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オーストラリア戦争記念館(Part2)

Category: オーストラリア  

オーストラリア戦争記念館(Part1)からの続き。1939年(昭和14年)まで進み、やっと日本が展示に出だした。
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戦争が宣言されたと書いてある。第二次世界大戦の始まりだ。
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昭和14年は既に満州国が建国されていて、加えて日中戦争も続いていた頃だがナチスドイツの展示が多い。
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いきなり軽戦車の展示から始まった。戦車はイタリア軍??説明を見たが忘れた・・・
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軽四位の大きさでかなり小さ目だった。
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フェラーリを作っている国だけど兵器は大した事無いな・・・イタリアの工業製品ってあまり印象無いからね・・・。
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▲▼このBMW激シブ・・・ナチス時代の物とは言え、現在でもドイツ製品は世界中で高級品扱いだ。
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なんとも素晴らしい芸術品だ・・・。
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コレ欲しい!!
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当時エチオピアも含め、ムッソリーニ率いるイタリアの支配下にあったリビアの事だ・・・。
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1940年9月イタリア軍はエジプトのシディバラーニに侵攻。占拠する。しかしイギリス軍の反撃で一瞬でイタリア軍
は降伏・・・捕虜となったイタリア兵は約4万人とも言われる・・・その後ドイツ軍のイタリア支援攻撃でイギリスを
中心とする連合国軍は劣勢に立たされ、オーストラリア軍はリビアのトブルクに取り残されてしまう・・・数ヵ月の激
戦の後、撤退したのはドイツ軍だった。チャーチル首相はエジプトの前線に赴いて兵士達を激励している。

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自国が侵略された訳でもないのにオーストラリア軍はけっこう遠くまで戦争しに行ってるね・・・。
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ま、オーストラリア軍やらニュージーランド軍って言っても当時はイギリス軍の様なもんだけど・・・。
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ナチスドイツも、イギリスやオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカと戦って大変だっただろう・・・。
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リビアやエジプトにイタリア軍の支援に行かなければドイツ軍はどうなっていただろうか?結果は同じか・・・。
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▲▼2㎝FLAK38 ANTI-AIRCRAFTGUNというドイツ軍の兵器だ。流石ドイツ軍、造りが細かく丁寧だ。
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▲▼日米開戦まで日本軍も輸入していたシボレーの軍用トラックだ!カッコいい!!!
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Turning Pointと書いてあり、日本軍の南方進出の事が書いてある・・・。
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ここからは日本軍の事だな・・・全体的にはとにかく『日独伊の敗戦国が悪い』と言う事を言いたいコーナーだ。
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▲大柿部隊(近衛歩兵第5連隊第2大隊)の物
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マレーシア占領の事だ・・・この辺りに旭日旗の踏み絵があった様に聞いていたが、今は無かったので安心した。
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         日本陸軍の軍服だ。「1941年タイと中国で・・・」と書いてある。
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▲▼これはオーストラリア軍の兵器。
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        ▼出た!欧米人らしい表現の日本軍イラストだ!
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        ▲Australia under threat /オーストラリアは恐怖に晒された。と書いてある
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▲▼ガスマスクや日本軍爆撃機の模型。『日本軍のオーストラリア空襲に備え、女性達が消火訓練』といった話だ。
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オーストラリアでは「日本が攻めて来るぞ~!」って大騒ぎだったのであろう。
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「ラビの戦い」(Battle of Milne Bay)は、太平洋戦争中の1942年8月下旬~9月初旬に渡り、東部ニューギニア
のミルン湾ラビにおいて、日本軍とオーストラリア・アメリカ連合軍との間で行われた戦闘である。
連合軍が建設した飛行場に対し、日本軍が海軍陸戦隊を上陸させて占領を試みたが敗退した戦いの事だ。
豪軍を過小評価した日本軍は海軍陸戦隊のみで飛行場を占領しようとしたが、失敗して撤退に追い込まれた。

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▼▲ニューギニア島東端ミルン湾で行われた「ラビの戦い」で戦死した日本海軍陸戦隊将校の制服と千人針だ。
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名札からは「三小(隊)二分隊 中路利行」と読み取れる。肩から腕にかけて血痕が生々しく残っている・・・。
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以下は、あまり知られていない「ラビの戦い」での日本軍と連合軍の詳細である。
【日本軍地上部隊➡戦闘員約1600名、後方要員約360名】
呉第5特別陸戦隊(呉5特)主力 - 司令:林鉦次郎中佐、兵力612名と95式軽戦車2両
※連合軍側には戦車は無く、95式軽戦車2両は大きな脅威となった。
呉第3特別陸戦隊主力-司令:矢野実中佐、兵力576名
佐世保第5特別陸戦隊の一部 - 兵力228名(本隊353名は別に舟艇機動の予定も到達できず。)
横須賀第5特別陸戦隊主力 - 司令:安田義達大佐、兵力約200名
第10設営隊の一部 - 軍属362名
航空部隊 - 零戦約20機、99艦爆約10機がブナに展開。
※安田義達大佐は「ブナでの戦闘」で米国公刊戦史に世界第一の猛闘と記述されている日本軍人である。

【連合軍「ミルン・フォース」 - 司令官:シリル・クローズ豪陸軍少将 、総兵力約9000名
オーストラリア軍 - 戦闘員約6500名(内、歩兵約4500名)、後方要員約1000名
第7旅団 - 歩兵3個大隊
第18旅団 - 歩兵3個大隊
その他 - 民兵2個大隊、野砲1個中隊、高射1個中隊など
アメリカ軍 - 第709高射中隊および第43工兵連隊F中隊など(合計約1400名)
航空部隊 - 3個飛行中隊(P-40戦闘機約40機、ハドソン爆撃機若干)のほかポートモレスビーより支援。


▼シンガポール攻略戦におけるジョホール水道渡河作戦の参加部隊一覧を記した札。
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※鯉兵団とは日本陸軍第五師団の愛称。シンガポール攻略戦ではオーストラリア兵約15000名が捕虜となった。
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▲有名な「Yes No会談」 イギリス軍降伏の会談。日本軍側は山下奉文将軍、イギリス軍側はパーシバル中将だ。
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イギリス領マレーのクアラルンプールとシンガポール陥落か・・・最初は日本軍部隊も威勢が良かった。
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▼イギリス・スーパーマリン社の「スピットファイアMark ⅡA」
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エジプトのTel el Eisaと書いてある。イギリスの支配下だった当時のエジプトの事だ・・・。
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この標識は、El Alameinの北東にあるTel el Eisa(Jesus of Hillの為のアラビア語)の周りでの激しい戦いに従事
する軍隊の有名なランドマークと書いてある。Tel el Eisaは小さな駅の名前の様だ。

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▼スピットファイアはイギリス軍だけでなくオーストラリア軍にも供与され、ダーウィン防空や南太平洋で運用された。
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此のあたりの展示はドイツ軍との戦いが主だ。リビアやエジプト侵攻の立役者は、後にヒトラーに自決させられる事に
なるドイツ軍の英雄エルヴィン・ロンメル陸軍元帥だろう・・・北アフリカ戦線のドイツの英雄だ。

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当時のイギリスの首相チャーチルはエルヴィン・ロンメルを「賛辞に値する人物だ」と言っている。
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エルヴィン・ロンメル陸軍元帥の自殺の翌年、ドイツは降伏する事となる。
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当時のエジプト人は、ドイツ軍を解放者ととらえる者も多く、イギリス支配に不満を持つ植民地の人達は多かった。
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次回、オーストラリア戦争記念館(Part3)へ続きます。

これは是非見て欲しいですね。【凛として愛】泉水隆一監督作品YouTube
※APAホテルでは無料で視聴できるとの事だ。素晴らしい取り組みですね。



拙い駄文を最後までお目通し下さり有難うございます。
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 2018_08_31

Comments

Re: 驚きました 

オーストラリア戦争記念館の陳列物はかなりの量でした。戦利品として沢山の兵器を持ち帰っている様です。
丸1日の見学では時間が足りない程です。加えて英語表記しか無いので展示物の説明文を読むのに更に時間がかかります・・・。
「海軍陸戦隊」の遺品なんて此処にしか無いのではないでしょうか・・・。
安田義達大佐はかなり勇敢な人でオーストラリアやアメリカで有名な日本軍人の様です。
軽戦車はイタリア軍の物でしたか。ご教授有難うございます。そうですよね、ナチスドイツ軍や日本軍の兵器が沢山展示してある記念館ですからイタリア軍ですよね。有難う御座いました。
WhitePigeon  URL   2018-09-02 01:10  

驚きました 

有難う御座います、驚きました、「海軍陸戦隊」の遺品がまさか展示されているとは、安田義達大佐の名も、
ニューギニアの苦闘がしのばれます、やはりドイツの兵器は・・・、戦車はイタリア軍の物では、、パウルカレルの砂漠の狐を読むとイタリア軍の事が良く分かると思います、有難う御座いました。
大岡 悦雄  URL   2018-09-01 23:12  

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Author:WhitePigeon
今の日本があるのは英霊達の戦ってくれたお陰だと思っています。慰霊と感謝の念を伝える為に各地戦跡に足を運んでいます。少しでも多くの方に太平洋戦争(大東亜戦争)がどの様な戦争だったのかを知って頂き、軍民問わず全ての英霊に感謝する事をお伝えしたくて当ブログを書いています、画像・情報提供して頂いた方々に感謝申し上げます。
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