楢本神社(関行男大尉)墓碑


ずっと行きたかった場所、愛媛県西条市にある楢本神社。
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ここには神風特別攻撃隊「敷島隊」隊長 関行男大尉の墓碑があります。
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「敷島隊」が突入した当時の新聞は朝刊1面で「身を捨てて国を救わんとする皇軍の精粋である」と報じた。
関大尉は命令を受けた際「ぜひ、私にやらせてください」と承諾したとされるが、 報道班員だった小野田政特派員は、
出撃を控えた関大尉とのやり取りを回想録「神風特攻隊出撃の日」の中でこう記す。
関は腹立たしげにこういった。『日本もおしまいだよ。ぼくのような優秀なパイロットを殺すなんて』
『ぼくは最愛のKAのために行くんだ。 命令とあらば止むをえない。ぼくは彼女を護るために死ぬんだ。
最愛の者のために死ぬ。どうだすばらしいだろう!』と。
関大尉は戦時中当時(昭和19年)新婚5カ月。KAは海軍用語で妻を指しその言葉からは苦渋に満ちた決断が伝わる。
特攻隊員が愛する者を守り、国の行く末を案じる気持ちが行動の芯であったのはまぎれもない事実だが、
美辞麗句で片付ける前に、生への執着を断ち切るまでの想像を絶する努力と決断があったことは想像に難くない。
ところが、軍神とあがめられた特攻隊員に対する賛美は敗戦とともに影を潜め、遺族を取り巻く環境も一変した。

関大尉の母サカエさんも敗戦後「軍神の母」からいつしか「戦争協力者の母」という批判を浴びせられる。
関大尉の奥様は再婚。母サカエさんの関家は訪れる人もなく、日々の生活にも事欠く様になり、衣類を闇米に代え、
草餅を作って売り歩いた。晩年は西条市の小学校に住み込みで働き、昭和28年11月還暦を前に亡くなり関家は断絶。
意識が混濁する床で、「行男の墓を建ててください」 とつぶやいて息を引きとったという。
昭和56年、ようやく神風特攻隊「敷島隊」関行男大尉(死後中佐)の慰霊碑を建立。
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戦後日本の世相は、国の為に散華した軍神に対して冷たいもので、永らく墓すら作らせなかったのである。
昭和54年「大東亜戦争・特攻記念館」が出来、しばらくは開館していた様だが、今回の訪問時、近くに住む友人に、
何とか見学出来ないものか?と頼み、管轄の市役所に問い合わせてもらったが、返答は「訪れる人が無く、長らく閉館
しているので、開けるのは難しい」との事で見学する事は叶わなかった。
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何と冷たい国だろう・・・楢本神社の宮司さんのご尊父は、かつて海軍兵学校で教官をされていたとの事で、五軍神の
遺品の収集や、慰霊祭で海上自衛隊の協賛をなさっているそうだ。折角に遅ればせながらも墓碑と特攻記念館が出来た
のに訪れる人がいないから閉館とは・・・・。国の為に命を捧げた英霊に感謝する気持ちを日本人は忘れてしまったの
だろうか・・・。日本は必ず良い方向にはいかない。そして日本人はいつまでたっても外圧が無ければ何も変わらない。
左翼も右翼も無い。最前線で戦ってくれた英霊は只々日本の為に戦ってくれた、悪い事など何もしていない。
日本の為に戦ってくれた英霊に対して感謝する気持ちは絶対忘れてはいけない。
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▼関大尉の墓碑を囲う様に置かれた250㌔爆弾型の石碑には「敷島隊」隊員の名が記されている。
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 2016_08_12

Comments

Re: ご苦労様です 

Tony 様

ほんとですよね、特攻記念館は現地到着後いきなりお願いした訳では無く、事前に希望申請してもらったんですけどね・・・。
この様な管理が日本の実態ですね、あの世で英霊達も怒っている事でしょう。慰霊碑の前でしっかりお祈りしてきました。
EVNARA  URL   2016-08-19 13:06  

ご苦労様です 

ご苦労様です、素晴らしいです、日本は本当にひどい国、せめて希望者には…、そんなこともできないの本は、お母さんの戦後も・・・、、お疲れ様でした。
Etsuo Tony Ooka  URL   2016-08-14 01:13  

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今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
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