に無駄死にした。
[操縦]中津留達雄大尉(海兵70期)/[偵察]遠藤秋章飛曹長(乙飛9期)/宇垣 纏中将
[操縦]伊東幸彦中尉(海兵73期)[偵察]大木正夫上飛曹(乙飛17期)※親族女性(吉田さん)が調査中
[操縦]山川代夫上飛曹(丙飛 )/[偵察]北見武雄中尉(海兵73期)
[操縦]池田武徳中尉(学生13期)/[偵察]山田勇夫上飛曹(甲飛11期)
[操縦]渡辺操上飛曹(甲飛11期)/[偵察]内海進中尉(学生13期)
[操縦]後藤高男上飛曹(丙飛 )/[偵察]磯村堅少尉(生徒1期)伊平屋島の砂地に突入、爆発炎上
[操縦]松永茂男2飛曹(特乙1期)/[偵察]中島英雄1飛曹(乙飛18期)
[操縦]藤崎孝良1飛曹(丙飛 )/[偵察]吉田利一1飛曹(乙飛18期)
[操縦]前田又男1飛曹(丙飛 )/[偵察]川野良介中尉(学生13期)不時着
[操縦]川野和一1飛曹(乙飛18期)/[偵察]日高保1飛曹(乙飛18期)不時着
[操縦]二村治和1飛曹(甲飛12期愛知県出身)/[偵察]栗原浩一2飛曹(甲飛13期)不時着
「最後の特攻出撃」に参加されて生還された二村治和 元1飛曹の証言  
私は谷田部航空隊で赤トンボをやり、宇佐航空隊で96艦爆と99艦爆の操縦教育を受けた。この時の分隊長
兼教官が、「宇垣特攻」の指揮官として出撃した中津留大尉である。
海上自衛隊鹿屋基地の資料館にその遺影が飾られている。 ふっくらとした温顔の士官で、私は特に可愛がっても
らった。最後の出撃に際して、私を2番機につけてくれたのである。
昭和19年11月、飛練を卒業した私は明治基地の210空に赴任した。ここで、彗星艦爆(33型)の操縦員として錬成
訓練を開始した。実家から近かったので、訓練飛行のたびに我が家が無事かどうか確認することができた。
鹿児島県の国分基地に進出したのは、昭和20年3月末である。中津留大尉も少し遅れてやってきた。
出撃の機会は2回あったが一度は中止、1度は屋久島の上空まで進出した時、「引き返せ」の命令を受けた。
6月に再編成のため、美保基地まで後退した。私物はほとんど国分基地に残したままである。後輩甲飛13期生出身の
栗原浩一2飛曹とペアを組んで、近くの隠岐島~米子基地~美保基地のコースを飛んで訓練を行っていた。
7月始めごろ、中津留大尉に率いられて大分基地へ向かった。大分基地上空に着いたのは夕方5時頃であった。
着陸寸前のことである、前方の1番機がいきなり機首を起こして急上昇していくのが見えた。私もハッと気づいて急上昇
して離脱した。全く突然という感じで、グラマンF6Fに襲撃されたのである。
私は目の隅で3番機が別府湾に落ちていくのを見た。
耶馬渓の上空まで退避し、時間を見計らって引き返した。敵機は引き揚げたらしく、ようやく着陸することができた。
その後も頻繁に空襲を受けた。そのため、飛行機は掩体壕に隠したまま温存された。飛行訓練は止むなく中断して待機
する日々が続いた。8月14日の夜、珍しく中津留大尉が下士官宿舎に一升瓶を下げてやってきた。
「今夜はひとつ、皆であるだけの酒を飲んでしまおうや……、貴様たちも取っておきを出さないか」
大尉からそんなことを言われるのは初めての事である。一斉に歓声を上げながらそれぞれ秘蔵の酒を持ち出し、20名程
が車座になって酒盛りを始めた。大尉は酒には滅法強い、いくら飲んでも酔った様子はなくニコニコ笑っていた。
私は酔い潰れて、いつ寝たの か全く覚えていない。
「出撃命令だぞ」と、揺り起こされた時は既に午前9時を過ぎていた。素早く飛行服を着込んで、宿舎まで迎えに来た
トラックに乗り込んだ。「これは特攻だ!ついに来るべきものが来た」と、私は感じた。トラックが飛行場に向かう途中、
積んであった陣太鼓を打ち続けた。心の昂ぶりを押さえかねて撥を叩きつけた。
海軍橋の袂で道路作業をやっていた、甲飛の後輩たちが、「先輩、頼みまーす!」と、トラックを追いかけ、涙を溜めて
口々に大声をかけてきたのを覚えている。
飛行場には10時ごろ着いた。「搭乗割」の黒板を見ると、2番機に私の名前があった。
中津留隊長機に続く2番機の指定である。私は少なからぬ感激と優越感をおぼえた。12時出撃とのことで待機していたが、
そのうち出撃命令はなぜか解除され、「そのまま待機せよ」と指示された。私たちは指揮所に近い裏川の土手の上に行って
昼飯の赤飯の缶詰とパイ缶を食べた。
私達は正午に、天皇陛下の重大放送があった事については何も聞かされなかった。
午後何時頃だったか覚えていないが「沖縄に特攻をかける」との命令がきた。「搭乗割」から洩れていた連中が、同行させ
てくれと騒ぎだした。黒板を蹴倒したり、男泣きしながら隊長に詰め寄るさまを、私は選ばれた者の一種の優越感をもって
眺めていた。▼宇垣特攻出陣式の様子。
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「爆弾を80番に変更せよ」との指示で、積み替えを実施したが、弾倉に入りきらず半ばはみ出したまま装着した。
「ガソリンも半分抜き取れ」との指示もでた。(実際は満タンで出撃した)
午後4時、我々22名は2列横隊で指揮所前に整列した。私は右から3番目に並 んだ。日の丸の鉢巻の裾を長く背中に垂らし
て次の命令を待っていた。やがて黒塗りの乗用車が3台近づいてきた。私は内心驚いた。
高官たちが揃って見送りにくるなんて初めての事である。
更に第5航空艦隊司令長官の訓示があると告げられた時は耳を疑った。
第三種軍装の宇垣中将が折り畳み椅子の上に立ち、
「本職先頭にたって、今から沖縄の米艦艇に最後の殴り込みをかける。一億総決起の模範として死のう!」
と言われ、山本五十六元帥から戴いた短剣をぐっと前に突き出された。
われわれも一斉に、「ワーッ」と歓声を上げ右の拳を突き上げた。続いて中津留大尉が「降爆してから一旦機を引き起こし、
そのあと空身で突っ込め」と指示された。
1番機の操縦は中津留大尉、その後席に宇垣中将と遠藤飛曹長が乗り込んだ。
▼彗星は2人乗りの為、ドラム缶を機内に入れ、そこに遠藤飛曹長が座った。
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1番機に続いて2番機の私も離陸、初めて積んだ800キロ爆弾の重さで、1000メートルの滑走路を一杯に使ってようやく
海面スレスレに浮上した。
別府湾や青い山々を見下ろして、これが祖国の見納めかと感慨にふけりながら、隊長機に従い阿蘇山を越えて九州を横断し
東支那海を南下するコースをとった。高度4、500メートル八代海を抜けた付近でプロペラピッチを2速に切り替えた。
途端に《ガタガタガタッ》と振動がきた。みるみるうちにブースト計、油圧計、回転計の針がゼロを指してしまった。
手動ポンプをついてみたが回復せず、ついにプロペラも止まってしまった。
「どこら辺だ! 甑島辺りか!」「よく分かりません……」「馬鹿やろう!」
と怒鳴り返したが、もう隊長機を見失ってしまった。とにかく不時着するしかない。高度1500メートルで爆弾を捨てた。
海に降りて鱶の餌食になるのは御免である。海岸を目指したがとても無理な距離である。
「不時着するぞー」と後ろに叫んだのと、左翼端が海面を叩いたのが同時であった。機はクルクルット激しく一回転して浮
かび逆立ちは免れた。風防を押し開け、栗原と一緒に海に飛び込んで海岸目指して泳いだ。
泳ぎ着いて分かったのだが、そこは鹿児島県の西方であった。
昭和59年、私は39年前に泳ぎ着いた砂浜を再び踏み締めた。そこは私の第一の人生を締めくくり、第二の人生の第一歩を
踏み出した美しい砂浜、西方海岸である。当時19歳であった。
「白菊特攻隊」第二部 かえらざる翼  二村治和 (光人社刊)より。

昭和20年8月15日正午 天皇玉音放送終戦(敗戦)
昭和20年8月16日神風特別攻撃隊の創始者大西瀧治郎中将自決
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▲(右)大西瀧治郎中将享年55歳 (左)門司親徳大尉(副官 当時26歳/平成20年死去 享年91歳)
8/16渋谷南平台町の官舎にて大西中将は遺書を残し割腹自決した。午前2時から3時ごろ腹を十字に切り頸と胸を刺したが
生きていた。官舎の使用人が発見し、多田武雄次官が軍医を連れて前田副官、児玉誉士夫も急行した。
熱海にいた矢次一夫も駆けつけたが昼過ぎになった。大西は軍医に「生きるようにはしてくれるな」と言い、児玉に「貴様
がくれた刀が切れぬばかりにまた会えた。全てはその遺書に書いてある。厚木の小園に軽挙妄動は慎めと大西が言っていた
と伝えてくれ。」と話した。児玉も自決しようとすると大西は「馬鹿もん、貴様が死んで糞の役に立つか。若いもんは生き
るんだよ。生きて新しい日本を作れ。」といさめた。遺書は5通あったとされる。
「特攻隊の英霊に曰す」で始まる遺書は、自らの死を以て旧部下の英霊とその遺族に謝すとし、また一般壮年に対して軽挙
妄動を慎み日本の復興、発展に尽くすよう諭した内容であった。
別紙には富岡定俊軍令部第一部長に当てた添え書きがあり「青年将兵指導上の一助ともならばご利用ありたし。」とあった。
妻淑恵(嘉子)に対する遺書には、全て淑恵の所信に一任すること、安逸をむさぼらず世のため人のため天寿を全くすること、
本家とは親睦保持すること、ただし必ずしも大西の家系から後継者を入れる必要はないこと、最後には「これでよし百万年の
仮寝かな」と辞世の句があった。他に多田、児玉、矢次に対しても遺書があった。
戦後特攻隊員の戦死者名簿には大西中将の名も刻まれた。

昭和20年8月18日「桜花」創案者の太田中尉、零戦に搭乗し自決未遂
昭和20年8月21日神雷部隊解散
[ 戦死者数 ](神雷部隊)桜花隊55名、一式陸攻隊365名、戦闘機隊10名 (建武隊)89名 (神雷爆戦隊)9名
      (神風特別攻撃隊)187名 (その他戦死・殉職者)114名 [合計]829名
昭和20年8月22日(小松基地)神雷部隊350名解散
昭和20年8月24日この日以降、占領軍により、日本国籍の航空機の飛行は全面禁止された。
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桜花」は一式陸上攻撃機に抱かれ、敵艦隊近くまで運ばれたが、その多くが母機もろとも撃墜された。
(桜花による撃沈戦果は駆逐艦1隻のみ)
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▼▲米軍に捕獲された桜花11型と桜花複座練習機
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▼横須賀で米軍に捕獲された「桜花11型」(米軍が撮影した当時の貴重なカラー写真)
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▼鹿屋航空基地史料館から少し離れた場所にある「桜花隊」の慰霊碑
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サクラ花~桜花最期の特攻~
▼誰も死にたい兵士など居るはずがありません。最前線で戦った全ての英霊に感謝したいと思います。
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▼史料館の敷地内には現役を退いた飛行機が多く展示してあり、大きさを実感出来ます。
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太平洋戦争末期に行われた特攻作戦では、特攻機は飛行機や人間爆弾・「桜花」だけではなく、人間魚雷「回天」
特攻ボート・「震洋」・「マルレ(陸軍)」があった。全ての特攻隊員に感謝の念を伝えたいと思います。
特攻隊肉声(遺された声 )

太平洋戦争中はゼロ戦搭乗員を経て海軍士官。特攻の始まりを現場で見届けた。
戦後群馬県多野郡上野村村長を10期連続で務め、日本航空123便墜落事故の際事故処理に尽力したことで知られる
黒澤丈夫さんの証言記録は是非ご覧頂きたいと思います。素晴らしい方だと思いました。
520名の命が失われた日本航空123便墜落事故も忘れてはいけない「ボイスレコーダー ジャンボ機墜落20年目の真実」



拙い駄文を最後までお目通し下さり有難うございます。
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名護~糸満までの戦跡を、ガイドブックに載らない戦跡も含め、3日~4日程度で巡るSP戦跡ツアーとなっております。
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事前に当ブログ「沖縄戦」をご覧頂くと、沖縄戦の大筋が、現存する戦跡を含めてご理解頂けると思います。
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お返事差し上げます。 pochetteevnara@gmail.com までお気軽にお問い合わせ下さい。

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 2016_03_21

Comments

Re: 凄いです。 

ご覧いただき有難うございます。そう言って頂けると有り難いです、今後とも宜しくお願いします。
EVNARA  URL   2016-06-22 12:58  

凄いです。 

凄いブログですね、本当に解り易い。最初から最後まで読み入ってしまいました。特攻作戦の流れがよく解りました。有難うございましたまた覗かせてもらいます。
名無  URL   2016-06-21 09:43  

Re: 有難う御座います、本当に良く此処まで、感謝申し上げます。 

Tony 様

いつもコメント有難うございます、応援励みになります。私も知らない事だらけですが出来る限り多くの方に知って頂きたいと思っています。今後とも宜しくお願いします。
EV奈良  URL   2016-03-29 10:13  

有難う御座います、本当に良く此処まで、感謝申し上げます。 

有難う御座います、本当に良く此処まで、私の知らない事ばかり、自らの不勉強を恥じます、[重松康弘大尉]が彼の上官とは、初めて知りました、[お母さんが自ら彼の元に]行かれたとは、皆に読んでほしいです、本当に此処までの初めてです、本当に有難うございました、本日が戦後防衛の転換点の日、何か感じる物が、素晴らしい物を有難う御座いました。
Tony  URL   2016-03-29 07:07  

有難う御座います 

素晴らしい、まさか「K作戦」まで、アメリカでは「K作戦}を日本の優秀な参謀が考えた、最も愚策の作戦、敵に手の内を晒し、いざと言う時に「フレンチフリゲート」を使えず、敗戦の要因の・・・、此処まで御教え頂き有難う御座います、「特攻第一号」が「兵学校出身者」にするような事をして、死んでからも差別を、ほんとうに汚い上層部です、有難う御座います、「鹿屋」に行きたいです。
Tony  URL   2016-03-17 18:44  

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今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
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pochetteevnara@gmail.com

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