三高山砲台跡

Category: 江田島  

[ 三高山砲台の歴史 ]
江田島市北西部に位置する三高山(標高401.8M)の北部には、ロシアとの国交が急を告げる明治31年2月を境に、
バルチック艦隊の入港を阻止する為、広島湾一帯の数か所の一つとして起工し、2年の歳月を費やして完成させた。
播州煉瓦といわれる特殊な薬焼の煉瓦で造られた幾つかの掩蔽部があり、ここには280ミリ榴弾砲6門、90ミリ速射
砲4門、90ミリ臼砲4門、弾薬庫4個、機械設備庫や大規模な巡回監視所、その他建物跡が残されている。
三高山砲台は総面積約6万坪(198000m2)あり、西日本最大規模とも伝えらえれ、近代土木技術を今に伝えている。
(案内版より)
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三高山へは車で登る事が出来る。砲台跡の側に駐車し、歩いて周る。まずは旧軍兵舎跡の方角へ。
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▲徒歩で砲台跡への道中、瀬戸内海の素晴らしい眺め。
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▲しばらく歩くと、立派な兵舎跡(掩蔽部)が見えてくる。
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▲▼この時代の要塞跡は何処も似たような造りだが、何度見ても素晴らしい・・・。
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何処の要塞でも構わないが、明治当時の姿で砲なども置き、完全復元して欲しいものだ。
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▼兵舎前には当時の赤煉瓦塀も残っている。
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▲掩蔽部と炊事場跡の隣には立派な火薬庫がある。
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▲多少リメイクされている様だがこの様な石造りの現存する火薬庫を初めて見た。
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▲▼中に自由に入る事が出来る。屋根と床は間違いなく復元されているが立派な建物だ。
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訪れる人も少ないのか落書きなども無く、非常に綺麗で静かだった。
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▲火薬庫裏のパノラマ展望台からの素晴らしい景色。
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▲兵舎跡横の階段を使って北部砲台跡に向かう。
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▲階段を登りきると砲台跡が並ぶジブリの世界・・・。
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▼兵舎跡と観測所へ続く階段。
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▼兵舎跡から登って来た階段方向をを振り返って撮影。
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▼短い階段を登ると観測所跡。
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▼再び階段を下りて次に向かう。
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▲三高山砲台は砲台跡が綺麗に残っている。
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▼赤印が現在地、三高山砲台は 小島(芸予要塞)によく似ている。
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一旦駐車場まで戻り、南部砲台跡に向かう。駐車場から歩いても数分だ。
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奥へ進んでいく。
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▲▼石敷の細い道を通らなくても済む様に直線的な道もあるのだが、あえて石敷の道を行く。
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▼トイレ跡の様な遺構。
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▼南部砲台跡が見えてきた。
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此処の兵舎跡はレンガ造りだ。
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階段を登ってみる。登り終えて下を撮影。
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▼立っているのは兵舎跡の丁度真上だ。
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▼奥を見渡すと素晴らしい陣地が築かれている。
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奥へ進んでいく
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▲此処には弾薬庫があった
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▲正規の道に降りて、来た方向を撮影
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▲弾薬庫の奥はほぼ直角に曲がって、砲台跡へと続いている。
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▲砲台跡。更にもう一つ弾薬庫が・・・、この陣地構築は大変だったであろう・・・。
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▲砲台跡から下り坂の半地下に築かれている。素晴らしい!
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▲何処も同じで中は何も無いのは解っていても覗き込んでしまう・・・。ゴミ一つ落ちてない極上物件!
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▲トイレ跡まで戻って来た。ここは分岐しているので行って無い方向へ行ったが特筆する遺構は無かった。

この後三高山砲台跡を後にし、沖美町の三高港に向かった。
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▲フェリーに車を乗せ、三高港→広島港へ。本土へと戻る
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さらば江田島、素晴らしい島だった。
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 2017_04_02

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今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
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